第10話 シガラミ

 食堂に向かっている途中で俺たちは城崎さん達のグループと合流した。


「あら、如月様、こんにちは。朝ぶりですね。」

「あ、翼君だ。そのまま、食堂行くの?」


「おー美咲に城崎さん。うん、今から行くとこなんだよな、一緒に行こうよ。」


 城崎さんのグループは美咲と学級委員長の長谷川さん、なんやかんや小学一年生から同じクラスの付き合いで、なんと中学も同じだった墨田君、後は…………イケメン君とぼさぼさ髪の女の子の6人だ。


「ええ、行きましょう…………あら、あなたは確か…………白鷺さんではありませんか。お久しぶりですね。」


「えっ、へぇ君もここにいるのか。お久しぶりです。白鷺さん。」


「お久しぶりですわ、数年前のパーティー城崎様にたちばな様。」


 彼女たちは制服のスカートの裾を軽く持ち上げ、上品に挨拶を交わしている。

 城崎さんとイケメン君はどうやら彼女の知り合いだったらしい。だが…………白鷺さんの表情が少し硬い?


 どうしたのかと聞こうと彼女の方へ向かう前に誰かが立ちふさがった。


「初めまして、如月君。僕の名前は橘清雅たちばなせいが。君のことはさっき城崎さんや鈴原さん、それに墨田君からもいろいろと聞いたよ。君は…………うん、興味深い人間だよ。…………気に入った。ふふっ、仲良くして欲しいな。」


 そう言って、イケメン君は笑顔で俺に手を差し伸べてきた。吸い込まれそうな綺麗な瞳の奥に広がる闇は俺のすべてを見ている気がして…………少しだけ翼は恐怖した。


「えっ、えっとな、何の話で俺のことを気に入ったのかす、少し怖いけど、うんよろしく橘君。」


 俺は恐る恐るだが笑ってその手を取った。彼は満足そうに頷いて笑顔を向けてくる。目は…………笑ってなさそうだったが…………


 さっきの白鷺さんの様子が気にかかっていたので、城崎さんと橘君の3人の関係を俺は聞くことにした。


「俺のことはなんか聞いてるっぽいから、今度は俺から橘君のこと聞いていいか?」


「ふふっ、いいよ。最も君みたいに行動力のあることをしたことなんてないから、あまり面白いことを聞けないかもしれないけどね。」


 どうやら墨田君、校長室突撃から表彰状渡しの武勇伝を語ってしまったらしい。あれどうやったのかしつこく聞きまくってた墨田君だけにしか明かしてないのに…………覚えてろよ……


「そ、そのことは恥ずかしいから言い触らすなよ、俺だってなんであんなことしようと思ったのかあんまり覚えてないんだから。ってそうじゃなくて…………橘君は城崎さんや白鷺さんと知り合いなんだ。」


「ああ、僕らは家の事情で会ったりすることが多いんだ。」

「ええ、基本的に私の城崎家が立場上パーティーを開くことが多いのです、如月様。」


 城崎さんが後ろからススっと俺の横に来て、会話に入ってきた。


「如月様は観察力がありますから気づいたのですね、白鷺さんのよそよそしさに。」

「ん?ああーそういうことか。」


 橘君と白鷺さんはどうやら俺の聞きたいことを理解したようだ。


「うん、なんか俺たちと喋ってる時と違ってさ。」


「それは…………私たちの家の格差というものが大きいのでしょうね。」


 向こうで他の子達と話す柔らかな表情に彼女の顔を遠目で見ながら話し出す。


「私たちの家柄というものは時として大きな壁となります。それが人付き合いでよく起こることなのです。」


「この三人で言うと橘グループの跡継ぎである僕が格上に当たるんだ。そして僕と対等な関係になれるのが橘グループよりも上に位置する城崎財閥の跡継ぎではない城崎さん。そして僕たちよりも一つ下にいるのが白鷺財閥の彼女ということなんだよ。」


「な、なんか凄いお金持でも格差みたいなのがあるんだな。」


 よそよそしさはそこからか、そう理解して向こうで笑っている彼女を見やる。


「学校なんですから普通に学友としてなんて付けず話して欲しいと思ってるんですけどねぇ。」


「そうなんだよ、僕らは別に普通でいいのに…………でもまあ、やっぱり難しいのだろうね、話し方を急に変えるというのは。」


「ふーん、………って俺は大丈夫か。普通に橘君とか城崎さんって呼んでるけど。学校外だったら様つけた方がいい?」


 それを聞いて俺は急に呼び方に不安を覚えてしまったが二人は首を振って否定してくる。


「そんなっ、如月様は特別です。普通に呼んでください。………下の名前で華でも結構ですよ。」


「ふふっ、城崎さんがここまで許すのは初めてじゃないかな。でも君と話していると不思議と魅かれるよ。だから彼女にならって、僕のことも清雅と呼んでもいいよ。」


「そ、そうなのか………わかったじゃあ、改めてよろしくな。けど、そっちがそう言うなら俺のことも翼って呼べよな!」


 二人とも俺の言葉に目を丸くしている。

(だ、大丈夫かな、急に呼び捨てはいけなかったかな………)


「ふふっ、もちろんですよ。。………面白い人でしょ橘さん。」


「ああ。君の性格は本当に気に入ったよ。うん。君は僕が始めて会ったタイプだ。何かあったらいつでも声をかけてくれ。橘グループの御曹司として僕は君を友と認める。よろしく。」


 俺はこの日、橘グループ御曹司の橘清雅と友になった。



 ****


「先ほどは何を話してらしたのですか?」


「ん?ああ、………白鷺さんの立場とか関係のことを少し聞いたんだ。勝手に聞いてごめんね。」


 食堂で隣に座る白鷺さんに話しかけられた。俺たちの話が気になっていたらしい。


「そうですか。いえ、別に咎めませんわ。それに………あの二人はあまり好きではありませんの。」


「えっ、そうなの。」


 周りをそっと確認して聞き返す。幸いグループごとで座っているからこの会話が聞かれることはなさそうだ。


「私は確かに令嬢ですわ。ですが………彼女たちは私よりも格上の令嬢とご子息ですわ。どうしても気を使いますし、それに私の立場というのも難しいのですわよ。」


「どういうことなんだ?」


 小声になりながら彼女は話し出す。


「私から見て右斜め前の席と、さらに奥の席に座る方がいますわね。」


 他のクラスだと思われるがどちらも女の子で、普通の子だと思ったが、よくよく手元をしっかりと見て気づく。


(なるほど………食べ方が全然違う。箸やスプーンの使い方、それに口元への運び方まで………)


 そして………白鷺さんの食べ方もまた彼女らと同じ上品さを持っている。


「知合い、または顔見知りの令嬢ってところ?」


「ええ、それも私と同じ家柄の方々ですの。………私が橘様や城崎様の名を軽々しく呼んではならない理由がそれです。私たちの家は競い合ってお二人のような立ち位置を目指しているのです。」


「だからこそ、尻尾を振るような真似はあの子たちの反感を買ってしまうと?」


「それが、面倒ですわ。だから嫌なのです。それをお二人は理解されないので好きではありませんの。」


 それに………と彼女は続ける。


「特に………城崎様だけは何か恐ろしさを感じますの。」


「えっ、ど、どこが?」


 如月様、如月様と………いや今は翼様か……話しかけてくる彼女に何か恐ろしさなんかあるのだろうか。


「………さっきの地下での話には言ってなかった出来事が一つありますの。いえ………今になって思い出してきたことがありますわ………」


「………それは?」


 彼女は目を閉じて覚悟を決めて話だした。


「私のお父様は確かに甘やかしが過ぎるということはわかっています。ですが………手段を選ばずに何かをする人ではなかった。彼女の………のパーティーに参加するまでは。」


「えっ?」


「私が初めて城崎様と橘様に出会ったパーティーです。パーティーの主催者がまだ子供ということで今考えてもおかしなパーティーでしたわ。もちろん子供だけということではなく、招待状には私のお父様も含まれていましたし、周りも同じようで実際にそこは大人たちが行うような普通のパーティー会場でしたわ。ただ………城崎華が主催となって私のお父様を含めた大人たちとお話しされるという異常さがありましたわ。………はぁはぁ」


 青ざめた彼女は震えて少し様子がおかしい。


「白鷺さん!?大丈夫?」


「はぁはぁ、………あ、あれ………私は今まで………いえ地下の体育館を出るまでどうしてこのことを…あの光景を忘れていたの………」


「おいっ!」


 突然立ち上がり頭を抱えて叫ぶ彼女に周りは騒然となる。


「………あ、ああ、なに………いかないで………お父様…薔薇園の向こうには………」


 バタンと倒れ騒がしくなる食堂。


 唖然としていた俺はすぐに我に返って先生を呼びに行こうと立ち上がりかけた瞬間………めまいを起こしテーブルに倒れこむ。そしてやっと違和感に気づく。さっきまでの周りの声が聞こえない。鈍くなっていく思考の中で見渡せば皆同じように目をつぶって眠りこんでいるようだ。何とか起きなければと頭を動かそうとしたときにフワッと甘い香りが鼻についた。


(あれ………薔薇の香り………大聖堂で嗅いだのとはちが………う………どこ………で)


 俺の意識は暗転した。



 ****


 失くしましょう。

 消しましょう。


 閉じましょう。

 泡沫に。


 私は一輪の薔薇。

 あなたを想っているたった一つの薔薇。


 世界は私。私は記憶。世界の記憶は私だけ。



 ****


『っ、遅かったですか。』


 白兎は深い眠りにつくこの場の生徒たちを見て後悔する。

 すぐに向かう先は開拓者と現生観測者。


『ふう、見たところお二人ともようですね。………簒奪者が何かしたのは明白のようですが』


 そこへ一人の白衣の老人を連れたカグヤが訪れた。


『玉兎、下がれ。を連れてきた。』


『はっ、話したのですか?私たちのことを………』


『………』


 一人一人をしっかりと診る老人は二人の会話を聞き取ることは絶対にない。


 だが………


「何を話してるかはわからんがおおよその予想はつく。………君たちがどんな存在かなど理解しているに決まっているだろう。どれだけを診てきたと思っとる。それは君たちのようなものも含まれているさ。………私は医者だ。そして患者はここにいる。なら私の役目はわかりきっている。」


「っ、いえ。すみません。それで彼らはに何かを?」


「記憶が改変されている。それも綺麗にな。」


「………」


「私でさえも気が付かなかっただろうがこの二人のおかげでもある。彼らはだな。記憶改変が正常に出来ていないようだ。それで判断できた。」


 深刻そうな顔をする二人に更なる危険性を彼は話す。


「………記憶改変が手馴れすぎている。私が今まで診た中でも類をみないケースだ。おそらく試行回数は一万回を超えているだろうな。正直に言おう………このままでは手遅れになるぞ。」


 自分の記憶をたどり導き出すは史上最悪な答えにたどり着いていた。


「………」


「一つ助言をしよう。ここに来てからすぐに思い出したが…封印された彼女のおかげで保てている。簒奪者の力がぶつかっていることが唯一の救いのようだ。………であればわかるでしょう………この世界の観測者様」


 一人黙り込んでいた女性は古の医者と向き合う。


「ふふっ、君は昔から変わらないようだな。」


「これでも隣にいるあなたの遣いよりは長い付き合いですからね。」


 白兎が驚愕しているさまを見て笑う老人はふと診ていて気が付いたことを伝える。


「姫と案内人は見つけましたか?」


「いや…まだだが………ふっ、流石だな」


「診ることは私の特技ですから。」



 ****


 老人は去っていった。

 眠っている生徒はすぐに目覚めると言って。


 彼らを見ながら暁輝夜はリストを取り出し付け加える。



 **129374027**運命の開拓者**如月翼

 **273878353**無垢な案内人**

 **270346627**現生観測者**佐倉紫音

 **277466633**異界の門番(封印状態)**星月蒼

 **277466600**封印の守り人**

 **847887329**異界からの迷い人**

 **720473921**黒星の姫**

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る