第一章 動き出した世界

第1話 入学式

 桜が満開に咲き誇り、風に乗ってそのピンク色の花吹雪を見ながらきっちりとした学生服を着こんだ一人の少年は校門の前にたどり着く。


 少年の名前は如月翼。


 交通事故に遭って死んだ如月翼の記憶を持つその少年は今大きな目標を持っている。


 それは………………「如月翼」の死んだあの日を超えることだ。



 ****


 あの夢では家族との思い出以外を覚えていない。

 どんな学校に行ったのか、友達は誰がいたのかなど。


 春休みに入ってからの数週間後には夢自体を忘れかけていた。



 そんな時だった。




 遡ること数日前。


 父さんが入学祝に買ってきたケーキ。俺と光はイチゴとチョコどっちを取るかで喧嘩になりかけた。

 仲が良くても俺はイチゴを譲らない!

 そんな意思で取り合いになりそうな場面に俺は既視感を覚えた。


 これは………………思い出すと同時に今と記憶の光景が重なる。


(この後俺と光は………………)


 俺は咄嗟に記憶では取らなかった行動をした。

 光に俺はイチゴのケーキを譲ったのだった。


 光が嬉しそうに食べるのを横目に見ながら数週間前の夢をもう一度思い出す。


(あれって正夢じゃね!)


 俺はあの日の夢がこれから起こる現実なのではと思い恐怖した。


(けど………………思い出そうと思えばすぐに浮かんでくるのなんでだ?なんか記憶に張り付いてるみたいな………………)


「お兄ちゃんにもあげる」


 そう言って光は俺にイチゴのケーキを分けてくれた。


 記憶には結局喧嘩になって後日「お兄ちゃん」呼びが「兄さん」呼びに変わってしまったショックを受けていた。


 違う光景を目の前に俺は思う。


(ひょっとして起こりうる未来を見てんのか俺!?)



 あれから光景が重なる時がたまにある。その時はいつも俺の感情が強いときに起こっていると分かった。起こす行動はその時々で変えることもあれば記憶に合わせることもある。


 結果を変えられるのは今の光のお兄ちゃん呼びが続いていることから分かる。


 だから今の目標は9年後のあの日を超えること。


 如月翼は頭の片隅にその意識を置いて今を生きている。


 まだ猶予はある………………



 ****


 校門を抜けるとすぐそばに簡易テントが設置された場所で生徒が並んでいる。おそらくあそこで受付を行うのだろう。


「次の方どうぞ、名前を教えてください」


「如月翼です」


「確認出来ました。1年A組の7番ですね。こちらを受け取って、体育館にある座席に座ってお待ちください」


 自分の学生証が渡され案内に従い体育館に入るとすでに結構な人数が居るようだった。AからFまでの6クラスで席が分けられ、それぞれ2列ずつ椅子が並べられている。


(なんか緊張してきたな)


 同じクラスになった人たちは既に半分近くが座って入学式が始まるのを待っている。後ろの方には正輝がいて俺に気づいて手を振ってきた。


(やった!正輝と同じクラスだ)


 手を振り返し自分の席を探す。椅子には番号札が張られているため前の方の7番の席についた。


(隣は………………まだいないな)


 どんな人が隣に来るのかソワソワしながら前を向いていると、フワッとラベンダーの香りが漂い、隣に座る気配を感じた。


(落ち着け―、チラッと見よう。チラッとだ)


 ちょっと向こうの壇上を見てますよーっというフリをしながら隣を覗き見た。




 俺は………………



 最初は見たらすぐに顔を逸らそうと思っていた。


(っき……………綺麗な子だ………………)


 ブレザーの隙間から見える透き通った白い肌に細い腕。腰元まで伸びた長い黒髪は彼女の身動きに合わせてさらさらと流れている。整った顔立ちは幼さを残しているが絶対に美人になると断言できる。


 気づけば翼は彼女をジッと見てしまっていた。


(はっ、やば………………)


 少女と目が合わさる。翼は顔をそむけることもできない。


(ど、どうすれば………………)


 すると彼女はあくびをしてから話しかけてきた。眠たげな目をしている。


「…ねぇ、肩借りる」


「へっ?」


 コトンと俺の肩に頭を乗せ、数秒後にはすやすやと寝息が聞こえてくる。


(な………………なんじゃこりゃー)


 心臓の鼓動が激しくなりながらも、俺は彼女の頭が落ちないように固まって入学式の開始を待つのだった。



 ****


 20分後にようやく入学式は始まった。


「新入生総代 1年A組 佐倉紫音さくらしおん


「はい」


 壇上に一人の少女が上がる。総代は入試の成績が一番良かった生徒が行うため、俺は同じクラスなんだなー、すごいなーと素直に思った。一方で入試けっこう自信あったけど一番じゃなかったんだなーというちょっとした口惜しさがあった。


(てか、あれ、あの子どっかで見たことあるような………………気のせいか?)


 ちょっとした疑問を抱きつつその子の新入生挨拶を聞きながら未だに眠っている少女をいつ起こそうか考えを巡らせるのだった。


 入学式はそのまま進行し、結局最後の写真撮影時になってから少女を起こした。

 恐る恐るゆすって起こした後は勇気を振り絞って眠そうな彼女の手を引いて撮影場所まで連れて行った。


「んーーーーー」


「目覚めたか?」


 小さく伸びをして頷いてくる。なんか猫みたいだ。


「なっ、なあ、聞いていいか?」


「………なに?」


「名前なんて言うの?俺は如月翼。これからよろしくな。」


「私は榊原加恋さかきばらかれん。よろしく。」


 これが出席番号7番の如月翼と出席番号8番の榊原加恋の長い学校生活における初めての出会いである。



 ****


「うふふふふふふふ、やっと見つけましたわ」


 写真撮影が終わり、各自の教室へ向かうときあの人の後ろ姿を見つけてしまった。


 彼女は彼を想う。


 私はあなたを見つけることが出来ました。

 これは運命の導きですね。




 逃しませんよ。


 薄く嗤う少女、1年A組 出席番号13番 城崎華しろさきはなの後ろには薄っすらと薔薇の香りが残されていた。

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