第8話 大聖堂と青い薔薇

 俺たちはドアを出て道なりに進む。校舎から出るときも生徒証をかざさないと出られないから少し面倒ではあるが、失くさないようにという意識が出来ていいと思う。


「大聖堂の中、入れるかな~翼っち」


「どうだろうな。朝は閉じてたし。」


 ペアになった妃花と話しながら俺は大聖堂に向かう。真っすぐ続く道を縁取るようにに植えられた桜の木から風によって舞い散る花びらが幻想的だ。


「翼っちは休みの日何してるの?」


「そーだな、ゲームかなぁ。あっ、違うな、本読んでる方が多いかも。漫画じゃないけど……。」


「へー、あたし漫画以外は全然読まないんだよねー。ねねっ、ゲームって例えばどんなのやるの?」


「うーん……レースゲームと育成ゲームで有名なやつだな、最近やってないけど。」


 小学校に通っていたころはよく友達数人で公園とかアパートのロビーに座り込んで、何時間も通信して遊んでいた。けど受験でゲームを封印して、友達とやらなくなって一年くらい間が空いた。その結果ゲームを楽しむ心を失った気がする。もちろん完全に失ったわけではないし、受験が終わってから久しぶりに友達とやってめちゃくちゃ楽しかった記憶がある。たまに光と遊ぶことだってある。それでも頻繁ではないし、一人で遊ぶとなると本当に少しやったら飽きてしまって止めてしまう。


「それに、ゲームするよりも本を読むのが俺は好きだって気づいたんだ。頭の中で景色を想像して、登場人物になりきってってね。」


「えーでも難しそうじゃん。字しか書いてないしさぁー。」


 家の本棚には物心がついた頃には多くの本が置いてあった。受験も終わってゲームをする気もなくてソファで寝転がってた時に偶々目について、そっと一冊を手に取って読んでみて……文字だけで展開される世界に引き込まれた。

 別に誰かに勧められたからということではなく、ただの興味心で読み始めたその日から、俺にとって本を読むということが当たり前になっている。

 だからこそ妃花に言われてすぐに思い浮かばなかった。休みの日だけじゃないってのもあるし、なんなら今日も帰りの電車で読もうと思って持ってきている。本を読むことはもう俺の日常になっているのだ。


「ま、まあ難しいのもあるけど面白いものもあるから……後で回る図書館でいいのあったら教えるよ。」


「うーん、分かった。翼っちおすすめなら良さそうだし。」


 妃花に少しでも興味を持ってくれそうな本を頭の中で考えながら歩いていると大聖堂にたどり着く。大きな扉の前には白衣に手を突っ込んだ一人の男性。


「おや、君たちは……ああ、A組の生徒ですね。」


「あ……えっと副担任の浦嶋先生…ですよね?」


 風に吹かれて揺れるサラサラとした茶髪に特徴的な赤い瞳、スラっと伸びた背格好に整った顔立ちで格好いいが何故かあまり印象に残らない先生だ。入学式の引率でも、昨日の担任紹介でもいたが、暁先生の方が印象に残っている。


「ええ、君たちがここに来たということは中に入りたいのですね?」


「えっと、入れるなら……」

「「「「入りたいです!」」」」


「ふふっ、ええ、いいですよ。今空けます。私はここの管理を任されている教師の一人ですから。」


 いつの間にか浦嶋先生は金色の鍵を持っていた。彼は鍵を真ん中の穴に突き刺し、時計回りに一回転させる。


「実はここは生徒会の活動場所兼部室となっているんですよ。なので如月君は一番ここに通うことになるでしょう。」


「そ、そうなんですか。」

「えーいいなー。」

「ず、ずるいです。」

「代わってほしいですわ。」

「うらやましい。」


 金色の鍵を引き抜き俺たちに向き合う。


「如月君のように生徒会は本人の意思ではなく我々教師陣に一任され、一方的に選ばせてもらうのですから……心配や不満を持たれる方はいますからね。特別な場所を提供するのでお願いしますということですよ。」


「なるほど、確かに僕も少し大変そうだなと思ったので……でもこの場所で活動できるなら不満とかはないです。」


「ふっ、それは何よりです。ではお待たせしました。皆さん扉を空けますよ。」


 そう言って両手を当て、大きな扉をスッと開ける。全くきしむような音もせずに空いた先にある光景に俺たちは息を吞んだ。


 白い石壁にずらりと飾られた天使の像が並び、柱には絵画に書かれるような神々の彫刻がされている。天井を見上げれば黄金色の豪華な装飾が施され窓からの光に照らされ輝きを放っていて、光を取り込んでいる窓は所々が色のついたガラスで花や木、鳥や魚など今にも動き出しそうな動植物の風景画が描かれている。


 地面に敷かれた真っ赤な絨毯を恐る恐る踏みしめながら、等間隔に置かれた木製の長椅子の一つに俺と浦嶋先生は腰かけた。皆はキャッキャッと声を上げながら近寄って見ている。


「すっ、凄いですね。圧倒されます。」


「ふふっ、最初は誰だってそうなりますよ。それに一般公開しているときは仕切りで隠したりもしますからこうやって見れるのはここの生徒と教師だけです。まあ、如月君はすぐに慣れますよ。」


「そ、そんな、む、無理ですって。」


「まあ、今はそう思うでしょうね。でも君の先輩にあたる子は今では普通にここでお昼を食べていることもありますし、ひどいときはキャッチボールしてましたよ……本当に……中のものが壊れなくて良かったです……」


「えっ、ええ……」


「まあ、私が言いたいのはそんな感じに慣れてしまいますからそんなに気を張らないで良いということです如月君。ほら、他の皆さんはあそこに行ってますから君も行きなさい。私はここで一眠りしていますから、十分見てから声をかけて起こしてくださいね。」


 浦嶋先生は皆の方を指さし笑ってから目を閉じてしまった。


 俺は少しだけ苦笑し皆が集まっている中央の一番奥に向かった。


「なんだこれ……博物館みたいだな。」


 左右にはそれぞれ蒼く輝く翼の生えた男神と女神の大きな像が対をなすように立っている。二体の像の瞳には赤い宝石が埋め込まれていて、煌びやかに装飾が施された大きな十字架を中央に向けて掲げている。

 その二つの十字架が示す先にあるのが今皆が集まっている祭壇近くだ。深紅の柵で最奥の祭壇自体には行くことが不可能になっている。正面の鮮やかなステンドグラスから漏れる光に照らされた黄金に輝く壇上には鎖のような装飾で縁どられた二神が持つものよりも大きな十字架があり、像が何かで縛られている。


「でも、これってキリストじゃないよな……女の人?」


 その十字架には本来キリストが張り付けられたものが一般的だが、ここにあるのは瞳を閉じた女性の像で背中には光を奪うような漆黒の翼、そして彼女の右手には……


「青い薔薇?」


「不思議だよねーこの薔薇なんか作り物っぽくないもん。」

「そうですわね。薄っすらとですが匂いがしますもの。」

「で、でもおかしいですよね。そもそもあんなところにあるのに……」

「よく見ると薔薇の棘で縛られてる……痛そう。」


 しばらく俺は見つめていたが紫音の反応がないことに少し不安を覚え彼女を見るとボーっと立ち尽くしていた。なんか……青い薔薇を見つめる紫音の目がおかしい……。


「おいっ、紫音?」


「…………………(簒奪者)」


「大丈夫か紫音!!!」


「っは、ここは…………わ、私今どうしてましたか?」


「あ、ああ、なんかボーっとしてて反応なかったからさ。大丈夫か。」


「え、ええ、なんかあの青い薔薇を見た途端意識が飛んだみたいで…………な、なんでかな。」


 紫音本人も訳が分からずおろおろとしていて、皆も心配になっている。パンっと手をたたく音がして振り向くとすぐ後ろには浦嶋先生が立っていた。


「30分もそこに居たらそうもなりますよ。ほら皆さん、回るところはまだまだあるんですから行きなさい。」


「えっ、ホントだ。もう11時40分だ。まだ行ってないとこ行かないと。」

「あっ、浦嶋先生。聖堂を見せてもらってありがとうございました。」

「「「「「ありがとうございました。」」」」」


「ええ、楽しめたなら良かったです。」


 手を振る浦嶋先生に見送られ俺たちは大聖堂を後にした。


「すごかったねー。」

「紫音はもう大丈夫?」

「ええ大丈夫です。心配かけてごめんなさい」

「そ、それなら良かった。」

「ほら切り替えて行きますわよ。」


(大丈夫そうだな。)


 あの時彼女の目の光が若干薄く赤く光ってるように見えたが気のせいだろう……俺は頭を少し振って忘れるように、皆と大聖堂を後にするのだった。



 ****


 観測者の遣いは大きな扉を閉め、金色の鍵を取り出して鍵穴に差し込み、時計回りに一回転させ施錠する。は完全に施錠された。


 そしてを取り出し、鍵穴に差し込み、に一回転させ解錠する。


 開けばそこは先ほどと同じ内装の大聖堂。何も変わらない、何もおかしなところはない同じ景色が広がっている。本来生徒会や文化祭で使われている空間がそこにはあった。


『彼女をに会わせることで現生観測者としての開花を促進させることが出来ましたね。後はカグヤ様の導きにお願いするとしましょう。それに開拓者と旧簒奪者の邂逅による変化もなかったようですが封印のほころびが気になります。…………薔薇の香りが漂っているのは少し危険ですね。守り人の発見を急ぐとしましょう。』




 彼は大聖堂を出て、ここに訪れる生徒たちを待つ。


 銀色の鍵を手に持って…………

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