第19話 中学受験

 ジリリリリリリr………。目覚まし時計をオフにする。

 時刻は朝の6時だ。

 リビングにはすでに母さんが朝食を用意してくれている。

 メニューはご飯とほうれん草のお浸し、焼き鮭にワカメの味噌汁という、お腹に負担がかからないように考えられた朝食だ。

 天気は晴れ、テレビを見る限り交通状況も大丈夫そうだ。

 手早く朝食を食べて支度をする。受験票に筆記用具に財布に………。


「行ってきます、母さん。」

「行ってらっしゃい、翼。頑張ってね。」


 母さんは塾でのお弁当を作ってくれた。塾から帰ってきたら夜ご飯を用意してくれた。休みの日に遅くまでやってると夜食も作ってくれた。


(ありがとう母さん)



「頑張れ、翼。」

「うん、行ってきます父さん。」


 父さんは分からないところを教えてくれた。手続き関係は全てやってくれた。仕事が忙しくても受験のサポートをしてくれた。


(ありがとう父さん)



「お兄ちゃん、行ってらっしゃい。」

「光も朝早く起きてまでありがとう。行ってきます。」


 光は俺に元気をくれた。何とか俺の助けになろうとしてくれる優しい優しい兄想いの妹でいつも癒された。今日だって朝起きて俺を見送ってくれる。


(ありがとう光)


 そう言って俺は光の頭を撫でた後、手を振って家を出るのだった。



 ****


 朝の通勤ラッシュにあたり、なんとか隙間を見つけ入り込む。

 この前の夢でも通勤ラッシュの記憶があったからなんとかうまい具合に収まるスキルがあってよかった。


(ふう、後7駅先か)


 端の銀色のポールに捕まりながら耐える。

 到着駅である英照大学前駅の2つ前が大きな駅でそこで降りる人が多いはずだから後5駅の辛抱だ。


 二駅目の時だった。ホームドアが開き人が流れ込む。俺はすぐさまポールを離し、流れに任せるように真ん中に押し流される。前後に手すりにつかまる人がいてそ、の間に挟まるようにいれば電車の揺れでこけることもない。そんな時だった。


(あの子大丈夫かな?)


 見れば人と人の間で苦しそうにしている綺麗な黒髪をした女の子がいた。年は同じくらいだろうか。カバンを両手に持ち、なんとか耐えているが位置取りが悪かったのかぶるぶると震えている。


(おっと)


 電車が横方向に少し曲がったのだろう。反射で女の子を見ると完全に体制を崩し後ろに倒れかけている。


(あぶない)


 気づいた時にはその女の子の手を引き、自分の方に寄せていた。薔薇の香りがした。


「大丈夫ですか」


 俺は小声でその子に話しかける。



「あっ。ありがとうございます。」


 俺に助けられた女の子はホッとした顔をしてお礼を言ってきた。

 無言で頷いて俺は少し奥に行きその子のスペースを確保した。

 周りは少し迷惑そうな目を向けていたが流石に怒鳴られることはなかったので良かった。


 大きな駅で人が少なくなると、その子はもう一度お礼を言ってきた。


「さっきはありがとうございます」

「いえ、良かったです」


 俺はその後空いた席に座り目をつぶった。


「英照大学前ー。英照大学前ー。」


(はっ)


 危ない寝てた。急いで駅を降りる。

 周りには俺みたいに塾のカバンを持った人がいて、皆受験生なのだろう。


 改札を出るとバス停に向かう。近くに英照大学はあるが英照中学高等学校はここではない。

 英照中学はバスに乗って10分ほどで着くのだ。



 ****


(うわー結構いるなあ)


 歩いて学校に向かう人もいれば俺みたいにバスで向かう人もいる。少し早めに着くはずだが結構並んでいる。


(次のバスに乗ろう)


 今日は受験日なので臨時便も出ていて次々と来るようだった。

 一本目のバスは俺の8人前の人が乗り込んでから出発した。ただ5分後には2本目のバスが来たので俺は乗り込んで椅子に座る。


(ふーラッキー)


 思いのほか早く次のバスが来たし、最初に乗らなかったことで満員電車の二の舞にもならず安堵する。


 誰かが俺の隣に座ってきた。ピーチの優しい香りがした。

 隣を見れば色白の可愛らしい女の子が座っている。ハーフだろうか。髪が茶色い。


「なに?」


 見ていたのがバレたのだろう。眉をひそめ声をかけてきた。


(なんて言おう。たぶん同じ受験生だから英照受けるんですかは変だし)


「綺麗な髪をしてると思って。」

「………」


 思わず口に出たのは容姿をほめる言葉だ。


(いった後にはやっちまったという後悔。やばし。)


「そう。………君、名前は?」

「きっ如月、です」


 俺の名前を応えその子を見る。

 その子は視線を前に戻し、「…そう。」とだけ答えてそれ以降ずっと黙っていた。

 そして結局ひと言もしゃべらないまま学校に着くのだった。



 ****


(うわーでか、白、教会かよ。かっけー)


 バスを降りると目の前に広がる光景に圧倒される。モチーフが教会という特殊な学校で数年前まで女子学園だったからかとても綺麗だ。パンフレットは見たことはあったが文化祭はチケット制だったので学校自体に来たのは初めてだ。

 周りには受験生がたくさんいる。

 するとリムジンがバスの近くに止まり、女の子が降りてきた。その子の白い服が太陽の光で反射してちょっと眩しい。


(どんな服着てんだよ。てかお嬢様っているんだな。世の中って広いな)


 よくよく見れば駐車スペースにも数台のリムジンが並んでる。


 ぱっと見男女比は同じくらいだが男子は倍率が高くなっているのでここにいる半分以上は落ちると思うと恐ろしい。共学化してまだあまりたっていないことが男子の募集人数が少ない原因となっている。



 ****


 案内に従い受験する教室へ行く。

 席に着くと携帯の電源を切りビニール袋に入れ机の上に置く。カンニング対策だ。カバンは椅子の下にしまい込み準備は出来た。心を落ち着かせよう。


「えっ。嘘」


 隣の子が焦った声で自分のカバンに手を入れながら何かを探しているのが目に入った。

 机には受験票が置かれている。ただ肝心の筆記用具がない。

 もう今から受付に借りに行くのは難しい時間だ。


(ホントだったら受験のライバルだから見捨てるけど女の子だしな)


 男子同士はライバルになるけど女子相手だとならない。まあ要するに違う学校を受けているのと一緒だ。


「これよかったら、予備あるんで使いますか?」


 そういって俺は予備の筆箱をその子に渡す。


「っありがとうございます」


 目を潤ませながら何度も頭を下げてくる。

 周りの受験生たちも気にはなっていたのか何とかなってホッとしているようだった。


(なんか受験前からいろんなこと起きたな)


「それでは試験開始」


 ページをめくる音が響く。

 その日俺は今まで学んだ全てをかけて挑んだのだった。



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