第6話 脱出、そして出会い

「ウオオヲヲヲヲンンン───!!」

「グオオオオオ────!!」


この世ならざる者の叫びが、とある病院で響き渡った。

鎧を着た爬虫類のような怪人は、溝口リョウ。実験に耐えかね、更に処分されるかもしれないという話を聞いた他の実験体の仲間達と共に脱走した、下町の料理人。

方や、そんな料理人と罪のない人間を誘惑し、非人道的な実験を受けさせた元凶である地上げ屋の化け物、増田。


増田は甲虫のような黒く光るボディに重戦車のような巨体の怪人と化し、リョウと対峙していた。


「ちぇああッ!!」


リョウの鋭いナイフのような指が、増田の身体に炸裂する。素人の攻撃とはいえ、勢いよく繰り出された貫手は的確に心臓を貫いた、はずだった。


「何っ!!」

「ククク…私は対戦車を想定した強化を受けている…そんな貫手が効くものか!!」


増田の黒光りしたボディは、心臓目掛けて繰り出されたリョウの腕を完全に破壊した。

しかし…


「あ、あれ!? なんだよこれ!!」


無意識だった、リョウは特に何も念じていないのに破壊された指が勝手に再生したのだ。 そして、完全に再生した自分の指を見てリョウは一言、


「…悪くねぇな!」


と呟いて再び増田へ飛びかかり、今度は首へ蹴りを繰り出した。

素人丸出しのキックだったが、今のリョウは怪物。普通の人間が喰らえば無事では済まない。

しかし、相手は人間ではなくリョウと同じ力を得た怪人、この程度の蹴りでは彼の装甲のような身体には通用しない。

リョウの蹴りは増田の首に当たりこそしたものの、肝心の彼はビクともしていなかった。


「素人の蹴りにしては中々のパワーだ…しかしねぇ」


増田は右手を素早く動かし、リョウの足を掴んでそのまま彼が逆さになるように持ち上げる。


「クソッ! 離しやがれ!!」

「いいかな? 攻撃というのは…」


すると増田は掴んでいないもう片方の腕に力を込めながら腕をピタッと止め、次の瞬間、


「こういう物だ!!」


凄まじい勢いのパンチがリョウの腹部に突き刺さるように炸裂し、逆さに釣られたリョウはそのまま救急搬送入口付近の壁をぶち破って広い空間に叩き出された。


「ククク、あの様子ではタダでは済むまい…」


壁に出来た穴の向こうからは、リョウはよろめきながら膝立ちの体勢になるのがよく見える。いくら彼が怪物とはいえかなりのダメージなのは間違いない…と増田は思っていた。

しかし、彼の予想は裏切られる事となる。


「す…すげぇパンチだったのに…そこまでキツくねぇぞ!」


凄まじいパンチを食らったというのに、リョウはケロッとした様子でスクっと立ち上がって来た事に大して増田は大いに驚き、開いた口が塞がらない。


(馬鹿な…私の力は戦車の装甲ですら易々とぶち抜けるんだぞ…何故だ!?)


恐るべきリョウの成長速度に、増田は恐れと、彼への嫉妬心が湧き出るように募った。

増田の頭の中では、ますますリョウをこの場で殺さなければならないという焦燥感が彼を支配した!


「お、おのれぇえええ!! 」


焦りに駆られた彼は絶叫し、左腕を高く上げる。

その叫び声に、自分の身体の観察に夢中になっていたリョウは壁の方へと目線を動かした。


「な、 なんだあいつ、降参でもするのかな」


そんな訳もないのに、リョウはポジティブに考えていた。そして、彼はすぐに増田が手を上げた理由を知る事となる。

増田は高く上げた左腕を前に出した瞬間、が何やら黒い液体を噴出しながら煙を放出し、彼の左腕は筒のように変形した。


流石のリョウも、その変形した腕を見て何をしてくるのか想像に難くなかった。


「ウソだろ…!?」

「死ねぇぇえええええ!!」


絶叫と共に爆音が鳴り響き、彼の変形した左腕から何かがとんでもないスピードでこちらに発射された。

あまりの速さだったが、リョウは何が飛んできているのかを一瞬だけだが目に捉える事が出来た。


「何だ…!? 空気の…塊!?」


厄介な事に、弾丸は空気の為ハッキリと見える訳ではない。しかし彼の強化された聴覚がこちらに飛んでくる物の飛行音をキャッチし、音を頼りに横へ飛んだ。


そして空気弾は本来の標的に命中する事無く、そのまま床に着弾する。


床は大穴が空き、その凄まじい破壊力を物語っていた。


(ただの空気でこんな穴空くのかよ!?)


これには訳がある。増田は左腕を変形させた時に背中の肺に近い部分も同時に変形し、そこから肺に直接空気を吸引して圧縮、それを変形した左腕へ流すという常識的に考えてとんでもない事をしているのだ。

その為増田はかなり高度な改造を受けている事が伺えるが、リョウにはそれを知る由もない。


「ハーハッハッハ!! どうだ!! 私はお前よりも進んだ強化を受けているのだ!! 私より優れた者は存在しないんだァァァァ!!」


増田は高笑いしながら再び空気弾をリョウ目掛けて次々と発射する。


「クソッ! 連射も出来んのか!!」


リョウはその弾丸をなんとか避けつつ、壁へと飛んだ。 そしてそのまま、壁を走って増田へ接近しようとする。

しかし自分の攻撃が通用しない化け物に対抗するには、素手ではさっきの繰り返しになると薄々彼は感じていた。


(どうする…! 殴っても蹴ってもアイツには効かねぇし第一あの左腕をなんとかしねぇと…!)


そう考えながら壁を走っていると、増田は壁に向かって空気弾を発射する。


「逃がさんぞ!!」


リョウのスピードのおかげでギリギリ当たってないが、やはりこのままとんでも返り討ちに合うだけだと感じ、壁を蹴って一度増田に接近するのを辞めた。


「クソッ! 俺もあの腕みたいに武器が生えたりしねぇかなぁ…!」


リョウはそんな事を呟いた時、ふとある事を考えた。


(俺も…出来るんじゃねぇか!?)


ひょっとしたら、自分も増田のように大砲までは無理だろうが身体の一部分を変形させて武器にする事が可能なのではないか? という憶測がリョウの中に生まれた。


しかし、仮に出来たとしてもどうやって武器を生み出すのか…


そうこう考えている間にも増田の攻撃は止む事は無かった。


「どうした!! 近付く事が出来なくて諦めかけたか!?」


リョウはその問いに答えること無く攻撃を避けつつ、自分も増田のように出来るかどうかをずっと頭の中で考えていた。


(どうすりゃいい…! このままじゃジリ貧だ…!出来るなら…奴を斬りたい…!!)


増田を斬りたい、そう念じた時、彼の中に変身した時のあの衝動…強い殺意が再び訪れた。


(奴を斬りたい…!! 奴を斬りたい…!! 奴を…)


頭の中が強い殺意に支配されると、彼の右腕に強い刺激が走る。 次第に彼の腕は震えだし、遂には…


(奴をぶった斬りたいッ!!)


彼の右腕の甲殻は黒い液体を零しながら前に伸びるように変形し、遂に伸びきったかと思うと遂には刃のように大きく変化した。

増田を斬りたい、その一心だけで生み出したこの刃を見てリョウは、


「刃物か…料理人やってた俺にとっちゃ最高の武器だぜ!」


と右腕をブンブンと振り回しながら、増田に啖呵を切った。

一方増田はリョウまでもが武器を生み出せる事を知り、ショックで一瞬呆然としていたが、すぐに強がりの言葉を口にする。


「はっ、ははは…何を馬鹿な、その腕の剣で私の空気砲エアキャノンに対抗するつもりか!?」

「やれるさ、刃物を…包丁を持った料理人は無敵だ!」


二人はお互い睨み合ったまま、ピタッと動かなくなった。

先に動いた方が勝つか、それとも負けるか。

少なくとも決着は早く着きそうだ。


二人の間に凄まじいプレッシャーがかかる中、遂に動きがあった。

先に動いたのは、リョウだった。

リョウはそのまま真っ直ぐ一直線に増田目掛けて飛ぶように走った。


「バカがッ!! 何も考えないで突っ込んで来るなどッ!!」


増田はリョウを嘲笑するように左腕を構えたが、その時には既に…


懐にリョウが潜り込んでいた。


(何ッ!? こ、こいつなんて速さ…)


等と考えている内に、リョウはそのまま増田の背後へ回っていた。

何もせずただ後ろへ抜けたのだろうか? それとも増田の装甲のようなボディには刃が通らなかったのだろうか…


「ククク…どうやら懐に潜り込むのでせい───」


と言い切る前に、彼の言葉は止まった。

突然、彼の首と胴体が飛んだのだ。


(な…何だ…何故…私の視界が────)


増田の夥しい量の血飛沫がリョウの身体を濡らし、ついに戦いは終わった…


「…終わったか…しかし、まさか偶然生み出せた刃がここまですげぇとは…」


彼は、この勝利を変形した甲殻の剣が物凄い斬れ味の武器だと思っていた。

しかしなぜ彼が増田の強固な身体が、増田本人が認識出来ない程に見事に斬られたのには訳がある。それは彼が本来生業にしていた事が大きく関係していた。


彼は料理人になる為に、ありとあらゆる修行をこなして来た。そんな彼が特に力を入れていたのが、包丁だった。


食材は切り方によって大きく味を変える。彼はその事を強くこだわり、食材をどこから包丁を入れれば簡単に切れるか等をある程度分かっていたのだ。

それが今回、強化された彼の感覚とその料理人のスキルが化学反応を起こして首と胴体にあった関節部を斬ればいいと無意識の内に分かっていたのだ。


「…とにかくここから出なきゃな…俺の店と…齋藤が心配だ…」


辛くも勝利したリョウの体からは水蒸気が再び発生し、彼の全身を覆っていた装甲は煙のように消えていく。そして全ての装甲が消えると、人間の見た目に戻った彼はそのままふらふらとした足つきで…増田の死体には目もくれずに外へと向かうのだった…


そしてその後、病院という名の実験場から脱出に成功したリョウは、その近くにある林から自分がいた建物をじっと見ていた。


(一体ここはなんの目的で作られたんだ…? もしかしたら…これは…)


するとそこへ…


「り、リョウさん…?」


リョウは声のした方向へ顔を向けると、そこにいたのは齋藤だった。どうやら先に脱出してこの林に逃げ込んでいたようだ。


「齋藤…無事だったのか!」

「俺はですけどね…警備兵くらいはなんとかなったんですけど…突然増田がやって来て他の仲間を…」


どうやら増田の言っていた事は真実だったようで、沢山いた仲間達は自分と齋藤を残して殺されてしまったという事実に、リョウはショックを隠せなかった。


しかし、ここで落ち込んでいる場合では無い。


「…とりあえず、このままどこかへ隠れないとな…あと名前とかも変えた方がいいのかもな」

「それなら…心当たりがありますよ」


齋藤はリョウを連れ、病院を背にどこかへと消えていった…


───────それからさらに一ヶ月後…場面は変わり、豊郷や佐倉とは打って変わって人混みで溢れた町で…

そこに一人目立つ黒いスカジャンに黒いキャップを身につけた、恐らくサイボーグの男が人混みの中一人歩いていた…


そして、その男は質屋の照明として看板にでかでかと質のマークが書かれた店に入った。


「いらっしゃーい…」


店主らしきメガネの男はやる気ない挨拶で男を出迎える。

しかし、黒いスカジャン男はキャップを脱いで一言、


「よう、俺だぜ」


そこにいたのは、あのサイボーグ男ザグロブだった。


「ロブ…!? 無事だったのかお前!!」

「おいおいウォルスさんよ、俺がそう簡単にくたばると思ってたのかよ」


ウォルスと呼ばれたメガネの店主は本気でザグロブを心配しているようで、突然ザグロブに背を向けメガネを外し、目を抑え始めた。


「…何やってんだお前」

「だってよ…命の恩人のあんたがアパートで自爆したって聞いた時は本気で…」


殺し屋の自分を心配してくれる人間がいると

はと、ザグロブは困惑気味になったがこのままだと埒が明かなさそうなので本題に入ろうとする。

しかし彼が話を切り出そうとした時、再び店の扉が開く音がした…


「あ、あぁいらっしゃい…おや、見かけない顔だねアンタ…」


ウォルスが振り返って店の入口を見ると、そこにはボロボロのデニムジーンズとシミのついズボン、そして無精髭の見るからに怪しさ満載の男が立っていた。


「…戸籍を買いに来たんですけど…ここはだって…」


ザグロブとウォルスは顔を見合せて、不思議そうにその男を観察する。

しかし一応客として来たであろう男を無為には出来ないのか、ウォルスはその男に名前を聞いた。


「あんた…名前は?」


怪しい男は口を開き、自分の名前を答えた…


「溝口…溝口リョウです」












 




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