第14話 雨降る帰りに接近中

 予報と昼間に感じた悪い予感は的中した。放課後になって、帰ろうと思った頃には雨が降り始めた。

 朝見た天気予報は三時間ごとの移り変わりのもの。十五時までは曇り。でもって十八時からは雨だ。予報は何一つ間違ってはいない。夕方から雨が降るといっていたし、十六時から雨降ろうが十七時から降ろうが、結局は正しいことを言っている。


 窓の方に近づいて外を眺めてみる。降ってはいるがまだ降り始めで、そんなに強くはなさそうだ。

 グラウンドで活発に動く野球部とサッカー部は、「これくらい降っているうちには入らん」と言わんばかりだ。雨を気にすることなく練習に打ち込んでいる。


 橋本に頼まれたことについては終わっている。特に問題は無いので、あれで先生にコピーを頼むとの事だ。これ以上学園に長居する理由もないので大人しく帰ることにしよう。本降りになって、濡れるのは勘弁だ。


 今日の帰り道は久しぶりに凜と一緒だ。昨日なんとなく成果を聞いてみたが、空振り続きだという。


 生徒玄関まで向かい、上履きをスニーカーに履き替えて外に出る。


「にしてもそれ……」

「どうしましたか?」



 凜が左手に持っているもの。確かに傘は傘なんだが……。


「和傘か?」

「はい。そうですが」


 そう。時代劇なんかで見る赤い和傘だった。まぁ一応傘だから、大丈夫なんだろうが……。日常的に使ってる人は初めて見た。

 そもそも凛はここの世界の者ではないのだ。向こうに人間が作った金属骨の傘があるのかは知らないし、そもそも文明とやらがどれほどのものかなど尚更だ。

 もしかすればあまり高度な発達はしてないのかもしれないし、ファンタジーで思い描かれるような魔法道具とかがあるのかもしれない。突然思い立った興味について、今度時間がある時にでも彼女に聞いてみるか。


「えっと……何か?」

「普通の傘じゃなくて良かったのか? せっかくこっちの方に来たんだしさ……」

「里の方ではずっとこれでしたよ。それに小さい頃から愛用していたものですので」

「そうか」


 本人が役に立っている。と言うのなら、これ以上俺が何かを言う必要は無いか。愛着があるというのは、悪いことではない。

 生徒玄関を出ようとして傘を差そうとしたところで、


「おーい待ってーー!!」


 誰かの声がした。こっちに向かってきているようだ。振り返ってみれば、そこには一人の女子生徒が。


「はぁー。何とか追いつけたー」

「桐華さん」


 橋本桐華であった。走ってきたのか、額には汗が流れている。


「どうした? 何か親睦会がらみで頼み事か? それともやっぱしあの紙に不備があったか?」

「ううん。そうじゃないの……」


 わざわざ慌てて呼び出すから、緊急の頼み事かと思ったが、そうでもない様子。橋本は呼吸を整えてからこう言った。


「傘を忘れちゃって。バス停まででいいから……入れて貰えないかな?」

「それはいいが、傘を忘れるなんて珍しいな」

「桐華さんってクラスの中心ですからなんというか、しっかりとした印象があります」

「そうでも無いよー。私結構おっちょこちょいだからー。今日も駅に着いた頃に傘がないことに気がついて……」

「それは災難ですね……」


 チラッと上の方に視線を向ける。空を覆っている鉛色の雲は、厚みを増しているように感じさせる。すぐには止みそうにない。と言うより、今日このあとはずっと雨の予報だ。


「ともかく、強くなる前に早く行ってしまうか」


 軒下まで出て、傘を開いて大きさを確認する。見たところ俺の傘の方が大きいようだし、凛の和傘は人が二人入るには少々きつそうか。


「俺の傘の方がデカいみたいだし、こっち入れ」


 右手に傘を持っていた俺は、体を少し左にずらして人一人入れるだけのスペースを確保する。


「ありがとう! それじゃあ失礼します!」


 空けておいたスペースに橋本が入り込み、濡れないようにと傘の内側の方へと体を寄せてくる。「よっしゃ女の子と相合傘だ!」と心のうちではテンション上がっているが、引かれても嫌なので声には出さないでおく。


「なぁ。さすがに近すぎやしないか? そこまでしなくても大丈夫だと思うんだが」

「いいのいいの。こうしてれば濡れないから」


 傘の中に身体を入れようとするのはわかるよ。でも俺の体に密着するくらいにまで近づく必要は無いと思うんだ。おまけに前、凛がやってきたみたく、俺の右腕にくっついてくるし。


「あまり気安くそういうこと、するもんじゃないと思うが。軽い女だと思われるんじゃないか?」


 と俺が言っても聞き入れる様子はなし。仕方ないので、気のまぎらわせついでで話題を変えることに。


「あれは結局大丈夫だったのか?」

「大丈夫。さっき職員室に行って、松山先生に渡してきたから。早ければ明日には皆に配られると思うよ」

「そうか。店について、何かいいところはあったのか」

「友達から色々と聞いてきたよ。帰ったら調べてみるつもり」

「そうか。男子のほうはあんましなくてな。あまりそういう知識がないって言うか、予算とかの要望ならあったんだけどな」


 こっちはこっちで男子を中心に聞いてみたが、細かい条件なんかを言ってきたやつはいなかった。場所がどうとか、予算がどうとかであればいくらかはあったが。

 元々この二点については既にある程度決まっているので、実質男子からの具体的な要求はないも同然だった。


「あのー私にもなにかお手伝い出来ませんか? 私もその……お役に立ちたいと思いまして……」


 凛がそう言った次の瞬間――――――


「ふえぇ!?」


 橋本は突然俺の傘の下から飛び出し、凛の空いた左手の方を握っていた。


「ありがとう! 色々やることたくさんあるんだ! 今ここで説明すると長くなりそうなくらいに! 幹事の二人だけだと大変だからぜひ手伝って欲しいの! いや手伝ってください!」

「あはは……なにはともあれです」

「喜ぶのはいいが、濡れちまうから。さっさと傘の中入れ。風邪ひくぞ」

「ごめんごめん」


 俺の傘の中に戻ろうとしたところで、橋本の視線は凛の和傘の方へと向かれる。


「凛ちゃんの傘おしゃれだねー。なんかこうー……わびさび? ってやつを感じるよー」

「あっ、ありがとうございます。里の方にいた時からずっと使っているものです」

「最初凛ちゃん見た時のイメージって、外国のお姫様って感じだったのよー。単純に金髪で大人しそうってだけのアレなんだけどね」


 ほんとに単純な理由だな。まぁ制服来てる時なら分からなくもない。金髪=北欧とか欧米。っていうイメージが、日本人にとっては強いのかもしれん。ある意味偏見ではありそうだが。


「でもこうしてみると……和服も似合いそうだなー。巫女服とかどう?! 似合いそう!」

「巫女服ですか」


 こんなにグイグイ来る橋本は初めて見た。おそらく凛もであろう。拍子抜けている。

 そういう趣味でもあるんだろうか。いや流石にそれはないか。こんな明るい少女なのだから、そういうこととは縁がなさそうだ。


 片道五分ほどの道のりはあっという間だった。住宅街の細い路地をぬけて大通りに出てみれば、すぐ近くにバス停が見える。屋根もあるから、すぐに別れても問題ないだろう。


「ここまでで大丈夫だろう」

「ありがとう。また頼もうかなー」

「今度は傘忘れるなよ。わざともなしだからな」

「えーなんでー」

「そ、それはだな……」


 はっきり言って。その理由は浮かばない。


「と、ともかく。こっちはこっちでやることやるから! そっちも頼むわ!」


 勢いで適当に誤魔化すことにした。捨て台詞気味にそう言ってから足早にバス停を離れていった。

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