第2話 日常の崩壊

例のメールから一週間後の事…


ザグロブは鉄塔に身を潜めていた。

理由はもちろん、暗殺の為である。


(うん、よく見えるな)


数メートル先を見下ろすと、どう見ても普通の人間がいそうにない変わった事務所がとてもよく見える。

名を清澄組、この豊郷市を拠点に各地に勢力を伸ばす、かなり名の知れた組である。


清澄組は元々、そこまで大きな組織ではなかった。しかしこのパンデミックの混乱が、彼らに大きな転機をもたらした。

彼らは混乱の中勃発した戦争や政治のいざこざに力を貸し、一気に力を付けたのである。

そんな大きな組の幹部を殺すという大仕事を、ザグロブは引き受けたのだ。


しかし、幹部の暗殺という仕事も彼にとってはいつも通りの仕事なのだ。


「コレで何人目かね、でけぇ組織を間接的にぶっ潰したのは」


そう呟くと彼はライフルを構え、スコープを覗く。

どうやら、目当ての幹部はまだ来ていないようで、門で見張りをしている男達は談笑し、事務所内にいる者に至っては、麻雀をしている始末だ。


(いや、気ぃ抜きすぎだろ…)


ザグロブが心の中でツッコミを入れると、ヤクザ達に動きがあった。

ザグロブももしやと思い、門の方を見ると黒塗りの車が入ってくるのを確認する。


(こいつか…?)


そして黒塗りの車から一人、貫禄のある男が降りてきた。ザグロブはメールに添付されていた写真を確認すると、間違いなくこの男がターゲットである事を確信する。


「さて…じゃあチャチャッと終わらせ…」


早速撃ち抜こうとした瞬間、彼の指はピタリと止まる。車からもう一人、誰かが降りてくる。

降りてきたのは、ターゲットの幹部よりも更に歳を取っているであろう老人だった。


(…? あいつどこかで見覚えがある…)


普通なら、無関係だろうし撃っても構わないだろうと思うだろう。しかし、この時ばかりは違った。

もう一人の老人への違和感を拭えず、ザグロブはただただ様子を見るしかなかった。


(なんだ…なんで撃てない!? この胸騒ぎはなんだ!? まさかこれは…)


次の瞬間、突如として黒塗りの車は眩い閃光と放ちながら爆発した。

その爆発の規模はかなり大きく、門にいた見張りと幹部の男は爆発に巻き込まれたのだろう、男は腕だけ残して後は消し炭になってしまった。


「こ、これは…」


彼が気付いた時には、もう全てが遅かった。


「これは罠だ!!」


ザグロブは大急ぎで鉄塔から飛び降りて、闇雲に走り出した。

彼は、まず自分のアパートを目指してとにかく走る。 何故なら、アパートには彼の装備や資金が隠してあるからだ。


ひとまず、それを回収する事が今の目的となった。


「クソッ! とんだ帰路になりそうだぜ!!」


そして走り続ける中、彼は団地まで何とか走りきった。


「よし、アパートが見えてきた!」


あと少しで自宅に着く、そんな時だった。


「すいませ〜ん」

「あ…?」

「すいませ〜ん、私訪問販売しております、カネコという者なんですけど〜」


珍しく、あまり人の来ない団地内に人が来ていた。自称訪問販売の女が怪しげな箱を持ってザグロブに声を掛けてきたのだ。

しかし、状況が状況なのでもしやと思い、ザグロブは冷たくあしらう。


「…悪いけどあんたの話を聞く気は無い、先を急ぐからどいてもらうよ」


そう言いながら、彼は彼女を押しのけて早歩きをし出す。しかし、カネコは不気味にニコニコしながら、ザグロブを黙って見送る。

すると、彼女は怪しげな箱に手を突っ込んで、何かを引き出す。

箱から取り出した物、それは携帯しやすいように切り詰められた、小型の散弾銃だった。


「ッ!!」


大きな銃声が団地を響き渡り、カラス達はその音を聞いてけたたましい声を上げながら一斉に飛び上がる。

しかし、カネコの持っている散弾銃からは煙が上がっていない。 上がっているのは、ザグロブの拳銃からで、撃ち抜かれたのは彼女の方だった。


「な、なんで…」

「殺意が漏れてんだよ、三下」


カネコの名乗った殺し屋の首から夥しい量の血が吹き出し、やがてゴボゴボと言いながら彼女はその場に倒れる。

ジンは彼女の死亡確認をせず、銃を構えながら周囲を見回す。


恐らく一人だけでは無いとザグロブは感じたのだろう。警戒しながら彼はカネコの死体へとジリジリと歩み寄り、顔を見る。


(…こいつ確か借金返さない奴や組織の裏切り者専門の殺し屋だったよな…なんでこんな奴が俺を…)


彼女が来た理由を考えていると再び、ザグロブは何かの気配を察知する。

周囲を警戒しながら、一軒家の塀に背中を付けて銃のリロードをしていた、その時だった。


「ウオオオオオオオッ!!」

「な、何ィ!?」


一軒家と塀をぶち抜いて、褐色肌の大男がザグロブを捕まえた。その力は凄まじく、このままザグロブをへし折る勢いで更に力を込める。


「がぁあああああッ!!」

「うひっ!うひひひひ!! 」


ザグロブが苦しみの叫びを上げると、大男は狂喜する。まるで玩具を与えられた幼児のような喜びを肩をするこの怪物に、ザグロブは段々腹を立てる。


「こ、の…調子に、乗るのも…いい加減にしろや!」


彼の踵からコンセントのプラグのようなものが飛び出すと、思いっきり足を振り上げて大男の腹に叩きつける。

その衝撃で踵から火花のようなプラズマが発生し、大男は一瞬発光した。


「ぐぎゃああああ!?」


ザグロブの踵にはスタンガンが仕込まれており、それが大男に炸裂したのだが、どうやら怯ませるだけで倒すまでには行かなかった。

しかし、このおかげで拘束から外れて何とか自由になる事には成功した。


「なんてパワーだ…」


地に足を付けて、この怪物をどうすべきか考えようとした時、またしても別の殺し屋の気配を感じ、ザグロブはその場から飛んだ。


「くっ!!」


飛んだ瞬間、その地点に何か光る物が飛来し、ザグロブがいた地点に何かが六本刺さる。それは投げナイフだった。


「やるねぇ、流石は殺し屋の中でもトップクラスの男…」

「ふしゅるるる…」


大男の足元に、ナイフを持った金髪の男が降り立つ。黒いスーツに身を包んだ彼もまた、ザグロブを狙っているようだ。


「あぁ…思い出したぜ…デカブツの方はジョニー、そしてお前は…」

「ドットだ、まぁこれから死ぬ貴様が覚える必要も無いだろうが…なッ!」


果たしてザグロブは何のためにあの場へ呼ばれたのか? 爆死した謎の老人の正体とは?

そして何故同業者達が襲ってきたのか?

それを知る者は…今はいない。









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