第7話 本校舎1階

 5階をある程度探索した俺たちは階段を降りる。校長室や職員室には入れなかったけどいつか目にする機会があるのだろうか……


 ペアを交代し俺は佐倉さんと並んで降りていると、突然立ち止まる。


「どうしたの?佐倉さん。」


 俺を見つめ少しだけ躊躇した後、一息ついてから口を開く。他の皆は先に行ってしまった。


「如月君は私のこと覚えてませんか?」


 急に問いかけられた内容に俺は少し考えこみながら答える。


「ん?……やっぱりどこかで会ってた?入学式に壇上で立っていた佐倉さんを見て思ったけど……」


 最初に彼女の姿を見たときから何か気にかかっていたが気のせいと思っていた。だが彼女の言葉からこれは気のせいじゃないと確信する。


 再び目を佐倉さんに向けると、彼女は後ろ手に隠していたものを前に出し俺に見せる。


「こっ、これは……俺の筆箱?」


 透明なケースに鉛筆や消しゴムが入った筆箱。しっかりと名前が入っていて几帳面な性格が出ていることがわかる。


「私はあの日筆箱を忘れてしまって本当に真っ青でした。あれだけ準備をしたと思っていたのに鞄を開けても入っていない絶望感。頭の中も真っ白になって、そもそも試験官に頼み込んで借りるという考えも浮かばなくて……」


 彼女は後ろを向いてどこか懐かしそうに話す。


「そんな時でした。あなたからの声が私の耳に届いたのは。どうしようもないこんな私に救いを述べてくれた偶々隣の席になった人。すぐにあなたは帰ってしまって返せなかったけれどこうしてまた同級生として会えた……私が受験の時、如月君に貸してもらえなければここにいなかった。こうして会うことが出来なかった。」


 振り返って俺の目をまっすぐに見る彼女の目は潤んでいた。


「会ってからずっと、ずっと……言いたかった…………本当に……ありがとう!如月君!」


 俺が当時そこまで気にせず貸したものは、彼女にとって本当に大きなものだったのだろう。俺はその感謝の言葉を受け止めた。



「……なんて言えばいいのかな。うん、そうだな。どういたしまして。それにしてもあの総代の佐倉さんがあの時の女の子だったんだな。……その筆箱、佐倉さんにあげるよ。思い出の品ってことで。」


「いいんですか?ふふっ、では貰います。思い出の品ってことで。」


 彼女は筆箱を大事そうに抱えて笑って提案してくる。


「こうして筆箱も貰いましたし、私は如月君に大きな借りがあるのです。私にできることなら何でも言ってください。あっ、でも変なことは無しですよ。出来る範囲でお願いします。」


「し、しないよ。……ん~そうだな。じゃあ佐倉さんじゃなくて紫音って呼んでいいか。後、話すときは敬語無しかな。まあ俺の呼び方は好きにしていいから。」


「えっ、えっと、そんなことでいいのですか?」


「ああ。だってもう俺たちは友達だからな。貸し借りなんて関係ないよ。だからよろしく紫音。」


 俺は紫音に笑いかける。


「っは、はい。わ、わかりました。……じゃないね。わかった。が、頑張って敬語なくします……なくすね。…………こ、こちらこそよろしくね如月君。」


「はははっ。緊張しなくていいよ。ほら紫音、皆のところ行かなきゃ。」


「かっ揶揄わないでよ。もう……ふふっ、行こう如月君。」


 一つの筆箱から仲が深まった俺たちは笑いながら4人のところへ走って向かうのだった。



 ****


「二人とも遅ーい。」

「早く見て回りたいですわ。」

「そ、そうですね。特に時計を見たいです。」

「ん。同意。後疲れた。」


 一階の階段からすぐのところでたたずんでいた。隣に見える大きな食堂には、多くの生徒が座っていて、休憩しているようだった。


「ごめん、ごめん。で、どうしようか。食堂は多分後で来るだろうからロビーのところ行く?」


「賛成」「行きたーい」「そうですわね」「は、はい」「うん」


 皆の意見は一致しているので俺たちは早速この本校舎の中心ともいえる場所に向かった。


「うわー!すっごーい!」


「改めてみるとやっぱり大きいですわね。」


「そうですね。それに、とても綺麗です。」


「とにかくすごい。以上。」


 ガラス盤の足元に覗く巨大な時計。その蒼さは夜空のようで、金色の数字盤は輝く星座みたいだ。それに対して時を刻む赤い針が神秘的な神聖な雰囲気を生み出している。


「め、メンテナンスとかどうやっているのでしょうか?」


「んーやっぱり下からかな。でもこの校舎って地下ないっぽいからわからないなぁ。」


 俺たちの地面はどこかのタワーにあるようなガラス板だから外せないのだろう。ゴミとかは入らないだろうけどこんなに大きい時計でも止まったりするかもしれないし……その時は工事が入ったりするのだろうか。


「っと、えーっと、今は……もう10時か。けっこう時間経つの早いな。」


「はいっ。はーい。あたしおやつ食べたーい。食堂いこー。」

「うむ、私も行きたい。」

「私もティータイムが欲しいですわ。」

「わ、私も。」

「休憩しようよ。如月君。お菓子タイム!」


 女子陣営はみんなお菓子を求めているようで、俺はそそくさと歩く彼女たちについていくのだった。


「わーいろんなのある。コンビニみたい。」

「紅茶も置かれてますわ。なかなかやりますわね。」


 しっかりと昼食用と軽食用のコーナーに分かれていて、学校オリジナルからスーパーに置かれているものまでと様々な商品が売られている。


「このオリジナルケーキセットいいですわね。よく取り寄せるものに引けを取らない完成度ですわ。」

「オシャレー。きゃー、食べたーい。」

「こ、これはお嬢様が食べるケーキっぽいです。」

「中々のお値段がするようですがこれは食べたいです。」


 学校オリジナルはとても美味しそうだが結構な値段である。特にこのケーキセットは……高い。

 加恋は俺の情けない顔を見てから自分の財布を取り出した。


「ふむ。ここは流石に私が買う。」

「……これも奢ってって言われたらどうしようかと思ったわ。」


 5人はそれぞれ違う種類のケーキセットを買って食堂の空いてる席に着く。俺が自分のものを買って席に行けば、皆はスマホを取り出してケーキの写真を撮っているようだった。


「じゃー食べるか。」


「「「「「いただきまーす」」」」」


 お上品にケーキを食べて、ワイワイと感想を言い合い、時に交換して食べて、また感想を言い合う皆を横目に俺は買ってきたコーヒーを飲む。


(ああ、初めて飲んだけど……懐かしくて……美味しいな。)


 苦みのあるこのコーヒーは……飲みなれた味をしていた。



「翼のチキンも美味しそう」

「ええ、このケーキも美味しいのですけれど。」

「甘いものを食べたらしょっぱいもの食べたくなるよねー。」

「さ、流石に貰うのは……」

「だめだと思いますよ……」


「え……?マジ……?


 俺の手元にあるチキンを狙う5人の瞳に叶うことはなかった……


「美味しかったー!」

「満足ですわー」

「お腹いっぱい」

「ありがとうね如月君」

「ほ、本当にごちそうさまでした。」


「は……ははっ。俺のチキンが……まあ、皆が喜んでるのなら……。んんっ。じゃあ次に行くか。」


 食堂で話したり、アドレスやSNSの交換をしたり、グループチャットを作ったりしていたらもう11時になっていた。


「大聖堂行きたい。」

「あたしもー。でも中には入れるのかなー?」

「い、行くだけ行って見ませんか。生徒なら入れるかもしれませんし。」

「そうですわね。実はずっと気になっていましたわ。」

「如月君も次に行く場所、大聖堂でいい?」

「ああ、俺も朝通った時に気になってたんだ。本校舎はある程度見たし行こう。」



 そうして休憩を挟み元気になった俺たちはあの白き聖堂に向かうことにするのだった。

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