第9話 闇市
リョウとの死闘、そして、ヘルカッツェの強襲。
この二つの大きな出来事を経たザグロブは、一時的にリョウと組み、ある場所に向かっていた。
「まさか何事もなく電車に乗れちまうなんて…」
「流石だろ? あいつの仕事ぶりは」
二人は電車の中で、雑談をしつつ今後の目的を話し合う。
ここまでに至るには色々と複雑な経緯があった────────
それは一日前の事…
「さーて白状してもらおうか、お前が何者で、なんでブラックマーケットのチンピラ共を雇えたのかをな」
二人はウォルスの元へヘルカッツェと言う土産を持ちながら一旦戻り、傷付いた体を休めていた。
そして、ウォルスから無人のガレージを借りて、ヘルカッツェに対して尋問 を行っていた。
「ふ、フフフ…さぁなんの事でしょうね…」
「しらばっくれるなよ、アイツらの体にはブラックマーケットの通行証が刻み込まれていた、それにアイツらは雇用料が安いからな」
ヘルカッツェはバツが悪そうに顔を逸らし、その事に答えようとしない。
しかしリョウから言われたある事に、彼は大きく動揺してしまう。
それは、
「お前…確か戦ってた時あのアームのパワーがまるで俺に合わせてあるような言い方をしてたよな?」
リョウからの指摘を受けた彼は体がピクリと動く。どうやら何か言いたくない事情があるらしい。
続け様にリョウは、更に語る。
「俺の事を知っているのは…あの病院にいた連中だ…お前、ひょっとして増田と繋がってるんじゃねぇのか?」
増田、かつてリョウを騙し、拷問のような人体実験を受けさせた張本人である。
そんな彼の名前を口にした瞬間、ヘルカッツェはなぜその名前を知っているのかと言っているような驚愕の表情を浮かべて固まってしまった。
「な、な、な…」
リョウの言葉に、何も言い返せないヘルカッツェ。
更にそこへ追撃を入れるように、ザグロブも彼を追及する。
「ならば何故、俺を狙った? その流れだとリョウをメインに狙うはずなのに、俺が本当の狙いのように言っていたよな?」
言及された事に対し、元々震えてたヘルカッツェの体はさらにガタガタ震え出す。
もうここまで決まったような物だろう。
「つまり、俺達が追っている
リョウは自身の人生を、我が子同然のように守ってきた店を奪われ、ザグロブは殺し屋としてのプライド、そしてそんな中唯一心を休める事が出来る平穏な時間を奪われた。
そして、そんな二人を追い詰めた黒幕が同一人物。根拠は無いが恐らく間違いない、そう思ったザグロブは次の行動を、リョウへ告げる。
「とりあえず、ブラックマーケットに行くぞ。 そこにヒントがある」
そして、今に至るという訳である。
ちなみにヘルカッツェだが、彼の耐爆強化スーツは機能不全を起こして人の手が無ければ脱ぐ事も動くことも出来ない重りと化している為、殺す価値とないと判断したザグロブの手により、あの廃工場に再び置き去りにされたのだった。
殺す価値は無いと言いつつ、一瞬で死ぬよりも辛い思いをさせる辺り流石殺し屋と言うべきか…
そして、二人は電車に揺られ、ついに目的地へとたどり着いた。
「ようこそ上野へ、言っておくがここからは全員敵がいるもんだと思えよ」
東京都台東区上野…
パンデミック発生前も、発生後も人の出入りはそれほど減る事の無かったが、客層とその街並みは激変した。
この街に来る人間は皆観光客では無く《訳あり》の人間が出入りするようになり、街並みは元々色々な店や商店街で煩雑とした街だったが、今はもうスラム街のように変わってしまった。
その光景にリョウはただただ圧倒されていた。
「うおお…」
「んじゃ俺からはぐれるなよ、《立花リョウ》さんよ」
「…ううむ、自分で手に入れた名前とはいえ慣れないな」
溝口リョウ改め、立花リョウ。
彼はあの戦いの後、新たに人生を買い、新たな名前を得る事に成功した。
そして、彼ともう一人の男は様変わりした上野の街をひたすら歩く、彼らの求める場所を目指すために…
「あらいらっしゃい、なんの用かな?」
二人組がまず訪れた場所、それは上野の商店街近くにある理髪店だった。
「あぁ、ツレのイメチェンと…おばちゃん元気?」
「えぇ、相変わらず元気ですよ! 今日は月がよく見えるって言ってました」
妙なやり取りをするザグロブと理髪店の店員を見て、リョウは頭の中に?を沢山浮かべつつも、椅子に座った。
「それでは、どうしますか?」
「…バッサリお願いします」
彼は、今までの人生との決別をするかのように自身の伸びきった髪をバッサリ切る事を頼んだ。そして、よりいっそう彼の中の覚悟は強まるのだった…
そして三十分後、二人は店から出て上野の商店街へと向かっていた。
「よく似合ってるぜ、やっぱコックは髪の毛短くしねぇとな」
「うるせぇ、ところでさっきの会話は? あの店、明らかに常連って感じの店じゃねぇだろ」
商店街に向かいながら、リョウは先程の変な会話について聞くと、ザグロブはただ一言、
「行けば分かるよ」
とだけリョウに教えた。
そしてようやく商店街の入口、商店街の名前が書かれた門まで来る。
リョウはこの商店街そのものが闇市場だと思ってたのだが、ザグロブは入口の前で急に左へ方向転換する。
その方向には大きなビルがあった。
そして、そのまま真っ直ぐ行き、ビルの中を入ってエレベーターに乗り込む。
(もしかして、この先にブラックマーケットとか言うのが…)
リョウは何が待ち受けているのかドキドキしながら、エレベーターが止まるまで待つ。
そして到着し、扉が開くとそこには屈強な男と黒いフィルムが貼られた扉が待ち構えていた。
「今日は月がよく見えるらしいぜ」
ここでザグロブは先程理髪店での会話の一部を屈強な男に教えると、男は何も言わずに黒い扉を開く。
扉の先には、凄まじい光景が広がっていた。
「なっ、なんだぁ…こりゃあ」
地下の中だと言うのに、上を向くと高台が増築され、更には店が所狭しとひしめき合っていた。
何よりも、ここにいる人間は皆何処か普通では無い雰囲気を醸し出していた。
「ここがブラックマーケット…それで? これからどこへ向かうんだ?」
「奴らの元締に会いに行くのさ」
そう言うとザグロブは、マーケットの中へと歩き始める。
元締に会いに行く、その言葉に何となく嫌な予感を感じながらただひたすらリョウは彼に着いて行くのだった。
そして、二人は階段を登ってある場所で止まる。
「ここだ」
そこは、ブラックマーケットの暗い雰囲気に相応しくない整えられた店がポツンとあった。市場全体を見下ろせるような場所に配置されたそれは、店と言うよりは何かの事務所のような、そんな雰囲気だった。
「こんなところ入れるのかよ?」
「任せておけ」
不安がるリョウを前にザグロブはマスクの下からでも分かるような、どことなくドヤ顔を決めてそうな不敵な雰囲気を出しながら事務所の扉を力強くノックする。
なんの変哲のない扉のようだが、ノックされてしばらくの事、
「許可証ノ提示ヲ求ム」
なんとなんの変哲もない扉の真ん中が急に前に開き、何かを読むためのリーダーが出現したでは無いか。
(おい! ホントに大丈夫なんだろうな!?)
(まぁまぁ見ておけって)
彼はスカジャンのポケットをまさぐり、中から何かを取り出す。
何らかの装甲の破片をポケットから取り出し、リーダーに読み込ませる。
その破片には、三角の中に十字が刻まされたマークが印刷されていた。
そうヘルカッツェの部下達に刻まれていた刻印、これこそがブラックマーケットの証なのだ。
「…読ミ取リ完了、ロック解除」
ガチャリと音がすると、すぐにザグロブはドアノブを捻って中へと侵入する。
それはまるで自分の家の扉を開けるような堂々とした開け方だった。
「しかしこんな高い所にオフィス作るなんて、あのカマ野郎の上司は随分といい性格してるよな」
「それも今日までだ、追い詰めて全て吐かせてやる」
二人は綺麗に整備されたオフィスの中をズカズカと進んでいく。
社員達は、我が物顔でオフィスの中を歩く二人を見てザワザワと不安がる者や、興味津々で眺める者もいた。
リョウはそんなオフィスを歩きながら見回し、この事務所では何をやっているのかを聞いた。
「なぁ、ここ何の会社?」
「あぁ…ここはブラックマーケットの監視と…殺し屋達に依頼を出してる組合でもある」
そして、ザグロブは続けてこう言った。
「そして、俺がテロリスト呼ばわりされる依頼を送ったのもそいつらだ」
殺し屋達はそれぞれが自分勝手に仕事をしている訳では無い。彼らはまずこの組合から仕事を依頼され、やるかやらないか、報酬の額等を決めるのだ。
最も、まともに働くすべのない彼らは仕事を断るという選択肢は実質ない。
ほんのひと握りの腕利きは常に稼げるので仕事を断る余裕も生まれるが…
「本当だったら、俺はその仕事を断るつもりだった…でも、ヤクザ殺しならすぐに片付くと思って普通に受けちまった俺が悪いが…」
そして、段々ザグロブの口調に怒りが混じり始める。
彼がもっとも許せない事、それは騙した事ではない、それは…
「俺の平穏を奪った奴らはもっと悪い、そうだろ?」
その迫力に、リョウは圧倒される。なぜ彼が一流の殺し屋になれたのか、何となく納得していた時だった。
ある程度歩くと、突き当たりの方にこの事務所の受付係が現れた。
「あ、あ、あの…どちら様で…」
「元締に会いたいんだが?」
「あ…アポのお約束は…その…確認が…えっと…」
びくびくと怯えながら、アポがあるかどうかを確認する受付。
ザグロブはそんな事務的なやり取りに怒りを爆発させ、懐からサブマシンガンを取り出すと、
「これがアポの代わりだァァァッ!!!」
「ひええええぇぇぇぇっ!!?」
と決して社員達には当たらないように、それとは別に怒りを発散させるために天井、物、壁に向かって物凄い勢いと共に乱射を始めた!
「うおっ!! こいつマジか!!」
「出て来やがれぇええええッ!!」
社員達は悲鳴を上げながら一斉に飛び出ると、会社の中と外から警報が鳴り出したようで、一気に大きな騒ぎになった。
もちろん、そこへ警備員もやって来るが、怒るザグロブの前では無意味だった。
「な、なんだコイツら!! お前たち社長の所へ行かせるなよ!!」
「そ、そうは言ってもあんなの止めれませんよ!」
「ど、ドローンを出せ!!」
警備員達は何かの起動スイッチを押すと、会社の壁がせり上がり、中から人型のドローンが数体出現した。
それを見て、リョウは舌打ちをし、変身の体制を取る。
「おい! 俺が抑えてるからお前はその元締だか社長を見つけてこい!!」
「…すまん!!」
ザグロブはドローンと警備員の中を突っ切って事務所の2階へと向かう。
と言っても、ドローンはともかく軽微の人間は完全に怯えきってその場を動けなかったので実質いない物だが。
そして、水蒸気を撒き散らしながらリョウは変身を終えると、速攻でドローンに飛びかかった。
「こうなりゃヤケクソだぜ!!」
あまりにも混沌極まる状況の中、彼らの急襲に驚いたのは社員や警備だけでは無い。
彼等の追う者もまた、突然の事にパニックになりながら逃げる準備を進めていた。
その人物は…
「クソッ! なんでヘルカッツェのヤツめ! だからマーケットのボンクラ共を使うのは嫌だったんだ!!」
この愚痴を吐く人物、ブラックマーケットの元締にして、ザグロブに依頼を送った人物…そう、幹部暗殺の前に受けていた薬物取引き阻止の依頼でザグロブとやり取りをしていた男だったのだ。
「し、しかもザグロブの野郎! あいつが一流になれたのは俺が目を掛けてやったからなのに…恩知らずめっ!!」
男はカバンに金と何かの書類、そしてノートパソコンを詰めて急いで部屋から飛び出る。
しかしタイミングが悪く、廊下の奥の曲がり角からサブマシンガンを肩に担ぎながらズカズカと歩いてくるザグロブを発見してしまった。
「ひ、ひぃいい!!」
「見つけたぜ、元締…ネギルさんよぉ!!」
元締の名前を叫びながら、彼の片膝を狙って銃撃する。
彼の射撃は正確で、右膝を一発で撃ち抜いた。
「ぎゃっ!!」
「おめーは簡単には殺さんぞ…不本意だけど色々聞きたいからよォ!!」
ザグロブの怒り混じりの言葉は、ネギルと呼ばれた男を震えさせるのには十分だった。
しかし、彼もまた捕まりたくないという気持ちがあったのだろう。
痛む足を引き摺りながらひたすらザグロブから逃げようとする。
「ちっ、もう片足撃っちまうか…」
とザグロブが呟いた時だった。
いきなりネギルは大声で叫びながらこちらへ何かを投げてきた。
「こ、この恩知らずがぁっ!!」
こちらに投げて来たもの、それは閃光弾だった。
閃光弾は炸裂し、強い光とショックをザグロブをその身に受けるが、サイボーグである彼には無意味である。
しかし、ネギルが非常口へと飛び込む隙を作り出すには十分だった。
「フラグなんか持ってやがったか…まぁ…」
全く怯んでいないザグロブは床に目をやると、血の跡が非常口へと続いているのをすぐさま発見し、そのまま非常口へ向かおうとする。
その時だった。
『ぎゃあああ…』
非常口の扉の向こうから、ネギルの叫び声が響き、ザグロブはすぐに扉を蹴破る。
すると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「何…?」
見ず知らずの男が、ネギルの腕に何か技をかけて床に倒していた。
先程の叫びは痛みから絶叫したもので、なぜそんなに叫んだのかザグロブには一目でわかった。
男はネギルの手を掴み、親指を下に向けて外側に捻られている。これが意味する事は、男が警察関係者だと言うことはザグロブには分かっていた。
「いやー驚かせて申し訳ないね、ザグロブさん」
「…ふっ、当然俺の名前も把握しているか、公安の方は」
痛みで叫び続けるネギルを無視して、二人は睨み合う。
するとそこへドローンをなぎ倒してやってきたリョウがやって来るが、状況が分からず困惑の表情のままザグロブの隣に立つと、
「これ、どういう状況?」
と間抜けな表情で聞いた。
すると男は腰に手をやり、二人の前へ手を出す。
その手には男の名前と所属、そして警察の旭日章が映し出された端末が握られていた。
「僕は楊小龍(ヤン・シャオロン)、貴方達に話があって来たんですよ…公安からわざわざネ」
突然現れた公安の男、楊小龍。
彼は一体、何が目的でやって来たのか…
再び波乱が起ころうとしていた…
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