第9話 学校探索終了

 大聖堂を出た俺たちは校門方面にある3階建てのレンガ造りの建物に向かっていた。


「あそこは部室棟だそうですわ。外観は海外の建物を真似たみたいですわ。」


「な、なんか白い建物見てたせいで、レンガの茶色さが凄い違和感あるな」


 部室棟の中は1階がオープンスペースとなっていて、食堂程ではないがテーブルや椅子が置かれている。今日は閉まっているがカフェになっているようだった。


「あら、ここは地下があるみたいですわ。」


「えっ、ホントだ。行ってみよう。」


 俺たちはエレベーターに乗り込み下へ向かう。ドアが開いてすぐのところに靴箱があり、奥には第二体育館という札がかけられている。


「た、体育館って二つもあるんですか…」


「わー、卓球台がいっぱい置いてあるよー!」


 数えてみれば16台もあって地下の広さに圧倒される。もちろん入学式をやった体育館に比べたら小さいが、それでも天井の高さが3メートルはあるので十分大きいと感じた。


「如月さんは卓球できますの?」


「うーん、できるけどそんなにやったことないかな。」


「あら、でしたら私と一試合勝負ですわ」


 他のクラスの生徒も数台を使って卓球をしているようだったので俺たちも一つの台で向き合った。すでに加恋達四人も各々で卓球をして遊んでいた。


「さあ、行きますわよ!」


「いつでも、白鷺さん!」



 ****


 目に見えないスピードで激しく打ち合うこともなく、ピンポン玉が10個に分裂してそれらを同時に打って、打ち返されて…ということもなく試合は終わった。


「如月さんもなかなかの腕前でしたわね。」


「そうは言っても白鷺さんの方が上手かったよ。」


「ふっ、当たり前ですわ!」


 俺は汗を袖口で拭い、勝者の白鷺さんを見上げる。白いハンカチで薄っすらと浮かぶ額の汗を拭く動作すら上品でお嬢様という印象を強くしている。取り出した香水を振り撒き彼女はポツリと言葉をこぼす。


「…久しぶりに同年代の人とスポーツをしましたわ。」


「えっ?」


 ピンポン玉がコツンと跳ねる音がする。そこかしこで歓声が上がり多くの笑顔が溢れている。


「…私には今日まで友達と言える方がいません。…私のせいです。白鷺財閥の一人娘として生まれた私は不自由ない生活を送ってきました。欲しいものが有れば買ってもらいました。やりたい事があればさせてくれました。」


「………」


「そして…嫌な事があれば全て解決してくれました。どんな手段を使っても…私はお父様がどんな事をされているのか知りませんでした。ただ泣きつくだけでいいと知っていたからです。あの子が人気者で気に食わない、あの子がうるさいからちょっと嫌、そんなことをじいやに話せばお父様に伝わると知っていた私はいつも大袈裟に話していました。」


 額にあったハンカチは彼女の目元で止まっている。


「ある日のことです。私が小学校一年生の頃からいつも仲良くしてくださっていた方と一方的に気に食わないと思っていた方の会話を聴いてしまったのは。」


 ****


 目を閉じれば浮かんでくる小学校の階段場でのある出来事。


 私の仲が良いあの子を自分の気に食わない子から奪ってしまおうという悪い気持ちを抱えたまま、行って二人に声をかけようとしました。



『あんたなんであんな奴と仲良くしてんのよ、私の家がどうなったか知ってるの!お父さんの仕事も無くなっちゃって…なんでって聞いたら…お前があのお嬢様に嫌なことをしたからだろって…私は何もしてないのに、話したことだってそんなにないのに…ねえ…私何か悪いことした?』


『多分妬みでしょ、あなた人気者だから。それは可哀想すぎだし何にも悪いことしてないよ。…ここだけの話さ…私だって別にあの一緒にいるわけじゃないよ。』


(えっ)

 その言葉を聞いて私の足が止まりました。


『私のお父さんがさー生徒名簿見たときにこの子はお嬢様だから絶対に仲良くしなさいって言われててね。フリでもいいからって。それでね、結局初めて喋ったときに思ったけどこの子とは仲良くなれないって感じたんだ。口調も変な子だしプライド高いし、でもお父さんから言われてるからしょーがなく付き合ってるだけだよ。』


『なんだ〜、前から絶対におかしいと思ってたんだよね。だってあの子ただでさえ友達いないのにいつも声かけてるなーって思っててさ…はぁそれでもやっぱりひどくない?』


『それは流石に酷いと思ったわ。あなたも被害者の会の一員だね。』


『なーにそれー?』


『お嬢様を最後の卒業式でひどい目に合わせようって会。』


 青ざめた顔に冷え切る体、震えが止まらなかった。


『最後の卒業式終わった後に色紙をお嬢様にプレゼントすんのよ。そこには当然うざかったとかキモいとか書いてさ。』


『うーん効果あるのかなぁ』


『そこで渡すのがいつも話してあげてるあたしの出番よ。その色紙読んだの見計らってからトドメにこう言うの。あんたのことってさ』


『うわーえぐい笑、いーよそれなら私の気持ちも大分マシになるー』


『でしょ、あたしも6年も付き合ってあげてたんだし、ストレス多すぎてさぁ。何でもかんでも親に言いつけて調子乗ってて。本当大っ嫌いなんだあのお嬢様。』


 気づいた時には私は駆け出していました。もちろん彼女たちのいない方へと。


 私が初めて外で泣いた日です。


 私には友達なんていなかった…そう自覚した日でもありました。


 ****


「その日の夜、すぐに私はお父様に気に食わなかった子と仲直りしたから許してあげて、友達になったと嘘をつきました。報復が怖くて彼女の環境を良くすることで逃れたかったのです。その子の父親がお仕事が無くなって困ってるみたい、可哀想だからなんとかして欲しいとお願いしました。」


 ハンカチをどかした彼女の目は少し赤い。


「結局その子のお父様は前よりも待遇された会社で働くことになり、私のしたことはなんとか有耶無耶になったみたいです。ただ友人だと私を騙してきた彼女はそのことを聞いて感づいたのでしょう。あの日話していたことを聞かれていたと。その日から私は1人ぽつんと教室にいる事が増え、気づいたときには隣に彼女の姿はありませんでした。」


 座り込み膝を抱える少女は震えていた。


「卒業式の日の帰り私は校庭である方を待っていました。お父様には学校をもう少しだけ見たいのでと嘘を言ってただひたすらにその場にいました。だいたいの卒業生や保護者が帰った頃に1人の少女は色紙も持たず私の前に来て、ある言葉を言って去って行きました。私はそれを聞いてやっとわかりました。最低な人間、こんな私に絶対友達は出来ないと。」




「それはー違うんじゃないか」


「えっ?」


「確かに聞いてる限りは白鷺さんも悪いかもしれないけど…なんでも言うことを聞く親の過保護さも正直に言うと悪いだろうし、嘘をついてた女の子の性格だって悪いよ。誰も君に注意をする人がいなかったからそんなことになったんだし。わがままで無知で人を傷つけてるかもしれなかったけど最低な人間じゃないよ。だって白鷺さん自身がちゃんと良くないことだったってわかってるんだから。それに…………友達はいるだろ?」


「…………どこにですの?」


「おいおい、まさか今日初めて会ったただの知合いなんて悲しいこと言わないよな。目の前と後ろ、見てみ」


 目の前の俺が後ろを指す。そこには聞き耳を立てていた加恋、紫音、佐藤、妃花がこっそりとたたずんでいた。


「…………俺は、いや俺たちはもう友達だろ!」


「そうだよ白鷺さん!」

「うむ、友達だよ」

「裕子っちの初めての友達ってことかな!」

「そ、そうですよ。私も友達この5人しかいないんで!!!」


「み、みなさん…………こんな私でも友達って言ってくれるのですか?」


「「「「「当然だよ」」」」」


「っ、か、感謝しますわっ」


 俺達から顔を背けて再びハンカチで目を覆う彼女の口元は緩んでいるようだった。



 キーンコーンカーンコーン


「あれ、っげもう12時10分ってことは…………」


 記憶を抱える少年、優等生な彼女、明るい少女、友が出来たお嬢様、おどおどした少女、眠たげな少女は同時に叫ぶ。


「「「「「探索時間終わっちゃったー」」」」」「お昼の時間だー」


「加恋…………」

「ま、まぁ加恋の言うことも正しいですね。」

「友達と初めてのお昼御飯ですわー!!!」

「い、一緒食べるの私も初めてです。」

「さー食堂へ~レッツゴー!」





 俺たちは結局、校庭、体育館、プールそして図書館の探索をすることが出来なかった。(学校探索 失敗)

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