第11話 無理もわがままも承知で
翌朝。昨日と同様、凛と一緒に学園に登校。教室に入って来ると、真っ先に声をかけに来た女子生徒がいた。
「おはよう! 架谷くん!」
「あぁ。おはよう」
「おはようございます。桐華さん」
「凛ちゃんもおはよー!」
クラスの女神的存在。橋本桐華である。今日の曇り空をなんとも思わせないくらいの爽やかぶりであった。
「おーい凛ちゃーん! こっち来なよー」
「あっ。はーい!」
教室の後ろの方にいた女子グループに凛が呼ばれると、彼女は机に自分のカバンを置いて、そっちの方に行ってしまう。
それを見て、俺はいつものように拓弥の座席に……という訳ではなく。椅子に腰かけて後ろを向くと、そのまま声をかけてくれた橋本の方に。
「なぁ橋本。昨日のことについて聞いてもいいか?」
「どしたの?」
机には何やら色々書かれた紙が置いてある。少し目を通しただけでも、昨日言っていた親睦会の計画だろうとわかる。その紙のことはいいとして、俺が聞きたいのは。
「昨日の別れ際に手伝ってくれなんて言ってきたけどな。なんで俺なんだ? 俺なんかよりもっと適任がいると思うんだよ」
「そ、そうかなぁー。そこまで自分を卑下しなくてもいいと思うけど……」
「そんなつもりで言ったんじゃないんだが。俺と組むよりは橋本の女友達とか。男子にしたって津川とかの方がいいと思うんだ。異性と話す分にも、その方が俺はいいと思っている」
俺はあくまで、橋本の相談に乗ってやっただけだ。協力するとはまだ一言も言っていない。
しかし俺の拒否の返答はおろか、質問する時間も与えぬと言わんばかりに、橋本は行ってしまった。俺は乗らないと判断したバスが行ってしまった。と言い直すべきなんだろうが、そこはどうでもいい。
橋本の手伝いをするって言うのなら俺なんかより、仲の良い女子とやった方がよっぽど効率はいいし、気まずくなるようなことも無いだろう。俺は女子と話すのはそんな得意ではない。
仮に男子と組むにしても、津川のようなクラスの中心人物と組んだ方がいい。
人徳あるし。カッコイイし。運動神経抜群だし。橋本と二人並んでツーショット写真を取るなら、俺よりも津川の方がSNS映えするに決まっている。
今のはあいつを妬んで言ったことではない。率直なイメージだ。そもそも誰かを妬んだところで、俺になんの得があるって言うんだ。どこかの橋姫じゃあるまいし。
「それはそのー、昨日私の話を聞いてくれてそれで……」
橋本は目を泳がせながらしどろもどろに、何とか理由をひねり出そうと、「えーとえーと」と何回も合間に挟んでいた。
これちゃんとした理由考えてないな。そうしようと決めて、それで近くに話を聞いてくれた俺がいたから一緒にやろう! って流れだろうな。
蒟蒻問答と言うべきなんだろうか。それは分からん。
話に乗ってくれたから。いくらなんでもこれだけの要素では、俺に限らず誰かを納得させるにはあまりに不十分過ぎる。でも一緒にやる相手が橋本となれば、男子なら理由に関係なくすぐさま首を縦に振るやつがほとんどだろう。
それに昨日今日とこうも詰め寄られては、男の性としては、放っておけなくなってしまう。
まぁそういうことはどうでもいい。しかし橋本がなんで俺なんかにそこまで興味を持つのかは知らん。凛と一緒にいるのが俺だからということでもないような気はするが、真相なんぞ分かるわきゃない。
だが、これ以上粘っていても、かえって橋本を困らせるだけか。
「わかったわかった。これ以上理由は聞かん。俺もそこまで意地悪じゃないから手伝いくらいはしてやる」
「ほ、ホント!?」
「嘘ついてる顔に見えるか?」
「いえ全く!」
「まぁなんだ。諦めはいいほうなんだ」
成り行きという形になってしまったが、橋本プロデュースの親睦会の幹事をすることとなった。
一時的なことだし、そこまで大した問題でもないだろう。そう思ったのが運の尽きだったことを、この時の俺は考えもしなかった。
放課後になり、俺は左手にビニール袋を提げて一人で歩いていた。今日もまた凛は用事があるというので先に行ってしまった。
幹事のこともあるので橋本と話をしようかと思ったが、彼女もまた用があると言うので、そういう訳にもいかず。
虎太郎は別のクラスのゲーム仲間と遊びに行った。なんでも新型の音ゲーが街のゲーセンに置かれると言うもんだから、すぐさまそれをやりに行ったんだろう。
拓弥は演劇部の見学に行くと言ったが、俺は興味なかったので断った。もし無理やり連れてかれても、壇上には上がらないからな俺は。
ということで、久しぶりに一人で過ごせる放課後の時間だ。誰に気を使うことなく気ままに過ごすことが出来る。ならばやろうと思ったことを片付けようと思った次第と言うわけだ。
まずは街の西急スクエア地下にある本屋に向かい、足りなくなったノートや文具類を補充。
それから今日の昼休みに拓弥から勧められたラノベを探してみたが、不幸にも一巻が売り切れていたので買うのを諦めた。
その後は近くにある小さなスーパーに寄って、買い置きのお菓子やカップ麺の補充。この前僅かにあった残りを出雲様にかっさらわれたことは、腹立たしいことだ。今度同じようなことがあれば、その時はお代をちゃんと頂くことにしようか。
ついでに南京錠でも買おうか考えたが、どこに売っているもんか分からないし、わざわざこれ一個のためにネットショッピングするのは面倒なんでやめにした。
こうして約五十分程。買い出しという名の一人の時間を過ごした俺は、街を行き交う学生や社会人、観光ツアーの白人外国人の合間を縫いながら家へと戻るのだ。
「ん? あれって……」
街をぬけて住宅街の中へ入っていったところで。家に戻る途中で凛を見つけた。制服姿なんだけど、カバンは持っていない。それに何やらコソコソと隠れるようにして移動している。
用があると入っていたけど、見ていて不審だ。彼女のことを知らないやつから見れば尚更であろう。
「おーい」
何となく呼んでみることに。その声を聞いて最初は驚いて塀の陰に隠れてしまった。でも少ししてから顔だけ出して、ちらっとこちらを見ると、俺だったということに気がついたのか。顔を赤くして俺の方に近づいてきた。
「ど、どうも……祐真さん」
「いやそんな他人行儀にならなくても」
「いえ、なにぶんお恥ずかしいところを見せてしまいまして」
「言っていた用ってこれの事か」
「出雲様から命令を受けまして。しばらくこの辺りを警戒しておいて欲しいって言われたんです」
「そういう事か」
向こうの事情もあるだろうから、これ以上のことについては聞かないでおこう。俺が知ってしまうと色々とまずいだろうし。
「でも不思議なんです。反応があるかと思って行ってみても、着く頃には何もないんですよ」
「そりゃ不思議なことで」
「もういいです。お腹もすきましたから帰ります」
「っていいのか、そんないい加減に決めて」
「さっき見つけた反応も無くなってしまいました。どのみち居ないものを追っていても仕方がありません」
「そうかい。まぁそうか」
冷静に考えれば、居ないものを追いかけることなんてできたものでは無いな。
「それに夜また出直しますから」
「感心せんが……それに口を挟める身分じゃないんだよな俺は」
今回のことは出雲様からお仕事として凛に頼まれていることだ。俺がどう言おうが意味は無い。引き止めることは出来ないのだ。
「大丈夫です。家の者にバレないように窓から飛び出しますし、あまり遅くはなりませんから」
「んーそういうことじゃないと思うんだ」
種族の違いから来る考えの違いとはこういうことか。帰り道でそう考えていた。
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