第6話 本校舎5階

 教室を出た俺たちは取り合えず少し歩いた先にある階段前の休憩スペースに設置されたソファーに座りこむ。

 この場所はトイレや飲み物、携帯食料の自販機があり、それに加えて大机やテレビが置かれた屋内テラスのような作りになっている。この休憩スペースを中心に右に向かえばAからCクラス、左に向かえばDからFクラスに行ける。これは2階から4階まで共通した作りとなっているのでとても豪華だ。

 自販機で学校価格の少し値段の高いお茶を買って、昨日渡されていた学校の案内図を開きながらどこへ行くのか意見を出しあう。


「あたし屋上行きたーい!」


「流石に屋上は開いてないんじゃないか?」


「わ、私もそう思います。多分危ないから行けないようになってるかと……」


 屋上には貯水タンクや空調管理に重要な機会が置いてあるはずだし、危険性の観点から俺たちは入れないだろう。それに案内図にも屋上については書かれてない。


「そっかー。じゃーどーすんのさー。」


「最初は一つ上の5階から見に行かないか?」


「確か……職員室や校長室があるのですわよね。」


 この本校舎は5階建てで、案内図を見た感じ、教室がある2階から自分たちのいる4階までの作りは基本的に同じようだったので、話し合いの結果そこは飛ばすことにした。


「では5階を見た後はそのまま1階へ降りるということでいいですか?」

「賛成」「おっけー」「はい」「いいですわ」「おう」


 佐倉さんが俺たち5人のまとめ役ポジションになり、二人ペアを交代しながら探索することになった。


「んで、加恋や。」

「何さ、翼?」


 階段を昇りながらペアになった隣の加恋に話しかける。一番前に佐倉さんと白鷺さんペア、その次に妃花と佐藤さんペアで俺たちは後ろだ。


「俺のまだ飲んでないお茶をどうして持ってる?」


「…………パキパキッ……ゴクゴク……甘いものが飲みたい」


「図々しいな!……はぁ…後でぶどうジュースでも買うから返せよ。」


「……変態」


「勝手に開けて飲んどいてそれはひどくね!」


 そんなこと言ってもお茶のペットボトルは俺に返してくる。


「見られてるととても飲みずらいのですが加恋さん。」


 居心地悪くなりながらも返されたお茶を何とか飲んだ。

 すると加恋は背伸びをして俺の耳に近づいて大人っぽい声音に変えて囁く。


「ふふっ、間接キスだよ。美味しかった?」


「っ……か、揶揄うなよ。」

 即座に俺の顔が真っ赤になり言い返す。


「こ、これは……あの漫画で見たシチュエーション……ハァハァ。」

「どうしたのさそんな顔赤くなって美和ちゃん。ちょっとー翼っちと加恋っち。何か楽しそうなことしてんのー?あたしも混ぜてよー。」


 ちらちらと俺らの会話を聞いていたのであろう佐藤さんと、それを見て純粋に俺たちの話が気になった妃花が振り返って見てくる。


「な、なんでもないからー。今行くよ。」


 階段を昇った先には赤い絨毯が敷かれた踊り場となっていた。正面には校長室があり、右手には職員室、そのさらに奥に実験室や調理室、左手には会議室とその奥にコンピューター室があるようだった。


「私たちが入れるのは調理室と実験室、それにコンピューター室ですわね。」


「行ってみましょうか」


 多数決で調理室へと向かうことになった。やっぱり女の子は実験室よりもそっちが興味あるよね。


「綺麗に使用されてますわね。」


「そ、そうですね。シンクもしっかりと乾拭きしているみたいです。」


「やばーテンション上がるー!」


 調理台は全部で6台置かれている。天井にモニターが設置されていておそらく調理している先生の手元を写しながら授業が行われるのだろう。後ろの棚には大小様々なコップや皿、調理道具がトレーに敷き詰められている。それも凄いと思ったがそれよりも6台置かれている電子レンジや大きな冷蔵庫に驚いた。


「やっぱ、中学校って凄いな。これ、俺らが使ったりするんだろ。てかなんで洗濯機置いてあるんだ?」


「んー……わかんない。」


「多分ですけど汚れた布巾とかエプロンを洗うためだと思います。」


「「なるほどー。」」



 調理室で15分くらい見て回っていたら他のクラスの生徒が入ってきたので隣にある実験室に移動した。クラスごとにAから順に10分ごとの時間差を開けて学校探索は行われているらしいが俺たちはスタートが遅かったし。それに今日は一年生しかいないとはいっても、180人はいるのだから出会うこともある。



「じ、じ、人体模型が…………置いてないなんて……」


「そ、そんな、じゃあアニメでよくあるイベントって……」


 妃花や佐藤さんが実験室に人体模型が置かれていないことに驚愕している。


「二人ともなにか勘違いされてそうですわね。」


「え、ええ。多分隣の準備室にあると思いますよ。人体模型は結構な備品ですから。」


「ええ、それに特にこの実験室にはビーカーやフラスコといった器具以外何も置かれてませんもの。」


 そんな二人を見て冷静に諭す佐倉さんと白鷺さん。まあ薬品とかも置かれてないから実際に使うときは準備室から取るんだろうね。



 そんな4人に対し、一方で俺と加恋はというと……


「……飽きた」


「まだちょっとしか見てねーじゃねーか。」


 実験室特有の固い椅子に座ってだらける加恋にやる気を何とか出さそうと頑張っていた。


「つーかーれーたー。」


「……なんか後で奢るから。」


「っは……言質は取った。お昼ご飯奢ってもらう。よし、皆コンピューター室行くよ。」


「こっ、こいつ。」


 ガバッと立ち上がり、ササっと教室を出る。


「ま、待ってください~榊原さん。」


「ふふっ、行きますわ。」


「行くよー。」


「如月君も行きましょう。」


「はぁ、……行くか。」


 実験室を出て今度は反対側に位置するコンピューター室へ向かっていった。廊下では幾人もの生徒とすれ違う。腕時計は9時25分を指しているのでEクラスまで学校探索は始まっているからだろう。コンピューター室にも数グループがいるようで実験室に俺たち以外居なかったのは偶々だったようだ。


「パ、パソコンがこんなに!す、すごいです!」


「あたしパソコン使ったことないー」


「わ、私もですわ。」


「私もお父さんが使っているのを見るだけで実際にはないですから楽しみです。」


「んー同感。私も使ってみたい。」


 俺たちはパソコンが置かれた空いている席に座る。他のグループがサイトを検索しているので自由に使用していいようだった。


「あー俺も使ったことな…………いや何でもない使えるから教えてあげられるよ。」


 どこかで痛みを感じる。久しぶりに目の前の光景が重なって見えた。目の前と記憶は全く違うパソコンだが俺の手は自然と動き出す。ブラインドタッチで取り合えず英照中学のホームページを開いた。


「す、すごい。キーボード見てないです。結構使ってる私でもまだできないのに…………」


「パソコンできるんですの!すごいですわ」


「あたしも、あたしもやりたいー。どこ押せばいいの?」


「翼…………やるね。」


「私のお父さんみたいでカッコいいです!」


「…………は、ははっ。なんか分からなかったら俺に聞いてね」


 パソコンの画面に小声で歓声を上げる5人を後ろから見て苦笑する。何故か沸き起こる喪失感とともに……


(…………俺も……皆と一緒に感動したかったからかな……)



 向き合った瞬間に記憶が蘇り、俺はパソコンの使い方を思い出した。それは心のどこかに俺は周りと違うという寂しさを抱える結果となった。


(これから俺は何を思い出すんだろうか……)



 ****


『やっば、変なとこで記憶出しちゃったよ。それとやっぱりこの世界の記憶消去は影響してるな。』


 赤い瞳をした彼女は遠い遠い世界の彼を視る。


『今回の記憶は友と深く関わった時の記憶。世界を超えた彼の魂はどうやら覚えていたようだね。これくらいなら精神に影響は出ないはずだけど』


 観測者ハクアは瞳を閉じて、再び黒い目を開ける。



 星照せいしょう学園3年B組の担任である天草白亜あまくさはくあは進級した生徒たちを見渡す。


「新学年早々の休みは……そうか彼女だけか。まあいい、授業を始めるよ。」


 ポツンと空いた一つの席を一度見てから黒板に向かう。そこは数か月前に兄を失った如月光の席だった。

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