第10話 グイグイ来てます

「どうしたのこんな所で」

「俺は忘れ物取りに。そういう橋本はどうなんだよ」

「私は、このプリントを職員室に持っていくところで……」


 プリントを拾いながら橋本と話をする。一通り集め終わってみると、それなりの量があった。


「結構量ありそうだし、俺も持っていくよ」

「いいよいいよ。大したことじゃないし、それに……」

「俺が好きでやっているんだ。それにぶつかっちまったから、その詫び代わりってことにしといてくれないか」

「あ……うん」


 少々強引に押し通してしまったが、何もしないで立ち去ってしまうというのは、どうにも良心が許さない気がした。

 プリントをまとめて、職員室に向かう道中でも橋本は積極的に話しかけてくる。


「ねぇ架谷くん。家にいる時の凛ちゃんってどんな感じなの」

「……急にどうした」

「気になるから。本人からは少し話は聞いてたけど、架谷くんはどう思っているのかなって」

「本人から聞いているなら、わざわざ俺に聞く必要あんのか?」

「ある! 私が気になるから」

「……」


 なんか強引な理由な気もするが、特に返答を拒む理由もこちらにはない。まだ一週間も経っていないので知っていること、思うことはそう多くはないが、ある限りでも簡単にまとめて話すことに。


「なんと言うか、働き者って感じだな。家事の手伝いをよくしてくれる。あとは……料理が上手い」

「ホント?! 頼んだらクッキーとか作ってきて貰えないかな?!」

「どうだろうな。料理って言ってもおかずなんかが中心で、お菓子とかは作ったことないと思うんだ。でも要領いいだろうから、お菓子作りなんかもすぐに慣れそうだな」

「そっかー。なんか架谷くんが羨ましいかも」


 そう言われて、俺は足を止めていた。羨ましい。その一言が引っかかった。


「架谷くん?」

「やっぱし橋本も同じようなこと思うか。そうだよな。同じ年頃の男女が同じ屋根の下にいて、何とも思わないやつはいないよな」


 橋本も、考えることは他と同じということか。ムカつくとか、弄っかしいという訳では無いが、結局はそうなのかと。

 クラスの男子に限らず、他のクラスとか上級生の一部からもそういう視線を向けられるようになったせいで、何から何まで恐怖と疑心にしか感じられなくなった。


「あ。えっとーそうじゃなくてね。なんか私から見た凛ちゃんって、妹って感じがするからさ……」

「え」


 しかし橋本はこう言う。予想もしていなかったことを言われたんで、気がつきゃ突っ立ったままポカーンとしていた。


「凛ちゃんって人懐っこい感じするからさ。だから言い表すなら妹かなって思って……ってどうしたの架谷くん」

「いや……そういうことを言われるとは思ってなくてな。予想外っていうか」


 職員室にプリントを運び終えて、俺の用事も済ませた後。そのまま帰ろうとしたんだが、玄関で橋本が待ち構えていた。もっと話がしたいと言うので、しゃあなしで付き合ってやることにした。

 クラスの男子からすれば、こうして橋本と二人で話すこと自体羨ましく思うのだろうが、俺はそうは思わない。というか凛という存在のせいか感覚が麻痺してるのかもしれん。まだそんなに日は経ってないけども。


「架谷くんって、奥村くんと……吉島くんとよく話しているけどさ、普段どんなこと話しているの?」


 そこまで見ているのか。と思ったけど、もう一週間も経ったのだ。誰がどういうグループにいて、どういう感じの集まりなのか。というのはクラス内ではある程度認知されているのだろう。


「もっぱらアニメやゲームの話になるよ。流行りのもんとか、オススメのやつを勧められるとか」

「そっかー。そういえば昨日、駅で吉島くんと少しゲームの話していたんだ。ディバイン・アルケミストってアプリのやつ!」


 テンションの上がった橋本は、ポケットからスマホを取り出すと、すぐさまアプリを起動。ホーム画面を俺にみせてきた。


「橋本もゲームとかするのか?」

「そんなガッツリとーって訳じゃないけどやるよ。このアプリ流行っているって友達から言われて始めたんだけど、すっごい面白いからハマっちゃって。それに時々弟の相手することもあるから、その時にテレビゲームとかもやるんだ」

「そうなんだ」

「吉島くんから聞いたよ。架谷くんもこのアプリやってるんでしょ! 良かったら見せてよー」

「……まぁいいけど」


 橋本に頼まれたんで。俺もスマホを取り出してアプリを起動する。ログインボーナスを受け取ってからホーム画面に切りかえてそれを橋本に見せる。


「おわー! 私よりもやりこんでる」

「なんだかんだ言って面白いからな。久々に飽きないゲームを見つけられたと思ってるよ」

「ガチャ運おすそ分けしようか?」


 段階すっ飛ばしていきなりえらい事聞いてきますねこの子は。


「悪いけど、もうすぐコラボあるから石はそっちに回したい」

「そっか。無理言ってごめん」


 その後は自分のスマホの方に視線を向けていたんだけど、時々ちらっとこっちのことを、上目遣いで見てくる橋本がいた。仕草が猫を思わせるようでなんとも可愛らしい。

 それに負けたのか。俺は画面を切り替えると黙って自分のスマホを橋本の方に突き出した。


「架谷くん?」

「……単発で一回だけならいいぞ」

「ホント! ありがとう!」

「今回だけだからな」


 橋本は嬉しそうに俺の黒いスマホを受け取る。そして念でも篭めるように指先を動かしていた。


「昨日は吉島くんに頼まれていいの引き当てたんだ。だから架谷くんにも私が星五を恵んでしんぜよう!」

「そんなに神経張りつめんでも」


 意気込んで単発ガチャを引く。画面の真ん中には金色の便箋が一枚。この便箋の色によって、開けずともレア度が分かる。今回は金色。ということは――――


「星四か」

「……ごめん」

「単発なんてそんなもんだろ」


 多分三パーセントだったとは思うが、単発でホイホイ引けるなら苦労はしない。そう思いも、便箋をタップして開こうとする。

 しかし便箋が開かれると、すぐに中身が出てくることはなく、その中から虹色の光が漏れだしてくる。おいおいこれって――


「確定演出!?」


 思わず声が張りあがってしまった。そして中から現れる星五ユニット。


「やった!」

「まじかよ……運いいんだな」

「初詣の御籤、大吉だったんだよー! それに朝の星座占いも私一位だった! しかもラッキーカラーは黒!」

「……成程」


 どうやら占い様様であるようだ。

 橋本は少しの間、俺のスマホの画面を軽く操作してから俺に返した。それを受け取ってしばらく画面を確認していると、メールボックスに新着が一件。

 ”キリカ”というプレイヤーからのフレンド申請が届いていた。


「入れておいた!」


 空いた左手でブイサインしていた。策士なのではないかこの娘……。そうして歩いていたら、最寄りのバス停までたどり着いた。


「架谷くんはバス?」

「いや徒歩だ。家こっから近いし」

「うわぁー羨ましいよー」

「じゃあな」


 俺はそのまま帰ろうとしたんだが、そうはさせまいと、橋本が俺のブレザーの袖を掴んできた。


「なんだ。俺はバスじゃないって言っただろ」

「もうちょっとお話ししたい……ダメかな?」

「……」


 本音を言うなら帰らせてください。理由は特にないけど。でもそこまでうるうるした目で見られるとそう直球で言えない。ちくしょう橋本は猫なのか?


「わかった。バス来るまでな」

「やった!」


 ようやく掴んでいた手を離してもらえた。そして今度はこんな話題に変わった。


「ねぇ架谷くん。私、クラスのみんなともっと仲良くなれたらいいなって思っているんだ。それでなにか出来ないかなって考えているんだけど、何かいい案ないかな?」

「急にそんなこと……俺に聞かれてもそういうのわかんねぇし、俺は橋本みたいに活発って言うか、なんかやる時にクラスの中心になるような奴じゃないんだ」

「でも何かあったらなーって思って。困った時は誰かを頼れって言うし」

「随分と投げやりな格言だな」


 小学校の時からそうだったけど、クラス委員長とか行事の実行委員とか。そういうものに対して意欲はなかった。面倒というものもそうだし、何よりそういう目立つようなことをしたくなかったからだ。クラスで何かを決める時にも、俺は最後の多数決に参加するくらいだ。


「あそうだ! クラスでなにかやればいいんだ!」


 でも今ここにいるのは俺と橋本だけ。何も考えないのは失礼なので、無い頭で何かないかと考えていた。がしかし、果たして俺が相談役になる必要あったのだろうか。

 というかそもそもの話。なんで橋本は俺なんかに興味を持ったんだ。凛が近くにいる。で済ませていいもんでもない気がする。


「クラスで親睦会とかやったら楽しいかも! どうかな!」

「まぁ、いいんじゃないか。楽しそうで」

「だよね! そうだよね!」


なんて勝手にひとりで考えてるうちに橋本がそういう提案をしてきた。悪くは無いと思う。

 橋本がうきうきになっている所に、駅行のバスが停車した。


「それじゃあ架谷くん。一緒に手伝ってくれない?」

「あ、あぁ……って。へ?」


 いやいや待て待て待ってくれ。そう言おうとしたが、無常にも彼女が乗り込んだバスの扉は閉まってしまうのであった。

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