第17話 渾沌こそが俺の生き甲斐(1)

羽田空港、日本にある空港の中でも最大の規模を誇る場所。

いつも沢山の人が溢れる場所は今日も人で賑わっていた…

しかし、その客層はいつもと大きく違っていた。


『何? 羽田空港がほぼ貸切? 何があったんだね!?』

「そ、それが急遽別のお客様が大人数で空港にやって来たようで…まるで籠城ですよ! 何かを守ってるみたいで…」


旅行客から殺し屋まで、幅広い客が居るはずの空港のロビーやラウンジ、滑走路に至るまで装甲車と強化スーツを纏った兵士がまるで何かを警護するかのように至る所に配置されていた。

そして、更にそこへ…


「お、おいあれ、戦車じゃないか!?」

「なんで戦車が羽田に…!?」


ついには105式戦車と呼ばれる最新鋭の戦車数台までもが、空港の入口や滑走路に配備され、異様な光景が拡がっていくのを、市民達は不安な気持ちを抱えたまま黙って見ているしかなかった…

そして、羽田空港内に場面は移る。


「ローグ隊長、105式戦車五台の配備が完了しました! 兵士も予定通り空港全域に配備完了しました!」

「ふむ、これで奴らを迎撃する準備は整ったな」


空港内では、ローグとその他の兵士が大勢が慌ただしい雰囲気で敵の襲撃に備えていた。

彼らがここまでして守ろうとしているもの、それは大倉の身柄ともう一つ、世界を変えるほどの力をもった代物、この二つだった。


「しかし隊長…この数と105式はいくら何でも過剰なのでは…?」


兵士の一人がローグに質問をするが、その質問に対して彼は落ち着いた声でこの過剰な戦力の説明をする。


「確かに過剰かもしれん、だが、あの三人はここにいる兵器や兵士と同等の戦力を持っている!! ここまでやらなければ我々は勝てないかもしれんのだ!!」


この過剰な戦力にも見合う、たった三人の敵の事を声を荒らげて説明すると、その気迫に質問をした兵士は身震いを起こし、その場を後にした。


「必ず来る…! 絶対に大倉様とウイルスは守らなければならない…! この混沌の世を正せるのはあのお方だけだ!」


彼は拳を強く握り締め、迫る敵へと備えを進めようとしたその時、別の兵士がこちらへやってくるのを見つけた。

何処と無く、様子のおかしい兵士をローグは不審がる。


「おい、どうし──」


瞬間、彼の瞳は大きく開いた。

こちらにやって来た兵士の腹に大きな風穴が空き、血を流しながら助けを求めていたのだ。


「た、たいちょお…助け…」


助けを求める言葉を言い切る前に、血まみれの兵士はその場で倒れる。


「こ、これは…」

「て、敵襲!?」


何事かと思い辺りを見回すローグと兵士達。

ここに来る人間の目処はもう既に付いていたが、あまりにも早い襲撃に全員が狼狽え始める。

狼狽える彼らに、怒声が届いたのは兵士が倒れてからすぐだった。


「ロォオオオオオグッ!!」


その怒声がした方向へ顔を向けると、上の方向にそれはいた。

黒い装甲に半艶の黒いロングコート、何もかもが黒いその男は脇に大型のショットガンをかかえ、こちらを見下ろしていた。

その姿に兵士達が絶句する中、ローグはその黒衣の死神の名前を口にした。


「ザグロブ…!!」


ザグロブは抱えていた銃をローグ達へ構えて叫んだ。


「俺達…いや俺から逃げられると思ったら大間違いだぜ!! 」

「くっ、奴を迎撃しろ!!」


ローグはすぐに兵士達に命令を下してザグロブを迎え撃つ準備をするが、ある疑問が脳裏をよぎる。

あと二人はどこへ行ったのか?と。


(溝口リョウとヤン・シャオロンはどこへ行ったんだ…!? まさか!)


ローグが気付く頃には、既に残りの一人が窓から大部隊のど真ん中に着地し、隊列を大きく乱していた。

その鬼のような形相と甲殻が何枚も折り重なった鋭い爪を持った彼は立花リョウ、もしくは溝口リョウ。

彼もまた大倉へ自身の復讐と仲間の敵討ちをするという確固たる決意の元現れた。


「へへっ、ここまで来たらもう一蓮托生よ!」


リョウはその恐ろしげな形相で笑う。その顔に、兵士達はまるで鬼を見たかのように恐怖に震えた。


「怯むな! 全員奴らを抹殺しろ!!」


その言葉を皮切りに、空港は混乱極まる戦場と化した。


「うらぁああああーッ!!」


兵士達のど真ん中に飛び込んだリョウは敵の言葉でありながら、ローグの言葉を待ってましたと言わんばかりに両腕に刃を生やして暴れ回る。

その暴れっぷりはまるで嵐のようだった。


「く、くそっ! 強化スーツでは歯が立たんか!」

「ククク、だが強化スーツを着ている兵士だけでは無いのだ!」


するとリョウはこの兵士達とは別の兵士が飛び込んでくる。彼の姿はまるで爬虫類のような見た目で、変化した体の上に防護服を着ていた。


「なんだコイツら!」


リョウは飛び込んできた改造兵に刃を振り下ろす。しかし首元まで守られた防護服に刃が通らず、金属音を鳴らすだけで防がれてしまった。


「チッ!」

「ククク、どうだ…改造人間用新型防護服は! 今までの戦闘データを計算して開発されたこのスーツの力と我々の力を見よ!!」


更にそこへ先程呼び寄せた戦車数台のうち、一台がけたたましい履帯の音を鳴らしながらこちらへとやって来ていた。


「はっはっはっ! ローグ隊長の手を煩らせる必要も無い! 戦車砲げ───」


戦車に乗った兵士が砲撃命令を下そうとした瞬間、突如自身の乗る戦車が大きく揺れる。

戦車だけでなく、その周辺からも爆音と共に大きく揺れていた。


「な、なんだぁっ!?」

「ほ、砲撃されています!! 損傷は軽微ですが…!!」


攻撃の正体が砲撃だと分かったが、何処からの攻撃で何者から攻撃されているのか。

しかしローグには攻撃の主が誰か分かっていた。

そう、大倉を狙う三人目の刺客…その男の正体は、ザグロブの通信で分かる事となった。


「シャオロン! 砲撃が遅いぞ!」

『ポジション取りが中々難しかったんですヨ! 無茶言わないデ!』


三人目の男、ヤン・シャオロン。

彼が空港内ターミナル二階からグレネードランチャーによる砲撃を行っていたのだ。

彼はリボルバーのような弾倉を取り出し、空薬莢を排出して砲弾を込めながら通信に応じていた。


『だがナイス砲撃だ、俺とリョウは気にせずどんどん撃ちまくれ!!』

「因为全然用人粗暴所以…!!(全く人使いが荒いんだから…!!)」


彼は慌ただしく物事を行っていたせいか、中国語が飛び出してしまう。

しかし彼はそんな事気にせずに次々と弾を撃ち、無差別砲撃を繰り返した。


「おのれぇえええ!!」


ローグは背中のブースターを起動させ、砲撃の中ザグロブへと突進する。

ブースターの勢いを活かした素早いタックルをザグロブは受け止めた。


「お前を絶対大倉様の所へは行かせんぞ!!」

「だったら押し通るまで!!」


ザグロブはローグを払い除けて、彼に背を向けて加速する。


「待てっ!!」


ローグも負けじと加速し、遂に二人は外へとかっ飛んで行った。

一方、リョウは引き続き重装改造兵と死闘を繰り広げていた。


「クソッ! 刃が通らねぇんじゃどこ斬りゃいいか分かんねーぞ!!」

「フハハハ、思い知ったか!! 」


自慢の刃が通らない事に、大苦戦を強いられるリョウ。更にそこへ105式戦車の機関銃の銃弾が襲い掛かり、それを避けるのとこの鎧の化け物を対処するのに手一杯だった。

これを遠くから見つけたシャオロンは砲撃の手を止める。


「不味いですネ…!」


すると彼は弾倉を出し、中にある弾を一旦排出すると別の弾を装填した。


「戦車は無理でも、あの化け物だけは何とかなるでしょ…!」


彼は新しく込めた弾をリョウのいる地点に狙いを定めると、彼に無線連絡を行なう。

戦っている最中に飛んでくる無線に苛立ちを覚えつつ、リョウは通信に応じた。


「何だよ!!」

『聞こえますか!? そこから離れてください!! 特別な弾を撃ちます!!』


焦りを感じる彼の言葉を聞き、リョウはその場をバックステップして鎧の化け物から距離を取ったその後すぐにシャオロンのいう特別な弾が飛来する。

その弾は着弾する前に破裂し、中からなにやら液体を撒き散らした。


「なんだ…? 」

(うっ、この匂い…何だ!?)


リョウはすぐに離れた為にその妙な液体を避ける事が出来たが、相手は違った。

不幸な事にその液体を全部浴びてしまったのだ。


「こ、これはまさか!!」


その液体の正体は硫酸だったのだ。

それもかなり強力な物らしく、数分も経たない内に彼の防護服は焦げるような匂いと音を立ててボロボロにした。


「ふ、フン! だがこのアーマーは酸を防ぐ! 残念だったな…」


残念ながら対策されていて、アーマーを破壊できずにシャオロンは目論見が外れたと思い苦渋の顔を浮かべた。

更に、砲撃が止んだ事により戦車の方へ動きがあった。


「砲撃が無くなった! 今だ!」


揺れが無くなった為、車長はすぐに砲手達に砲撃準備に取り掛からせる、狙いはリョウただ一人。

だがリョウは砲弾の装填音を聞き逃さなかった。


「確かにお前の鎧はスゲェけどよ、酸を防いだ後どうなるかは分からねぇだろ!」


と彼は叫ぶと腕の刃を一旦しまい、鎧怪人に距離を詰める。

もちろんこの鎧怪人も砲弾の装填音を聞いている為、リョウが距離を積めてくる事に驚きつつその行動を笑った。


「は、ハハハ! バカがッ!! 俺を盾にしようともそうはさせんッ!!」


彼は高くジャンプして距離を詰めて来たたリョウの真上を取る。リョウの目の前に戦車の砲口が迫っていた。


「よし! 撃て!!」


ついに戦車はリョウを照準に捉えた。しかもかなりの近距離で彼は避けようがない。

しかしリョウはそんな状況下でも冷静だった。彼は一旦変形を解いた腕の甲殻を再び変形させ、先程と同じく刃の形に変形させる。


「バカめ! 刃で砲弾を切り落とすつもりか!?」


と鎧の怪人は嘲笑混じりにリョウを馬鹿にする。

しかし、すぐにその驕った態度は改められる事となる。

リョウは不敵な笑みを浮かべそのまま腕を振るうと、なんと刃は鞭のように伸びて鎧の怪人の足に巻きついた。


「なっ、なにィ!?」


まさか刃が伸びるとは思わなかったのだろう。彼はそのまま引っ張られ、地面に叩きつけられた。


「い、いかん! 砲撃中止!!」

「ま、間に合いません!!」


発射寸前にいきなり目の前に味方が降りて来てしまい、砲弾はリョウではなく鎧の怪人へと炸裂してしまった。

凄まじい威力だったのだろう、酸でダメージを負った鎧の破片が飛び散り、鎧に隠された彼の爬虫類のような素顔と体がさらけ出された。


「き、貴様…! 誰に撃って…」


という前に、リョウはむき出しになった彼の首ごと戦車の砲塔共に横に一刀両断。

砲塔と共に彼の首がごろりと転がり、何とか勝利を収めた。

すぐ様、リョウは窮地を救ってくれた男へ無線を送った。


「シャオロン、聞こえるか? ナイスアシストだったぜ!」

『はっはっはー、裏方ってのも悪くないですね! …って、ヤバい!』


通信でシャオロンに礼を言っていると突然、ガサガサと音が鳴り始める。


「おい! シャオロン! 」


何があったのか気になっていると、無線からど何人もの兵士の足音が聞こえ、嫌な予感を感じさせる。


「シャオロン…! チッ、行ってやるか!」


リョウはシャオロンの元へと急いだ。

───────────────────


場面は変わり滑走路付近、ザグロブとローグは激しいドッグファイトを繰り広げていた。

しかしザグロブはローグを挑発するかの事く、逃げる途中地上にいた兵士や装甲車をついでのように次々とローグの目の前で撃って行った。


「貴様ーッ!!」

「早く俺を捕まえないと大変な事になるぜぇええーッ!!」


と言いながら彼は宙返りして体制を変え、ショットガンと共に肩のニードルガンの代わりに新しく搭載されたガトリング砲を同時にローグへ撃つ。


「くっ!! うぉおおおーッ!!」


ローグはこの弾丸を腕でガードする。弾丸は弾かれ、ローグには傷一つ付いていない。

かなり性能のいい装甲を使っているのだろうか、射撃が通用しなかった事にザグロブはバツが悪そうにする。

ローグも負けじと腕に仕込まれたマシンガンをザグロブへ撃ち、激しい空中戦は続く。


「お前は危険だ!! 罠に嵌められたのも全て神のご意志! そうは思わんか!?」

「何ワケわかんねぇ事言ってやがる!! 俺を選んだのはどうせ誰でもよかっただけだろ!!」


ローグの言葉にザグロブは声を荒らげてブチ切れた。自分がこんな目にあっているのが神のご意志と言われたのが相当頭に来たのだろう。彼は加速から急停止し、ローグの不意を付いたかと思いきや、思いっきり顔面を横から殴り抜けた。


「ぬぐっ…! 」

「逃がさねぇ!!」


殴られた事により勢いよく地上へ吹っ飛ぶローグを追って自身も地上へ向かう。

ローグは飛行機が置かれている格納庫へと墜落し、凄まじい音を立てながら地面へと激突した。


「ぐふぁっ…!」


厚い装甲に守られているとはいえ、上空から叩き落とされたのではそれなりにダメージを受ける物、彼が体を起こそうとしている時にそこへ間髪入れずザグロブが突っ込んできた。


「うおらぁッ!!」


ザグロブは地面に倒れたローグへそのまま足を伸し急降下キックの追撃をお見舞いするが、寸前で回避されてしまう。その威力はヒビ割れた地面を更に破壊し、飛行機やその他の機材は大きく傾けるほどだった。

しかし回避されても彼はすぐに拳を構え、回避された方向へとすぐにバーニアを吹かして距離を詰める。


「てめーちょっと大人しくしてやがれ!!」


ザグロブは両腕のバーニアを吹かし、拳を同時にローグの胸へと叩き込む。その衝撃は凄まじく、ローグは後ろへ吹き飛びそのまま飛行機へと突っ込み、そのまま意識を失った。


「へっ! まぁどうせすぐ動くだろ…」


確かな手応えを感じたとは言え、恐らくまだ彼は生きているだろうと、ザグロブは飛行機にぽっかりと空いた穴をじっと見つめた。

いつ動き出すかも知れないと身構えていると、突如通信が入った。


『ザグロブさン! 聞こえますカ!!』

「シャオロンか、どうした」


何やら慌ただしい通信に、ザグロブは援護要請か何かだと思いやれやれと思っていたが、すぐに態度を改める事となる。


『つい先程空港内の兵士と戦車を何とかしたデ、兵士の一人に尋問ヲ掛けていル所何ですが…大倉が今VIPルームからプライベートジェットの搭乗口に向かってるらしいでス!!』


それを聞いたザグロブは既にいても立ってもいられなかった。

彼は再強化で既に顔を鋼鉄のマスクに付け替え、人間らしい表情は作れないようになっていたが、もしも彼が表情を作れるとしたらその顔を大きく歪めて狂喜した事だろう。


「VIPルームはどの辺にあるんだ!」

『この空港の北です! そこに新設されたルームがあります! 』

「…了解したぜ!!」


彼は通信を終え、ブースターとバーニアを全て起動して全速力で大倉がいるであろう場所まで猛スピードでカッ飛んで行った。

彼が数分もしない内に見えなくなった頃、めちゃくちゃになった飛行機の穴から、落ちる人影があった。


「に、逃がさん…逃がさんぞ悪魔め…!」


気絶から目を覚ましたローグもまた、大倉の元へ飛ぶザグロブを追い、彼も空を駆ける。

果たしてこの戦いの行く末は…











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