第12話 天秤と賭け

 賞状を用意する方法を必死に考える。

 タイムリミットは刻一刻と迫ってきている。


(どうする、手書きは絶対に無理だ。それに、俺一人でやれることは限られてる。だけど、絶対に賞状があるのはやっぱりあそこしかない。でも…できるのか俺に)


 賞状を用意する方法について思い浮かんではいる。だが、失敗する可能性が高いことも分かっている。


 これは賭けだ。

 それでも俺はやるしかないと決意する。


 冷静になれ、やめとけ、無理だという言葉が頭を埋め尽くす。


 時間が経ちチャイムが鳴る。

 ふと、外を見上げた。どんよりとした雲間から一筋の光が校庭にある一本の木に差し込んでいる。


「なあ、今日どうした翼」

「なんか顔色悪くないか」


 池崎と小林が声をかけてくる。

 俺は一度目をつぶり腹をくくった。


「ちょっと腹の調子悪いから保健室言ってくるわ」

「まじか、そんなにか。先生には言っとくよ」

「なんかお前、左手といい今週は散々だな」


 ホントだよ。なんでこんなことになったんだ。俺は苦笑しながら教室から出て行く。


 階段を降りていると4時間目を告げるチャイムが鳴った。

 もう後戻りはできない。

 今すぐ走ってやっぱ腹痛治ったーって言いながら席に戻りたい。

 でも、俺は一歩ずつ歩いて行く。

 絶対に運命ってやつを変えるために。


 一階にたどり着く。

 向かう先は保健室だ。

 俺はまっすぐと保健室に向かって歩く。

 そして、、二つ奥の部屋に。


 扉を見る。

 運が良かったのだろう。

 会議中や来客中という札はかけられていない。

 そして、しっかりと名前が表になっている。今部屋にいるのだ。


 深呼吸する。

 ノックを三回。

 中から声がかけられる。

 ドアノブにかける手が震える。


「失礼します。6年2組の如月翼です」


 そう言って俺は校長室へと足を踏み入れたのだった。


 目の前には一人の女性が座っていた。

 年は田中先生と同じくらいだろうか。

 この学校の校長だ。


「おや、生徒さんですか。驚きました。」


 先生が来たと思っていたのだろう。少し困惑しているようにも見えた。

 そりゃそうだ。小学生の俺が校長室にいきなり来るんだから当然だ。


「えっと、どうしましたか」


 実際に学校の生徒と話す機会は少ないから校長先生は身構えているようだった。


「今日はどうしても、お願いがあってきました。」

「なんでしょう」


 俺は眼をそらさずに話す。



「表彰状をください」



 時が止まった。

 校長先生はどうやら理解が追い付いていないようだった。


「ごめんなさいね、どういうことかしら」


 痛い子を見るような目でもてくる。

 だけど俺がいたって真剣な顔で校長先生を見ているのに気づき姿勢を正す。


 それから俺は色紙と花束を渡すことになった経緯を話しだす。


「だけど、僕は田中先生にサプライズで賞状を渡したいんです。これは僕だけが考えたことです。勝手なお願いかもしれないですけど今までお世話になった感謝をどうしても伝えたいんです。」


 彼女は静かに話を聞いている。


 すると彼女は何かを取り出しながら話し始める。


「あなたの言いたいことは伝わりました。………ですがそれよりも、あなたはなぜ今ここにいるのですか。今は授業中のはずですが。」


 背筋が凍った。


「確かに、あなたの考えはいいことかもしれません。」


 めまいがする。


「でも授業をさぼってまでお願いするというのは良くないと思いますよ。そんな人の話を聞くことはできません」


 校長先生はそう言って手元にあったものを見始める。



「それでもお願いします」


 俺は頭を下げた。

 そしてこう続けた。



「僕ははっきり言って優秀です。さぼったのは6年を通して今日が初めてです。学校も一度も休んだことはないです。だから卒業式に渡されるはずの僕の賞状があるはずです。その賞状を使ってでもいいのでお願いします。昼休みまでにどうしても用意しなければならないんです。田中先生への賞状をお願いします。内申書だって返します。受験を諦めても構いません。お願いします。お願いします。お願いします。」


 最後まではっきり言いきり校長先生に頭を下げ続ける。俺は必至だった。


「顔を上げなさい。どうしてそこまで。」


 校長先生は俺を見る。

 俺は眼を見てこう言った。


「先生に感謝を伝えることに理由がいりますか。」


 校長先生は眼を見開く。


 そして、俺を見てほほ笑んだ。


「あなたみたいな子供は初めて見ました。いいでしょう、あなたの熱意に心打たれました。賞状を用意しましょう。」


 そういって、彼女は取り出していた。


「もともとあなたが私の目を見て話し始めたときから聞いてあげようとは思っていましたよ。ただ、この賞状を書いていつ渡すかはあなた次第でしたが。」


 そう言ってまだ記入されていない賞状を見せてくる。


「それに、こうして生徒と話すことも私にとって新鮮でしたので、ただ覚えておいてください。何かを頼むときは必ず時間や場所、ルールは守りなさい。あなたが小学生で相手が私だったから許されたことです。これから先、同じことが通用するほど社会は甘くないですよ。それに、あなたの将来を賭けに使うことは絶対にやってはならないことです。天秤に将来を乗せるのはおろかですよ。人生は一度きりなのですから」


「っ、はい。本当にありがとうございます。」


 校長先生に言われハッとする。気づけば俺の目から涙が溢れていた。


(そうだ、俺の目的はあくまで運命をこえて受験に合格することだ。喧嘩回避を目的にしてた。)


 俺は涙をぬぐい再び校長先生を見る。


「わかったのならよろしい。では田中先生に向けての賞状を作りますよ。何かまだありますか。」

「でしたら最後の贈る人の名前を……」

「ふふ、わかりました。」



 賞状を持ちながら校長室を去っていく生徒を見送る。


(本当に優しい生徒でしたね。久しぶりに担任という立場をうらやましく感じました)


 クラスの担任をしていた昔を少し思い出し、生徒の成長を間近で見ていたあの頃に想いを馳せるのだった。



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