第17話 如月翼

 学校ではクラスメイトや先生にも心配された。いつもと違うと。

 …そうだろうか俺にはわからない。

 塾では美咲からも心配された。一昨日よりもおかしいと。

 ……そうだろうか俺にはわからない。

 母さんと父さんにも心配された。本当に大丈夫かと。

 ………そうだろうか俺にはわからない。


 光に言われた。お兄ちゃんは誰と?


 俺にはわからなかった………



 ****


 「翼」が目の前に立っていた。


【俺だって最初は後悔したさ】

 もっと勉強していればと、もっと本気になっていればと。


【でも出会いがあった】

 学校に通い始めれば仲の良い友達はすぐに出来た。


【過ぎ去る日々があった】

 勉強して遊んでたまにバカやって、怒られるそんな日々があった。


【家族との関係だって悪くなかったさ】

 妹はずっと仲良くできていたし、家族仲は全く悪くならなかった。


【もう一度問おう。君は


 **129374027**如月翼**最終プロセス**自己構築目標90%に依存**β-X意識15%*β-G記憶85%**記憶優勢**




 ****


(俺はどうすればいい)


 目を開けて見えるのは白い天井。

 壁紙も何も貼られていない天井だ。


 部屋を出ると光がいた。

 だが、「俺」を見ると避けるように走ってリビングに行ってしまった。

 リビングに着くと光は母親に泣きついている。


「なんか、お兄ちゃん、違う。」

「どうしたの。何かあったの?」

「違うの。」


 泣きじゃくりながら「俺」を指さす。

「俺」は心が痛かった。


 学校ではいつもであれば退屈な一日を過ごした。

 聞く意味がない授業をまるで久しぶりかのような気持ちで受ける。

 周りを見回せば寝てるやつ、聞いてないやつ、真面目にノートを取ってるやつ。

「俺」は不思議とその光景をずっと見ていられた。


「こんにちは、翼君」

「ああ、こんにちは鈴原さん」


「俺」の好きだった女の子が声をかけてくる。

 ああ、そうだ。「俺」はこの子に恋をしたんだ。

 鈴原さんは少し目を見開き、「俺」の目を見てきた。

 そして彼女は一度深呼吸をすると、真剣な顔をして俺に言い放った。


「それでいいの?」

「は?」


(何を聞かれている………)


「翼君はこれから何がしたいの?」

「えっ?」


(なんなんだ………)


 彼女はふっと視線を外し空を見上げる。


「私はね。英照に受かって、友達いっぱい作って、帰りにその子たちと喫茶店で話したりするのが目標なんだ。」


「………」


「それでね、委員会に入ったり、部活に所属したりかな。お姉ちゃんが入ってる料理部とかもいいなぁ」


「………」


 彼女は自分の未来を想像して笑いながら話す。

「だからさ、翼君」


「………」




「翼君は何がしたい?」

「っ」


 俺を見る。まっすぐにみる彼女の目は真剣だった。


「翼君が何を困っているのかはわからないけど、何を諦めきれていないのかわからないけど、本当にやりたいことは何もないの?」


(「俺」は………俺は美咲ともっと仲良くなりたい)


 一筋の涙が左目からこぼれ落ちる。

 拭うのは包帯の巻かれた左手。すべてが始まったあの日をもう一度思い出す。

 あの日から俺には記憶が夢に現れるようになった。

 消したいとは絶対に思えない記憶ばかりだ。


 それでも今の俺はあの時とは違う。

 世界も違う。容姿も違う。あれは俺だけど俺じゃない。

 決別の時だ。


 今の俺は諦めない。


 絶対に「俺」を認めない。


 美咲ともっと話したい。

 一緒に学校に行きたい。

 新しい友達も欲しい。

 光とだって絶対に仲良くする。

 それに俺は運命は変えられることも知っているんだ。


「美咲、俺は英照に受かって今までにないくらいたくさんの楽しい思い出が欲しい。」


 俺は笑顔で返す。


「じゃあ頑張らなきゃね。絶対に受からないとだめだからね。約束!」


 そう言って美咲は小指を差し出す。俺も小指を出し、結ぶ。


「ああ、約束だ!一緒に合格な!」


 俺の気持ちはもう揺れない。



 ****


 夢を見た。

 大学三年生の「翼」だ。


【最後だ。あの日を思い出せ】


 大学三年の俺「如月翼」が死んだ日を思い出す。

 今まではっきりと思い出せなかったその日の記憶だ。


 天気の良い穏やかな日だった。


 高校2年生の光は友達とショッピングに出かけ、公務員の父親は朝から仕事に行っていたので家には母親と俺だけだった。

 

 前日は朝の3時ごろまで動画を見ていたため、その日は11時くらいに起きだした。


 少し遅い朝食を済ませ、最近外に出ていなかった俺は気晴らしもかねて朝にスマホで見つけた新刊や面白そうな漫画がないか探すため本屋に行くことする。


 母親との何気ないやり取りをして家を出る。


 鍵をかけて階段を降り、外のまぶしさに眼を細めながら信号のない車道を渡っているときに曲がり角から来た車にひかれ、アスファルトに撃ちつけられた。


 その時に走馬灯で今までの記憶が一気に蘇る。


 初めて恋をした女の子、友達とバカやっていた学校生活、妹と喧嘩したあの日、父親に初めて買ってもらったカードパック、母親の手作りケーキ…

 嫌な記憶も楽しかった記憶もこぼれ落ちるように視界が暗くなるにつれて消えていく。


 最後に残っている想いは今も家で俺の帰りを待っている母親や夜遅くまで働いている父親に何も恩返しできていないという後悔だけだった。


 全てを俺は思い出した。




「如月翼」は悲しげな表情ながらも笑っていた。

 そうして俺から離れていく。まるで全ての役割を終えたかのように。


【確かに俺は後悔があった】

 俺と「翼」の間は段々と広がる。


【だが後悔しかなかったわけではない】

「翼」の姿はどんどん薄くなっていく。


【俺の運命は悪くなかったよ】

 最後に「翼」は振り返る。彼の目は澄んだ瞳をしていた。


【だからさ、お前は俺よりももっと、もっと良い人生を送れよ!絶対に後悔すんじゃねーぞ!】



 気づいた時にはすでに「翼」は俺の前から消えていた。


 **129374027**如月翼**自己構築目標90%に依存**β-X意識95%*β-G記憶5%**過去記憶95%を完全消去**



 ****


 目が覚める。


(何だったんだあの夢)


 俺の頭の中で昨日夢見た交通事故による走馬灯の内容により何故か大学三年生までの家族との記憶があることに少しだけ混乱する。


 ただ家族との記憶だけで、


 しっかりと覚えているのは小学6年に上がった後の塾での記憶まででそれ以降はあやふやだ。

 俺がどんな学校に受かり、誰と友達となってどんな人生を歩んだのか全く覚えてない。だが確かに大学三年生で事故に遭った日はしっかりと覚えている。


(俺の家族以外の記憶がないから変な妄想か?)


 それにしては光の成長していく姿や家族との思い出があるので正直分からない。

 でも確かなのはそれを覚えていることに違和感を感じないことだ。

 まったくおかしいとも思わないし気にもならない。


(まあいいか。いよいよ月曜日受験だし。)


 そうだ。俺は美咲と昨日約束したんだ。絶対に英照に合格するって。


 部屋を出る。廊下には光がいた。


「おはよう光」

「お兄ちゃん戻ったー」


 光は俺を見るなりそう言って嬉しそうに抱き着いてきた。


「おー光どうしたんだよー急に」

「戻ったー戻ったー」


 騒がしい朝だ。

 リビングには母さんが朝食を用意している。

 父さんは新聞片手に椅子に座ってる。

 いつもの休日。そんな今日が始まった。



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