第10話 真実まであと何歩?

ザグロブとリョウの起こした騒ぎと、公安の登場によりブラックマーケットは大きな混乱の最中にあった。

しかし、公安の警官達は違法な営業を行う市場に対して特に何もしようとはしていなかった。


「いやーしかしこんな市場があったとは驚きですワ、今度からここで買い物しようかナ」


まるでこの市場を初めて見たかのような白々しい態度を取るこの男、楊小龍ヤン・シャオロンは、先程ザグロブとリョウが騒ぎを起こした事務所をまるで自分の取り調べ室のようにして二人に尋問をしていた。

尋問と言うよりは、もはや雑談に近いのだが。


「…あ、あの…どうして公安がこんな所に? もしかしてついに俺を捕まえる為に国が動いたって事です?」


リョウは緊張のあまり、普段からは考えられないような大人しい口調でシャオロンに質問を投げる。

しかし、どうやら彼は二人を捕まえに来た訳ではないようだ。


「いーや、私は…貴方達を捕まえるつもりは毛頭ありません! 立花さん…いや、さん!」


なんと彼は名前を変える前の苗字を口にし、リョウを驚かせた。

流石は公安を自称するだけはある。

そして彼は直ぐに本題を切り出した。


「さて、本題デスケド…単刀直入に聞きますネ、貴方達私と組みません?」

「え…?」

「その見返りは?」


困惑するリョウを尻目に、ザグロブは間髪入れずに探りを入れる。

そして、彼は衝撃的な答えを二人に出した。それは…


「黒幕の正体ですよ、これ以上にない素晴らしい条件だと思いませン?」


淡々と述べた彼の表情は笑顔だったが、まるで貼り付けたような笑顔で目元が笑っていない。

リョウは彼の不気味さに完全に圧倒されていたが、ザグロブだけは違った。


「では…聞かせてもらおう、黒幕は何者で、何を企んでいるのかをな」


そんなザグロブの真剣な眼差しを見て、シャオロンの軽快な様子から一変し、先程の軽快な雰囲気は一瞬で消え去り、事務的で寒気を感じる程冷徹な雰囲気に様変わりした。


「…宮園議員はご存知ですよね、貴方の目の前で爆死した…」

「あぁ、忘れもしねぇ…あれから全てが始まったんだからな」


ザグロブが追われる身になったのは、全てこの男が原因だった。幹部の暗殺をしようとしたその時、突然現れたこの老人から彼の人生は大きく狂わされたのである。

その時の光景を、ザグロブは一時も忘れる事は無かった。


「その宮園議員は死の直前、ある計画の為にありとあらゆる反社会的勢力と裏で手を結んでいたのです、これを見てください」


シャオロンは書類を机の上に出し、二人に見せる。それを見た途端、リョウの表情は大きく変わった。

そこに書かれていたのは、研究施設建設の計画書と土地の売買、住人の立ち退き等様々な事が書かれていた。

だが、彼が一番怒りを感じていた項目があった、それは…


「住人への住居や店舗等を保証させる代わりにプロジェクトへの協力をさせる…!? これ、まんま俺がやられた手口じゃないか!!」

「彼は不動産や反社を使ってかなり大規模な実験施設を作ろうとしていたんですね、しかし、完成する前に暗殺された…」

「おい! この宮園って奴はどんな計画を考えてたんだ!! 教えてくれ!!」


興奮するあまり、シャオロンの体を掴んでしまうリョウ。

しかし、シャオロンは腕を振り払って淡々と説明を続けた。


「彼が何故暗殺されたか、それは彼の計画を横取りする為だったのです。横取りした男の名前は…」


そして、ついに二人が知りたくてやまなかった黒幕の名前が明かされることとなった。

その名は…


「大倉聡志、宮園議員の秘書だった男です」


ついに、お互いの大切な物ををめちゃくちゃにした男の名前が明かされ、二人は怒り狂う、と思われた。

しかし、二人は不気味なほど静かで意外にも落ち着いていた。


「フフフ…そいつか…」

「ようやく…尻尾を掴んだって事か…ククッ…」


そう、二人は歓喜に打ち震えていたのだ。

ついに復讐相手の名前が明らかになり、嬉しさのあまり自分を見失わないように必死に堪えていたのである。

そして二人の言う事は決まっていた。


「だったら話が早ぇ、とっととそいつをぶっ殺しに行こうぜ」

「そうだ!! 店と理不尽な目にあって死んで行った仲間達の仇を取るいいチャンスだぜ!」


二人はもうやる気満々で今にも飛び出しそうな勢いだったが、シャオロンはそんな二人を見て深いため息をつく。

そして、申し訳なさそうに口を開く。


「残念ですが、彼の元へ行くのはまだダメなんですよ」

「何…? どういう事?」


リョウはシャオロンの言葉に疑問丸出しで聞くと、意外な答えが返ってきた。


「何故なら、彼の企みの証拠が欲しいのですよ、我々公安としても」


彼の企み、二人はそれを聞いてピタリと止まる。そして、ザグロブは何かを納得したかのように含み笑いをし始める。


「なるほど、俺達を使ってそいつの秘密を暴こうって訳か」

「えぇ、その通りです」


シャオロンの目的、それは聡志が何故宮園を暗殺してまで計画を奪ったのか、何をしようと企んでいるのかという所謂捜査を、聡志の情報と引き換えに二人に要求したのだ。


「で、でもよぉ…なんで俺達なんだ? それなら公安の仲間に頼めばよくね?」

「いや、もはや同じ仲間も信用できませんのでね…それに貴方達と組んだ方が早く片付きそうなので…ネ」


先程の重々しい雰囲気から一遍、シャオロンの口調が再び軽快になり、自身が欲している物を語り始めた。


「まずは、彼が横取りした実験施設の件ですガ…なぜパンデミックも、戦争も終わった今になってリョウさんがやられたような実験を行っているのかも調査しない事には、証拠もないのに逮捕は出来ませんからネ」

「ちょっと待ってくれ、俺や増田はただ怪物にされた訳じゃないのか?」


とリョウが質問すると、シャオロンはケタケタと笑いながら彼の質問に答える。

その内容は彼にとっては衝撃的なものだった。


「カカカ、そりゃあそうじゃないですか! 貴方達のデータを使って恐らく軍事利用しようとしてるのは間違いありませんから!」

「軍事…利用!?」

「元々サイボーグ化手術は兵士をウイルスから守る為に生まれた技術だったんですよ、そうですよねザグロブさん」


急に振られたザグロブは、小さく舌打ちしながらその事について補足をする。

それすら、シャオロンにとっては面白い事だったらしくニコニコしながら彼の話を聞いていた。


「あぁ…だが戦いが進むにつれて技術競争が激化して、サイボーグ自体のコストは跳ね上がった」

「だから強化スーツ等が大きく発展した訳ですネ」


そしていよいよ、本題に移り始めると、再びシャオロンは笑顔をやめて真顔で解説を続ける。


「なので今度は兵士を細胞レベルで強化する事に着目したのです。 高い再生能力と武器を生み出す事が出来る肉体…そしてパンデミックの中でも問題なく活動出来る強い肉体を生み出す事に、日本は着目したって訳です」

「だ、だが…パンデミックも戦争も今は無くなったんだぞ! それなのに俺は…俺は…」


リョウはわなわなと拳を震わせ、今にもそのまま変身しそうな勢いで声を荒らげる。

ザグロブとシャオロンはそんな彼を見て、何処か思う所があったのか少しの間だけ黙って彼の怒りを発散させた。

彼の怒りも最もだ、ある日突然、自身の欲を満たす為に必死に守ってきた物を破壊された怒りというのは計り知れない。


「…貴方の気持ちは痛いほど分かります、だからこそ奴が何を企んでいるのか確かめねば…恐らくもっと酷い事になるかもしれませんからネ」


シャオロンは遠くを見ながら、彼の気持ちを汲むように冷静に諭す。

しかし疑問は尽きない、なぜ今ウイルスやサイボーグよりも高い汎用性を持つであろう兵士の量産に力を入れようとしているのか。

そこで、ザグロブは一つの仮説を考え付いた。


「ひょっとしてその聡志とかいうのはパンデミックがいつ起こるのかを把握しているんじゃねぇか?」


あくまで仮説だが、そうでも無ければここまでの備えに理由が付かない。

そして、その話を聞いたシャオロンにもどこか思う所があるようで、彼もその仮説についての考えを述べる。


「私も…恐らく彼らは第二のパンデミックを予測している物と考えていまス。それに貴方達を襲った兵隊の装備もかなり整ってましたからネ、可能性はゼロではないかと」


黒幕、大倉聡志は何がしたいのか、謎は深まるばかりだが…リョウとザグロブ、二人の道と決意は揺らぐ事はなかった。


「何にせよ、俺達は別にそいつぶっ倒してヒーローになるつもりはねぇ」

「おう、例え世界がめちゃくちゃになるような事に巻き込まれても、やる事は一つだ…」

「そいつにツケを払わせる、それだけの事よ!」


今再び、二人の決意が固まった。

そんな二人を見て、シャオロンは…


(フフフ、サイボーグの殺し屋に、ミュータントですカ…精々私の力になって頂きますカネ…)


と心の中でほくそ笑んでいた。

果たして、この先どうなる事やら…それは誰にも分からない…





















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