第4話 料理屋の男
ザグロブは自身の魂のよりどころでもあった自宅アパートごと、追っ手を皆殺しにした。
こうして彼は自分をハメた人間を探す旅に出る事となるのだが、それとは別に彼と同じく、自身の恨みを晴らすべく行動を起こしていた男がいた。
その男の名は…
────────────────────
「はぁ、はぁ、やっと巻けた…クソッ! 」
病院のような建物の中、白い患者衣を着た男が息を切らしながら何かから逃げていた。
男の腕にはバーコードが彫られ、ただ事では無い雰囲気を醸し出している。
するとけたたましく警報の音が鳴り響くと、怒鳴るように放送が流れ始める。
その内容は
『被検体53号が逃走!! 警備員は速やかに彼を確保せよ! 抵抗するのであれば失敗作とみなし、射殺せよ!』
この放送を聞いた男、被検体53号は驚愕の表情のまま壁を背にしてズルズルと座り込む。
「は、はは…大事な場所を奪われて…挙げ句の果てに射殺? ふざけんなよ…!」
頭を抱え、自身が置かれた状況が信じられないまま彼は再び立ち上がる。
とにかく逃げなければ、彼の心の中にはこれしかなかった。
しかし…
「動くな!」
「!!」
これから逃げようと言う時に警備員に見つかってしまい、53号は絶望の表情を浮かべる。
「被検体を発見!! ただちに確保します!!」
(じ、冗談じゃねぇ! こんな所で…)
今まさに捕まってしまう、そんな状況の中53号の頭の中は捕まりたくないという感情とは別に、もう一つの感情が大きくなっていく。
悲しみでも怒りでもない。それよりももっと強い感情…
そう、殺意がどんどん膨れていった。
ついにその感情は膨れ上がり、彼は叫ぶ
「ここで捕まって、たまるかぁぁぁッ!!」
その瞬間、彼の記憶は一旦そこで途絶えるのだった…
───────────遡る事一か月前。
千葉県佐倉市、そこは豊郷市と同じく田舎の町だがそちらに比べるとやや活気のあるその町に、小さいながらも懸命に営業を続けている料理屋があった。名は定食屋チャップリン。
「リョウちゃん! 俺生姜焼き定食ね!」
「あいよ!」
リョウと呼ばれた男は手馴れた手つきで料理をしながら、気前よく返事をする。
溝口リョウ、下町のコック。 そしてその一ヶ月後に被検体53号と呼ばれていたその人だった。
何故彼が料理人から何らかの実験体にまで落ちたのか?
果たして何があったのか…
「やぁリョウさん、また来ましたよ」
まるで常連客のようにやってきたこの男、顔に傷跡が大きく残り、とてもじゃないがカタギの人間とは思えない風格があった。
「増田さん…何回来ても答えは同じですよ。 この店を明け渡すつもりはありません」
増田と呼ばれた男は不敵に笑みを浮かべながら、席に座る。 他の客達は、その男の風貌を怖がってそそくさと会計を済ませて逃げていくように店を出ていく。
中には料理に口を付けずに出ていくものもいた。
「いやいや、全く悲しいねぇ…私を怖がって皆出て行っちゃいましたよ」
「くっ…」
リョウは歯を食いしばり、男を睨んだ。
そう、この増田という男は地上げ屋…佐倉市は今再開発の動きが活発で、あの手この手で土地を手に入れようと必死になっているのだ。
もちろん、リョウの店も例外では無い。
そして豊郷市もその動きがあるのだが、その話はまた別に置いておこう。
「お、俺はこの店をパンデミックの頃から守ってきたんだ! 今更お前らみたいなヤクザの脅しになんて!」
「しかし長い間守ってきて増えたのは借金だけ、そうじゃありませんか?」
増田の言葉に、リョウは途中で喋るのを止める。
実際、店を守る為に失った物は大き過ぎた。パンデミックの真っ只中、国、人々、様々な要因が重なり彼の店も苦境に立たされた。
物価も上がり、客足も遠のき、彼に残されたのは負債だけだった。
「そ、それでも俺はやって来れた! 少しずつ借金も返した! どんなに脅されても俺は絶対にこの店を…」
「今日は違う話をしに来たんですよ、再開発後も貴方はここで店を構える事ができます」
その話を聞いたリョウの震える拳がピタリと止まる。彼もそんな話を聞いてはいけないと思っていたが、増田の言う事がとても誘惑的過ぎてついつい聞き入ってしまったのだ。
「いいですか、私の言う事を聞けば…貴方の店は借金も無くなりクリーンな状態で再び店を構える事が出来るのです…」
「…いいでしょう、ただ汚い事はしませんよ」
彼は、誘惑に負けてしまったと同時にその人生を大きく狂わせる事となるのだった…
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