第13話 親友 

 翼は一階のトイレにいた。

 まだ昼休みのチャイムは鳴っていない。

 手元には黒いファイルに入れられた賞状がある。

 この黒いファイルは校長先生が周りに見えないようにと用意してくれたものだ。


(よかった、なんとかなった。)


 俺はホッとしていたのと、さっき言われた言葉を思い出す。


(天秤に将来を乗せるな、か)


 いくら焦ってたとはいえ、自分の内申書を返すや、受験を諦めるなんて言ってしまってたのを思い出す。

 やっぱり俺は無意識に同じ決められた人生を繰り返すと思っているから出た言葉だと考える。


(だめだ、弱気になっちゃ。)


 もう一度賞状を見る。


(これは夢にはなかった展開だから。それに、さっきの緊張に比べたらこれから起こることは何とかなる)


 再度自分に言い聞かせる。


 チャイムが鳴った。お昼休みを告げる鐘の音だ。

 しっかりとした足取りで階段を昇る。

 三階に向かう階段で学級代表者の彼が降りてくる。


「如月、大丈夫か。今から田中先生呼んでくるから急げよ。」

「ああ、もう大丈夫だよ。ありがとう、墨田すみだ


 教室に戻ると怪訝な顔をして話し込んでいる正輝が見える。

 机に戻り、黒いファイルを置くと皆を見回す。

 落ち着かない様子だ。


「は、なんだそれ、聞いてねーよ」


 正輝が怒った顔でこっちに向かってくる。


(俺はあの時お前が何を怒ってるかわからなかった)


 時が遅く感じられ、正輝がゆっくりこっちに向かってきているように見える。


(後になって理由を聞いた時、最初は何でそんなことで怒るんだって思ったこともあったけど)


 もうすぐ俺の前に来る。


(好きな人と話すこととか一緒にすることって記憶に残る大切なことだもんな)


 思い出すのは塾の出来事、美咲と話す時間が今の俺にとって大切なものだった。


「正輝!」


 大きな声で叫んだ。


 一瞬周りが静まり、何事かとこっちを見てくる。正輝も俺の声に驚いて黙り込んだ。


 俺は色紙をもって、正輝の肩にもう片方の手をかけて周りに聞こえないよう耳元で言う。


「色紙お前が渡せ。俺は別に渡すもんがあるから。」

「お、おう。わかった。」


 思ってなかったことを言われたからか困惑しつつも色紙を受け取る。

 周りはまだ何があったのか心配そうにこっちを見ていたが、俺が小林と池崎に目を合わせるとあいつらはなんとなく理解し「こっちの話こっちの話」「何でもないよ」と静まっていた雰囲気を変えるように話し始め「なんだよー」「翼君どうしたの」といった風にさっきまでの空気に戻してくれた。


「おーい、墨田に呼ばれて来たがなんだー」


 田中先生が教室に入ってくる。


「実は俺たちが先生に渡したいものがあって。」

「うん、なんだ?」


 俺は司会となり三波さんと正輝に促す。

 このことで三波さんは渡すのが変わったのに気づいたようで、花束をロッカーから取り出し、ボーっと突っ立っている正輝に「ほら、色紙」と耳元でささやいて、正輝が「うわっ」と声をあげ、顔を赤くしながらも色紙を持って先生の前に行く。


「実は、僕達で先生に色紙と花束を用意しました。今まで僕たちに授業を教えてくれて、相談に乗ってくれて、ありがとうございました。」


 正輝が色紙を三波さんが花束を渡す。


「お前たち」


 田中先生が目を潤ませる。


「そして、僕からも、皆には内緒にしてたけど渡すものがあります」

「なんだ、如月」


 正輝も、三波さんも、墨田君もクラスの皆も戸惑った顔をしている。


「学校で先生としてすでに卒業していった生徒も含めて、先生にいろいろなことを教わることが出来たと思います。今まで本当にありがとうございました。」


 そう言って俺は黒いファイルから取り出す。


「表彰状

 田中 信久殿

 あなたは三十五年の永きに亘って誠実に職務され我が学校の発展に

 多大なる貢献をされました

 この度定年を迎えるにあたりそのご功労を感謝し表彰いたします

 令和三年一月二一日


 学校長  高橋春江

 学生代表 六年二組全生徒」


 そういって俺は賞状を田中先生に渡して拍手する。

 始めは困惑していたクラスメイトも皆顔をほころばせて、拍手をしだす。


「ぐすっ、お前たち。本当に何してんだ。それに校長先生も共犯か。」


 田中先生は賞状を見ながら涙を流す。


 女子の何人かはもらい泣きし、男子も目を潤ませる。


「本当にありがとう。生徒に泣かされるのは生まれて初めてだ」


 俺の頭にポンと手を置いてそう話す先生は心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべているのだった。



「おい、聞いてないぞ翼」

「そうだよ、あんな凄いのどうしたんだよー」

「あー泣いちゃった、もうやばいって」

「絶対忘れられない記憶になったわ」

「めっちゃよかった」


 みんなが笑いながら声をかけてくる。



「翼やっぱ、お前スゲーよ。かっこよかったぜ。流石は俺の親友!」


 正輝が笑顔で言う。

 ふと、目から涙がこぼれた。


「お、お前もやっぱ泣いてたのかよー」

「あ、ほんとだー」


 小林と池崎が揶揄ってくる。


「ば、バカ。やめろよ」

「珍しいものが見れた」

「ふふ、でもなんか花束と色紙薄れちゃったね」


 三波さんの言葉に周りの皆も笑いながら頷く。


「あー、そうだぞー。でも、良かったからいいや」

「だねー」

「さすが、俺たちの代表」


(ああ、皆笑えてる)


 この光景を見ることがなかった夢を想う。



 俺は窓の外を見上げる。

 あれだけどんよりとしていた雲は消え、綺麗な青空が広がっているのだった。





 **129374027**如月翼**β-Xでの分岐と改変事象を確認**運命図白紙化**新規作成開始**

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