最終話 これが俺の生きる道
ザグロブはローグとの激闘を制してついに大倉を捕まえた。
その過程で彼はウイルスのカプセルを破壊して空港を汚染するというとんでもない事をやらかした。
全ては復讐の為、彼の狂気は留まる事を知らない…
「き、貴様! 自分が何をしたのか分かっているのか!? 」
ザグロブの肩に抱えられた大倉は彼の耳元で叫ぶ。大倉は今、空を飛んでいた。
彼の手により世界を変える切り札を失った大倉は半狂乱でジタバタとする。
あまり暴れると落下するというのに、もはや彼はそんな事を忘れてザグロブに罵詈雑言の限りをぶつけた。
最もザグロブがしっかり抱えている為落ちる事はないし、落下させてしまっては面白くないと考えているので落とす事は絶対にないが。
そんな様子を面白がったザグロブは、半笑いで彼の言葉に応えた。
「あぁ? まぁあの程度のウイルスならパンデミックにはならねぇだろ…多分」
彼は世界は再びが混乱の中に陥る引き金を引いたかもしれないという自覚はあったが、むしろそれでいいとすら考えていた。
そう彼は元々兵士、戦うのが仕事の男。
再び世界中で戦争が起ころうが何だろうが寧ろ歓迎なのだろう。
そうこうしている内に、彼は空港から少し離れた場所にあるフェリー乗り場近くの道路へと降り立つ。
すると彼を待っているかのように一台の装甲車が止まっており、中から一人男が降りた。
「ザグロブさン…」
中から降りてきたのはシャオロンだった。
実は彼がこの場所に来る前にシャオロンに通信をし、この場所に来る様に連絡していたのだ。
その為、彼は対ウイルス用のガスマスクを付けてザグロブを迎えに来ていたのであった。
そして続け様に車の扉が開き、もう一人彼の仲間が降りて来た。
「…ッ」
なんとも言えない複雑な表情をしてリョウは車から降りたものの、扉を閉めずにその場で立ち尽くしていた。
二人とも、ザグロブをじーっと見たあとに肩に担がれている男へと視線を移すものの、何か口ごもっているようにしか反応を示さなかった。
「…フッ、待たせたかな?」
「…今は、貴方のやった事は聞きません。ひとまずこの男をどうするか…とりあえず決めましょう」
「わ、私をどうするかだって…?」
この男をどうするか、どうせ答えは一つしかないのだが彼らはひとまずこの場を離れるべく、大倉を縛り上げて無理やり乗せる。
その際に離せとか、タダではすまんぞ!!等大声を出して暴れ続けたが、所詮一般人の力で抵抗できるはずもなくシャオロンの持ってきた手錠を手足に嵌められ、粘着テープで口を閉ざされてまるで芋虫のような姿にしてトランクに詰め込み、自分達も車へ乗り込んで何処かへと走り去る。
その直後背後でけたたましくサイレンを鳴らしながら救急車や様々な種類の車両が到着すると、中から防護服を着込んだ人間達がぞろぞろと現れ、更にそこへ自衛隊化学科と横に書かれた緑色のトラックまで現れ、次第に騒ぎは大きくなって行った。
リョウは振り返ってその様子を見つめると、まるでサイレンが混沌の世が帰ってくるかもしれないという警報のように聞こえてならなかった。
それからしばらく走り、彼らは空港から遠く離れた海の埠頭へと到着する。
そこは人気もなく、何かをするにはうってつけの場所だった。
「んー!! んー!!」
大倉は何かを喚くが、口にテープを貼られている為何を言っているのかその場にいた三人には理解不能だった。
そしていよいよ、その時がやって来る。
「思えばこんなちっぽけな奴が遺伝子改造だの、人工ウイルスだの、よくやったよな…人から計画をぶんどったとは言えよ…」
「しかし、彼は怒らせた相手が悪かった。そういう事ですね」
彼が怒らせた人物、ザグロブという男の執念と狂気によって自身の破滅を導いた大倉をシャオロンとリョウは同情の目で見てしまうが、この男はリョウや大多数の人間の人生を、そしてシャオロンの仲間を手に掛けて正義の根本をねじ曲げようとした男。
そう考えると二人の心からは同情の念は消え去った。
「さて、名残惜しいけどあんたとはお別れだな…いやぁ、本当に色々あったな」
ザグロブは後部ハッチに手を掛けると、今までの事を鮮明に思い出して行く。
偽の依頼から始まり、リョウと出会い、上野へ行きシャオロンと出会い…そして戦いに次ぐ戦い、そして更に改造をした自身の体…いい思い出とろくでもない思い出が混ざり合い、短い間ではあったがとても…
とても楽しい旅路だったと彼は思った。
「どうせなら今度はもっと色んなヤツと戦いてぇなぁ…」
ザグロブは楽しげな声を出すと、シャオロンとリョウはドン引きした表情で彼を見つめた。
「んじゃ、今度は良い奴に生まれ変われよ! じゃあな!」
と言いながら、彼は後部ハッチを思いっ切り閉じ、装甲車を押すような体勢になる。
そして彼は力任せに装甲車を海へと落ちるように押し始める。
押している最中、中から恐らく体をぶつけているのだろう、ドンドンと側面から音が聞こえているが、ザグロブは聞こえないフリをして海を目指して押し続け、ついに埠頭の端っこに到着する。
「あ、そうだ、いいのか? 俺が沈めちゃって」
「…いいよ、俺はこいつの死に様が見れればそれで」
「私も同じく」
ザグロブは二人に同意を貰うと、なんの躊躇いもなく装甲車を海へと落とした。
車はどんどん沈んでいき、そんな中でも中からドンドンと叩く音が聞こえるものの、海へと沈んで行くに連れて音は聞こえなくなって行った。
これで全てが終わった。
「…終わったのか?」
「えぇ、装甲車といえどいずれは内部も水没…想像したくない最期ですね」
あまり実感が湧かないが、どうやら本当にこれで復讐は完遂出来たらしい。
そう考えたリョウはその場へヘタリと座り込む。
「リョウさん…?」
「仇は取った…取れたけどよ…俺…料理屋やっていいのかな?」
リョウの疑問に、シャオロンは言葉を失った。
彼はこう考えている。仲間の仇を取り、人生を取り戻したが、その過程で多数の敵の命を奪ってきたのも事実。
そんな血に塗れた人間が普通の日常へ戻っていいのかと…
多数の修羅場を潜ったとはいえ、あくまで一般人の彼がそう考えるのは自然だった。
シャオロンは、なんと言えばいいのか分からず悩んだが…
「何言ってんだよ、堂々と社会の中へ帰っちまえばいいじゃねぇか」
悩む彼に言葉を掛けたのは、ザグロブだった。
「つーか、そんなもんかよ…リベンジキメたらまともに生きていいのか不安だなんて、所詮お前の覚悟はそんなもんだったんだな」
その一言に、リョウはハッとしてザグロブへ顔を向ける。
落ち込んでいた彼がこちらを見るのを確認し、更に言葉を続けた。
「人生を取り戻す為に戦ったような癖して、いざ終わればこれでよかったのかと自問自答…これじゃなんの為にお前をここまで引っ張ってやったか分かんねぇや、お前はもっと勝ち誇れ! 誰も責めやしねぇよ」
果たして彼の言葉を本気にしていいのだろうか。しかし確かにそうなのかもしれない、とリョウは考えた。
彼の考えが本当に正しいかは分からない。
だが今は人生を取り戻せた事を素直に喜ぶべきだと、リョウは考えた。
「それによ、お前が飯屋辞めちまったらただのバケモンになるだけだぜ」
…やはり彼の言葉を信じていいのか不安になりつつも、どこかで料理屋を開いて混沌の時代を生き抜く事が自分の正しさを証明する方法なのだと、とりあえず納得した。
「…アンタの言葉を信じていいのかわかんないけど、とりあえず…俺は生きて自分が正しかったのかどうか判断していくよ」
彼はとりあえずとは言え、自分の答えを出した。その事にザグロブはどことなく嬉しそうに見えたが、その冷たいマスクからでは推測しか出来ないのであった。
「フフ、さて…と、じゃあシャオロンさんよ、そろそろ行こうか」
すると彼は両腕をシャオロンの前へ差し出し、まるで捕まえてくれと言わんばかりの態度を取りだした。
異様な光景に驚いたリョウは何故そんな事をするのかと聞こうとした時、ある事を思い出して口を噤んだ。
「…例え無実だったとはいえ、貴方はウイルスを撒いてしまった…正直、テロと言っても過言では無いです」
彼の行なった行為は許されない。
言ってしまえばそういう事だ。彼は復讐の為に空港一つ汚染してしまったのだ。
例え殺し屋としての仕事が運良く見逃されたとしてもこれだけは許されないだろう、この混沌の時代であってもだ。
「そ、それだったら俺だって空港だけじゃなくて色んな場所で暴れ回ったんだぞ! 俺も逮捕されておかしくは…」
「一応貴方も連行はしますが、貴方の場合人体を弄られているという点で情状酌量が認められるでしょう。 ただウイルス汚染だけは…こればかりは…どうにも出来ません」
シャオロンは苦々しい口振りで一通り説明するが、ザグロブは全く気にしていない。
むしろ逮捕すら歓迎と言った態度だ。
「ま、とりあえず休憩って事でな、どうせ殺しの事もお前が庇っても他の奴らから刺されるだろうと思ってるからよ!」
そしてシャオロンの手により、その鉄の手首へ手錠が掛けられた。
こんな形で旅が締め括る事になるとは、考えたくはなかったが…
すると、遠くからヘリが接近する音が聞こえる。操縦席にはシオリと明光院がいた。
「迎えが来ましたか…」
「リョウ! お前の飯、美味かったぜ! 俺はちょっと休業するわ! またどこかで会おうぜ!」
こうして、三人の旅は終わりを告げた。
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