第4話 私立英照中学高等学校

 次の日の朝。

 首元に輝く英照の校章が付けられた学ランを身にまとい、あまり物が入ってない指定のカバンを右肩にかけ家を出る。


「行ってらっしゃい。今日は午後終わりなのね」


「うん、だからお昼ご飯は食堂に言くよ、母さん。じゃあ、行ってきます」


 今日は教科書の配布や校舎の探索をするから時間がかかるらしい。明日は健康診断だから、授業自体は来週からがスタートだ。



 朝の通勤ラッシュにもみくちゃにされながら到着するのを待つ。


(はぁ、やっと人が減ったな)


 閉まるドアを見ながら息を整える。後2駅で着く、そう思いながら吊革にぶら下がっていると、ふわりと薔薇の香りが左隣から漂ってきた。どこか懐かしさを感じる。ちらりと見れば綺麗な黒髪の少女がこちらを見つめていた。



「えっと、君は?」


 微笑を携えた少女は俺の名を知っていた。どこかで会ったのだろうか?


「如月様の隣の席の城崎華です。あなたを見つけて声をかけてしまいましたわ。」


「そうなんだ。改めて如月翼。これからよろしくな。」


「ええ、


 口元を隠して笑うその少女はやはりどこかで言葉を交わしたような気がする。この薔薇の香りもだ。


「なあ、本当に初めて会ったか?なんかそんな気がしないんだが。」


「………ふふっ、面白いことを言いますわね如月様。。まあ運命に引かれたのかもしれませんわね。うふふ。」


「あっはは、そ、そうかもな」



 どこか引き寄せられるその少女と翼はを果たした。



 ****


 電車を降りてバスに乗る、そのままの流れで一緒に俺たちは学校にたどり着いた。校門を抜け、正面に見える大きな建物を見上げる。


「それにしても、協会っぽいのってマジで大聖堂だったんだな。」


「そのようですね。学校のパンフレットには教会をイメージに建てましたと書かれていましたし、実際に見る限り変わった校舎かと思っていたのですが。本当に校舎ではなかったようですね。」


 英照の校舎はこの大聖堂のさらに奥にある一般的な5階建ての真っ白な建物だ。確かに受験の時も昨日も案内されたのはそこで、教室があると思っていたこの聖堂ではなかった。


「昨日配られた生徒手帳にしか書かれてないのは詐欺だよなー。」


「この教会のような校舎で学べると思って入った方もいそうですしね。」


 生徒手帳にはこの大聖堂のことが校歌の次のページに書かれていた。どうやら女子学園が出来る前からあったもののようで、何年前に建てられたのか分からないが少なくとも100年はあるようだ。しかし見るからに純白で汚れているところが全く見られない。その聖堂を意識して校舎も白く作ったからという話で、聖堂を写したパンフレットの写真配置や書き方が本当に悪いと思う。何故か問題にならないが。


「それにこの聖堂が開かれるのって文化祭期間だけなんだろ。絶対に勘違いする人多いって。」


 文化祭期間は校舎に大きな垂れ幕が飾られるだけで、中には生徒だけしか入れない。逆に聖堂は一般に解放され、その中で文化系の部活やクラスの展示や発表が行われているようだ。なにも知らない受験生はパンフレットと合わせてそこが校舎だと思ってしまうだろう。


「それでも、問題にしないというのはなんとなくわかりますね。どこか神秘的ですもの。穢れなき白さというものに非を付けたくないと自然と思ってしまいますわ。」


「本当に不思議だよな。汚れとか全然ないんだから。まっ、いっか、教室いこうぜ。」


 俺たちは聖堂の横を通りさらに奥へ、これから何度も足を運ぶ校舎に向かう。


 校舎には両端に専用口があり、左にあるドアが中学生専用でそこにある機械で自分の学生証をかざすことで認証が行われ出入りができる。


 中に入ると吹き抜けで右にあるドアから入る高校生とも合流できるようになっている。ホテルみたいなロビーに圧倒されながら、校舎の中心となる場所を見つめる。


「この時計どうなっているのでしょうね」


「めちゃくちゃでかいしな」


 そこにはガラス張りの地面に直径およそ10メートルはある大きな時計が埋め込まれている。

 夜空を写したような輝く蒼い板に刻まれたⅫまでの数字は黄金で、赤い短針と長身が時を刻んでいる。受験の時はカーペットで隠されていたようで正直この学校に来て一番衝撃を受けたと思う。今は8時25分を示している。


「おっと、そろそろ行かないと時間がやばいな」


「そうですね。行きましょう。」


 不思議な大時計から離れ俺たちは階段を昇り4階にある自分たちの教室に向かうのだった。



 ****


 ほんの少しだけ話し声が聞こえる教室には俺たち以外は席に着いているようだった。まだ知り合いも少ないクラスで話してるのはすぐに仲良くなった奴らか知り合い同士だろう。俺は窓際に近い2列目の一番前の席に座り、右隣には城崎さんが腰を下ろす。昨日は緊張もあってか周りを見わたせなかったのでゆっくりと振り返る。


(まず後ろで突っ伏して寝てるのは加恋だな。んで、左は髪長い男の子と………話してみたいな。)


 そう思って窓の外に目を向ける少年に話しかけようとしたが、チャイムが鳴り、暁先生が教室に入ってきたので諦めた。


「起立……気を付け……礼。おはよう」

「「「おはようございます」」」


「うん、元気がいいな。まず連絡事項だが昨日配ったものに書いてあった通り今日は教科書を配る。それと皆お待ちかねの校舎探索だ。今日までは他の学年がいないため君たち一年生しかこの学校にはいない。楽しみながら回ってくれ」


 ざわつく生徒に微笑みながら暁先生は今日の流れを説明する。


「午前中は君たちの座っている列の6人ずつで回ってもらう。そこで自己紹介などして親交を深めてくれ。広い校舎だからな。途中に置いてある自販機で飲み物でも買って回ってもいい。それに疲れたら休憩スペースもいくつかあるから各々のんびりでいいぞ。私はこの教室で書類仕事をしているから終わったら戻って報告してくれ。これにチェックするから。」


 名簿の書かれた紙をひらひらと振っている。

 翼に限らずそわそわしている人も多い、みんな楽しみにしていたのだ。


「昼は家から持ってきた弁当を食べてもいいし、ないやつは食堂を開けているからそこで買って食べるといい。他学年がいない日は本当に少ないからな。弁当を持って行って教室じゃなくて食堂で食べるのもありだ。そこは好きにしていい。午後は教科書を体育館で配布して解散だ。もらった人から帰っていいぞ。よし……連絡事項はこんなもんだな。では一限目が始まる8時40分からそれぞれ行ってくれ。以上だ。」


 そう言って暁先生は椅子に座り書類を書き出す。



「楽しみですわね。同じグループではなかったのが残念ですけど。」

「そうだな。次の機会を待とう。」

「ふふっ、そうですわね。」


 城崎さんは口元を隠して笑う。癖なのかなと思いながら俺は後ろでまだ寝ている加恋を揺する。


「ほら、起きろ。朝だぞー。」


「んん~。ふぁ……ぉはよー。あれもうこんな時間?」


 一限目のチャイムが鳴る。

 同時に、皆が一斉にガラガラと椅子から立ち上がり列の先頭に集まっていく。


「ほら、立ち上がって、行くよ加恋。」


「ん?……どこに?」


 不思議そうな顔をする加恋を見てクスっと笑って言う。


「んーそうだな。……この学校の秘密を探しに。なーんてな。」



 学校探索が始まった。










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