第3話 夢と人生と翼1

 その日の夜に俺は長い長い夢を見た。


 如月翼の人生だった。

 優しい父親と母親から生まれ、小学校では勉強の出来る友達と競いあうように中学受験をして、に入学して卒業して大学4年になる前に交通事故で死んだ夢だった。


 何故か親と妹と自分の判別は出来るのに顔はぼやけていた。友達や学校の先生に至っては名前も顔もわからないのに覚えているという不思議な夢だった。


 映画を見ている感覚で友達とのゲームや先生に叱られている場面、初めての習い事など次々と日々が浮かび上がるなか、その時の自分の緊張や嬉しさといった感情がこみ上げた。


 特に二次元や異世界といったよくわからない単語が飛び交う場面がたびたび出てきてそのたびに何故か楽しいという感情が強かった。


 そんな多くの場面の中で何故か中学受験までの一か月間だけがすっぽりと抜けているようだった。


 そして一番最後に迫ってきた車にひかれたという場面と胸が締め上げられるような寂しさを感じ目の前が白くなっていき目覚めを迎えた。


 朝、眼を開けたときに涙が溢れて視界がぼやけた。

 あくまで夢だからか事細かに覚えられたわけではなかったからか、感情が大きかったものしか今は思い出せなくなっていた。

 しかしこれは俺の前の人生だったという確信があった。

 とにかくリアルだったからということだけではなかった。

 自分の中の型にピッタリとはまる感覚みたいなものがあったのだ。

 涙を袖で拭い部屋の外に出る。

 ちょうど廊下に出てきた寝起きの妹の光がいる。


「おはよう、お兄ちゃん」

「ああ、おはよう」


 いつも見る妹だった。だが昨日の夢からか少し違和感を覚える。

(光ってこんなに可愛かったっけ)


 二人並んでリビングに行くと既に朝食がテーブルに並べられ、母さんは水をコップに注ぎ渡してくれる。父さんは新聞を読みながら椅子に座り待っている。テレビは日曜朝のニュースが流れ、休日を感じる。


 だが待ってほしい。

(母さんと父さんってこんなに美人とイケメンだったっけ)

 

「早く冷めないうちにご飯食べなさいよ、後食べたら軟膏塗るから」

「翼指は大丈夫か?」

「お兄ちゃんそういえば指怪我したのー」


 少し考えているときにそう言われ何のことか一瞬わからなかった。

 そういえば昨日俺はコンセントに芯を指して左手の指を怪我したことを思い出す。夢がこびりついていて今まで忘れていた。


「あーまぁ大丈夫みたい、今は痛くないかな」


 幸い右利きなので何とか食べられたがやっぱり片方の手が使えないと不自由だった。

 そのことを話すと妹はお兄ちゃんの手伝いをするといってくれたが気持ちだけ受け取って頭を撫でたら喜んだ。妹は昔から頭を撫でられるのが好きなんだよなとまだ数回しか撫でたことがないはずなのに何故か思った。


 洗面台に行き歯を磨こうとしたときに違和感は確信に変わった。

 俺は夢で見た翼よりも顔が整っていると感じたのだ。


(俺ってイケメンになれるかも)


 このことに俺は少しわくわくした。単純にこの時夢のことを少し忘れかけていたからだろう。

 部屋に戻り机に乗ったままの昨日の英照中学高等学校の過去問にある別の年の問題を開いたときにふと思い出す。


(あれ、俺この学校落ちてね)


 手が震える。この学校を第一志望校に決めたのは6年生になってからだ。好きになったあの子にどこを受けるか聞いて、「おー同じだ俺も受けるんだよねー」という話をして、家に帰ってから家族に第一志望校を決めたと話をした覚えがある。


 そしてそれは夢でも同じだった。

 合格発表の日、俺は泣いていた。あの子も泣いていた。

 あの子はうれし涙で、俺は悔し涙で。

 俺とあの子の間には何も始まらなかった。

 そのまま俺は受かっていた第二志望校の男子校を選択し、多くの友達と毎日楽しい日々を過ごした夢を思い出す。


 ひょっとして俺はあの人生を歩むことになるのかと思いかけるが、おかしなことに気づく。

 あれ、でも俺はこの先の夢の記憶があるってことは頭良くなってるんじゃね、と…

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