第16話 対面

(な、なんでこんな事になったのだ…!? あと少しで長年の夢が達成出来ると思ってたのに!!)


ある男がいた。

彼の今いる場所はこれから彼の運命を大きく変える最後の場所。

彼は今まさに、人生の瀬戸際に立っていた。


「立花リョウさんから、証人として話を聞きます。証人には嘘偽りなく─」


そこは東京の裁判所、裁判にかけられているのは三人を影から追い込もうとした全ての黒幕、大倉聡志その人だった。


(くっ、くそっ…全ては週刊誌の暴露から始まったんだ…!! バカが…何が狂気の議員だ!! 私はただこの世界の舵取りを取ろうとしただけだぞ…!!)


大倉はこの裁判に納得がいっていないようで、ひたすら頭の中でありとあらゆる物への文句を次々に思い浮かべ、怒りを沈めようとしていた。


(それに公安の犬共め! どんな手を使ったのか知らんが国際指名手配を解除させて証人として呼び寄せるなんて!! 何故こうなった、何故!!)


彼はぐるぐると回る頭で何故こんな事になったのかを考え始める。

全ては凄腕の殺し屋、ザグロブを犯人に仕立てあげた議員の暗殺、これが発端だった。

不幸は重なるのか、リョウの脱走とシャオロンと公安の水面下での調査、トドメにまさかの大塚の裏切りが、彼を表舞台へと引き摺り出す事となったのだ。


「それでは証人、貴方が実験を受けたという証拠をお見せ下さい」

「分かりました…念の為ですが裁判長、かなりショッキングな物をお見せする事になりますので…」


そして彼は腕から水蒸気の煙を噴出させ、瞬時に人の手から甲殻に包まれたその鋭い爪を法廷にいる人間全員に披露する。

そのグロテスクな風貌に傍聴席からは悲鳴が上がり、陪審員もどよめきを隠せず、裁判長は恐怖しつつ声を上げる。


「せ、静粛に!! し、証人…それがじ、実験の結果…でよろしいのですか?」

「はい、しかし私だけではありません。もっと多数の人がこのような姿になるか、もしくは耐えられずに死んで行った事でしょう」


とリョウは大倉の方へ視線を移し、毅然とした態度でまるで彼に言い放つ様に声を大にして叫んだ。


「今日私は犠牲になった皆様の仇を取るためにここに来た所存です! これが動かぬ証拠なんです!!」


彼は法廷にいる人間全てに腕を見せつけるように叫ぶと、大倉はただただ震え、自然とリョウから視線を外してしまった。


(こ、こいつ…!! わ、 その力のお陰で生き長らえた癖に!! むしろありがたいと思え!!)


と頭の中で傲慢な事を考えつつ、彼は顔を下に向ける。そして弁護士は慌てて彼の腕に視線を移す。


「そ、そんな腕がどんな証拠になると言うのです!! 所詮作り物…」

「証拠ならありまスヨ」


彼が言おうとした侮辱の言葉が口から出る前に、飄々とした声で遮る者がいた。

大倉は凄い勢いでその胡散臭い声の持ち主がいる方へと顔を向けると、そこにいたのは…


「どうも楊小龍ヤンシャオロンです、どうせ異議ありと言ってもここじゃ認められないでしょうから割り込んで言いますヨ」


彼は意味深な言葉を口にし、弁護士や裁判長を無視して勝手に喋り出した。

普通なら絶対に有り得ないこの場面、実は裏があったのだ。

その様子を、リョウは冷や汗をかいていて見守っていた。


(やっぱりアイツの言ってた事は本当なのか…? ここにいる全員、弁護士含めて大倉の息が掛かった殺し屋ってのは…)


そう、驚くべき事にこの法廷にいるシャオロンとリョウ以外の人間は全て大倉の雇った殺し屋なのである。

何故シャオロンにはこれが分かったのか、それはこれまでの大倉の手を考えると納得が行く。彼は常に誰かを使い、不都合な物を潰して来た。

それに黙って彼が罪を認めるはずもない。恐らくは事故や何かを装って始末するつもりなのだろう。

そんな彼ら荒くれ者を、シャオロンは牽制したのだ。


「フフ、それでは…まず証拠としてこのデータが上げられます、これは何者かによって殺害された大塚さんが持っていた物です」


彼はスクリーンに映ったデータを解説する。

それはウォルスと共に解析したデータで、人口のウイルスによってパンデミックを操作する計画や、ワクチンを独占し自国への依存を強める計画、そして逆らう国へ遺伝子改造した兵士を送り込む計画やその兵士を使ったインフラへの攻撃、とどのつまり他国への侵略の計画等が事細かに書かれていた。

これを見た大倉の表情は青ざめていた。


「大塚さんはこのUSBを他国に売るつもりだったようでス。 理由は一つ、彼自分が研究した物が大倉に独占されるのを恐れたのでス」


シャオロンの説明に、リョウは事前に聞かされた大塚の死についてを思い出す。

実は法廷に出る前に、シャオロンは明光院に改めて大塚やその周辺を調査するよう嘆願したのだ。


(大塚は欲に目が眩み、このデータを他国に売り捌いて自身も支配者のようになりたかった…だが、奴は殺された)


リョウの表情は一層厳しい物となる。

とことん、自分の敵の醜さに嫌気が差していた。


「き、君! 急に割り込んで勝手に…」

「勝手に? こんな出来レースみたいナ裁判なんか好き勝手にやったって問題ないでしょウ?」


と挑発するような言葉を偽裁判長に投げつつ、シャオロンは偽弁護士の方へ歩き、ニコニコしながら彼の顔を見つめた。


「な、なんですか…!」

「フフフ、貴方いい物を持ってマスね!」


いよいよ、彼はこの茶番のような裁判を終わらせるべく行動に出る。

彼は弁護士の顔をニコニコしながら見つめ続けたつぎの瞬間、彼の腹に拳をめり込ませていた。


「ほげぇっ…!?」


突然の出来事に、偽弁護士の男は腹を抱えて膝を付く。すると、彼のスーツの裾から何かがゴトリと落ちる。

シャオロンはそれをひょいと拾い上げる、この殺し屋弁護士が落とした物、それは、


「ほほう、随分大口径な銃ですネ!」


リョウの暗殺の為に使う筈だった大口径の拳銃だった。

恐らくはリョウのような改造人間の頭を吹き飛ばせるだけの威力を持った物だろう。

これを見た弁護士の男は慌ててその銃を奪おうとする。


「て、てめ!! 返しやがれ!!」


ついにボロを出し、汚い口調で発しながら拳銃を奪おうとする偽弁護士を見て、大倉は顔面蒼白になった。

自身の計画がこうも呆気なく崩れるとは思わなかっただろう。


「やれやれ、やはりこう来ましたか…じゃあ仕方ないですネ」


するとシャオロンは指をパチンと鳴らし出す。まるで誰かに合図を送るような仕草に、大倉は驚きを隠せない。

そして、ある事に気が付いた。


(そ、そういえば…三人目はどうした!? あのサイボーグの男は…!?)


大倉はすぐにその三人目の人物を思い浮かべてハッとする。

彼は分かってしまったのだ。その合図を送った人物が何者なのかを。

すぐに彼は法廷に配置させた殺し屋に命令を下そうとするが既に遅かった。


「待ってたぜ!! この時をよォ!!」


傍聴席の端の方から大きな声がすると、勢いよく立ち上がるロングコートの男がいた。

そう、その男こそ三人目の男…大倉が最も恐れた男、ザグロブだった。


「ひ、ひぃ!!」


大倉は彼の姿を見て酷く怯え、ついにシンプル且つ分かりやすい命令を自信の雇った兵士達に下した。


「こ、殺せぇえええ!!」


殺し屋達は一斉に武器を構えようとするが、リョウはその動きに即座に反応して腕に刃を生やした。


「させるか…!!」


武器を持った兵士達の腕を一振で腕の刃で斬り落す。

その鮮やかな手並みは既に素人の物では無くなっていた。


「ひ、ひぃぃぃーッ!!」

「う、腕が!! 血が出てるよォ!!」


兵士達が阿鼻叫喚になる中、裁判官に扮した殺し屋達は慌てて机の下に隠していたサブマシンガンを取り出し始める。


「く、クソッ! 殺されてたまるか!!」


そして各自一斉に銃口をリョウへと向けたその瞬間、一発の乾いた銃声が鳴り響く。

一体何が起こったのか、裁判官は周りを見回す。

すると、


「ぐ…ぐふっ…!」


誰かが苦悶の声を上げながら、サブマシンガンを落として膝から崩れ落ちていた。

その人物の胸には風穴が開き、何者かに撃たれた事が分かる。

撃たれたのは裁判長だった。彼もまた、殺し屋の変装だったのである。


「やれやれ、早くぶっぱなせば一人くらいは始末出来たかもしれないのに…殺し屋の癖に大した事ないんですね」


彼を瞬時に撃ち、他の殺し屋達を驚かせたのはシャオロンだった。彼は奪った銃を使い、目にも止まらぬ速さで撃ち抜いたのだ。


「さて、どうします? 別に今から撃っても良いですけど私の方が速いですよ…?」

「ううっ…」


シャオロンの言葉には嘘は無い。そう思った殺し屋裁判官達は戦意を失って銃を落とし、その場で立ち尽くした。


「なんだよ、俺の出番は無しか…」


せっかく合図を受けて張り切っていたのに、ザグロブが行動を起こす前に既に戦いは終わってしまった。彼は残念そうに肩を落とすと、それはさておきと言った感じで、ある一点に視線を移す。


「さて、こいつどうすっか?」


ザグロブの視線は大倉へと向き、これからどうするか二人に聞くものの、既に彼は拳を強く握りながら大倉へと近づき始めている事から、答えを聞くつもりは全くない。


「ま、待て! 待ってくれ!! 君を罠に掛けたのはこの通り! 本当に悪かった!!」


大倉は必死にザグロブへと謝罪の言葉を口にし、ついには土下座までし始める。

しかし、彼は謝罪の言葉の数々を無視して腕を前に出すと、火炎放射器の銃口を大倉へと向ける。

一方で勝手に大倉を始末しようとするザグロブに対して二人は黙っていた。

既に彼等の答えは決まっていたからである。


(ホントなら俺も奴に一発喰らわせたかったけど…)

(これで終わりですネ…先輩…)


いよいよこの黒幕が地獄の炎で焼かれる時が来た。

ついに長い旅と、戦いの日々に終わりが来る…しかし、こんな呆気ない終わりを彼、大倉が許すはずがなかった。


「ふっ、フフフ…バカ共め…ここで素直に俺を許しておけばいい物を…!!」


彼は先程までの情けない態度から一変、彼は言葉を強くしてザグロブを見上げる。何事かとリョウとシャオロンは顔を見合わせる。

しかし、ザグロブは彼の強気な態度も気にせずに火炎放射器を撃つのを止めようとしない。

そんな時、リョウの鋭い聴覚が何かをキャッチした。


「ザグロブ! 上だ!!」


ザグロブはリョウの言葉に反応し、即座に上を向くと天井を突き破り何かが法廷へと飛び降りてくる。瓦礫が飛んで来るものの、彼は物ともせず仁王立ちで粉塵の中に影を見つける。そして煙を払いながらスーツの大男が現れた。


「お待たせしました、大倉様」

「いいタイミングだぞローグ! さ、早く私をここから出せ!!」


大倉はローグと呼ばれた大男の肩にしがみつく。

ローグは彼がしっかり捕まっている事を目視で確認すると、背中から何かを展開し、火が吹き出す。更に背中と同時に足裏からも火が出て彼はふわりと浮き始める。


「こいつ! サイボーグか!!」

「逃がしませんヨ!」


ザグロブとシャオロンの両名は逃すまいと太腿側面の装甲を展開させて拳銃を取り出し、ローグに発砲する。

しかし強化スーツを貫通するほどの威力を持つ弾丸は簡単に弾かれ、ローグもまた自身の頑丈さを活かし庇うように大倉の前に腕を出す。


「ひっ! は、早く飛べ!!」

「かしこまりました」


ローグは言われるがまま飛び立ち、突き破ってきた天井から脱出した。

飛び立つ彼にザグロブとシャオロンは発砲し続けるが上手い事弾丸を防がれ、みすみす逃してしまった。


「あんな隠し球が居たとはな!」


まさかあんなサイボーグがいたとは三人も想定外だったが、それよりも気になるのは彼等の行先だ。果たしてどこへ飛んで行ったのだろうか、リョウはその事をシャオロンに聞く。


「ど、どこへ飛んだんだ?」

「さぁ…本来ならここで始末するハズだったので…」


しかしそんな二人をよそに、ザグロブは別の方向へ向く。

その視線の先にはシャオロンが殺さなかった殺し屋達がいた。


「な、なんだよ! もう何もしないから寄るんじゃねぇ!!」


殺し屋は何をされるのか分からなかったがザグロブから尋常ではない殺気を感じとったのか、情けなく命乞いをした。

しかし、彼らはザグロブから意外な提案を受ける事となる。


「殺されたくなかったら奴らがどこに行くのか教えろ…」

「ひ、ひぇ…」


ザグロブは殺し屋達に大倉達が行きそうな場所を聞き出そうと、殺し屋の一人の胸ぐらを強く掴んで持ち上げる。

凄まじい力に男は恐怖し、ガチガチに震え始め、その口を震わせながら言葉を発した。


「や、や、奴ら…たったしか、上手く事が運んだら何処かの空港に行くとか言ってたけど、それ以上は知らねぇよ!」

「空港か…」


空港と言っても日本には何個も存在する。

果たして彼らは何処の空港へ行ったのか…しかし、シャオロンは既にある推測をしていた。


「ここからなら羽田まで三十六分で到着するでしょウ。あそこはプライベートジェット専用のターミナルが存在したはずでス」

「成田までここからだと二時間掛かったはずだからな、じゃあそこか!」


そうと決まると、三人は即座にこの法廷から足早に去ろうとする。

そんな彼らに殺し屋達は、


「お、俺たちはどうすれば…」


と聞くと、シャオロンは振り向いて笑顔を見せる。


「今…ここに警察官が大勢向かっているので手厚いおもてなしをして貰えると思いますヨ!」


と言うと、殺し屋達は一斉に顔を真っ青にして呆然と立ち尽くすのだった…


────────────────────


「しかしとんだ追いかけっこになりそうだぜ、多分空港には敵も大勢いるんだろうな」

「大丈夫デス! その為に上野の闇市で色々買い物したんじゃないでスか!」


彼らの乗る装甲車の後部座席には、何やら沢山の武器が大量に搭載されていた。

どれもドンパチやるのに打って付けの物ばかりで、さながら戦争を始めるかのような雰囲気だった。


「アイツらウイルスも持ってくのかな」

「間違いなく持っていくでしょうね、最悪の場合あそこで起動するでしょう」


シャオロンの口調が真面目になった事から、恐らくここが正念場なのだろうとリョウはゴクリと息を飲む。


「シャオロンは一応マスク持ってけよ、まぁ…何もウイルスを使うのはアイツらって訳じゃねぇ」


ザグロブはポツリと呟いて、自身のユニットの調整をしながら、楽しげに一言。


「ゲームはこれからだ…」













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