第5話 狐は学校にも現れる
教壇に向かって歩く金髪少女の横顔は、あっという間にクラスを魅了していた。チラホラとどよめきもあがっている。
「可愛いー」
「人形さんみたいー」
「きれー」
松山先生の近くまで来ると、金髪少女はこちらをゆっくりと振り向いた。声に出さずとも、心の中でガッツポーズしてる奴だっているだろう。
しかしその中で唯一、純粋にそうは思っていない人がいる。俺だ。
「さてと。では自己紹介をしてもらおうかな!」
「えっと……
そう。今この教室に現れたのは凛なのだ。嫌とは思わない。でも何事もなく済むとは思わないだろうとは悟った。
しかしそれらを抜きにして考えてみれば、華やかな転校生だ。家で見ていたから分かってはいるが、なんとも元気で可愛らしい。
男子をはじめとして歓声が上がる。生徒からの受けはかなり良かったようだ。
「ありがとう。彼女は進学のためにここに越して来たんだが当人の事情もあって、こうして入学するのが少しばかり遅くなってしまった。慣れないことも多いだろうから、皆で手助けしてやってくれ!」
「あの……改めてよろしくお願いします」
「では向こうの空いている席に座ってくれ」
「わかりました」
先生が俺の右横の方を指さしてそう言うのでその方を見ると、先週までなかったはずの机があった。今の今まで、何で気づかなかったのだろう。凛がその席に向かう途中、
「よろしくお願いしますね、祐真さん」
俺にしか聞こえないぐらいの声でそういうのが聴こえた。
その後はいつも通りに午前中の授業が進んでいき、あっという間に昼休みになった。
凛は多くの生徒に囲まれて話をしていた。それでも集まるのは女子ばかりで、男性陣の割り込む余地はないようで。凛と話をしたいと願う彼らは、少し離れたとこから凛について話しているようであった。
そこからまた離れたとこで俺は、拓弥と虎太郎とで弁当を食べていた。
「いやーいいよなーあの転校生の子!」
「あぁーなんて言うかなー。英国のお嬢様って感じがするんだ! 気品に満ちてて上品で」
「くそー。俺も早くあの子と話がしてー!」
「……」
ワクワクを隠しきれない二人の話し相手をしながら、頭の隅で考え事をしていた。そんな時に、俺の考え事に割り込んでくる拓弥の声が。
「てか、今お前の事考えるとちょっと羨ましく思うんだよ」
「何がだよ」
「何って……お前の右隣の席には転校生の狐村が居て、そしてお前の後ろにはあの橋本だぞ! これを羨ましがらない男子がいると思うか?!」
「いやんなこと言われても……」
うちのクラスは凛が来るまでは四十人。机は縦六横七の長方形に並べ慣れており、そのうち前方の二隅は空けられていた。その空いていたうちの廊下側に凛の座席が置かれたため、さっき虎太郎が言ったような配置となっているのだ。
四月最初の座席は基本、名簿順となる。
「ただの偶然だろ。それにこれから先、席替えだってあるんだから……」
「いや。初めが肝心って言うだろが!!」
拓弥は持っていた箸を勢いよく、自分の弁当箱に橋渡しさせると、熱弁を振るい始めた。
「こういう時って最初に近いもん同士、仲良くとまでは行かなくとも自然と話す機会ってのは結構多いんだよ。それに授業の班活動なんかも、近いもん同士でやるのは普通。そういう意味でお前は他の男子よりも優位に立っているんだよ! 分かるか!」
凛の後ろの座席に座っているのも女子。隅っこなので、隣接している男子は俺一人だけということになる。
「確かにアドバンテージ? なのかもしれないけど、これからのやりようでいくらでもなるだろ。それに近くにいるからどうって訳でもねぇし」
なんかまだ言いたそうな顔してるから、さらにこう続ける。
「考えてもみろ。お前らご近所のお隣さんとも仲良いのか?」
「いや、なんでそっち方面になるんだ……」
「そのなんだ。お隣さんとも話をしないならそれは単なる赤の他人だ。少なくとも知り合いじゃなくなる」
「あぁ。成程」
「いや納得すんのか虎太郎」
反論なんかをもらう前に、俺の持論を語り続ける。こういう時は勢いが大事だ。
「今回だって似たようなもんだ。言葉のキャッチボールが成り立たないなら、それは友人はおろか知り合いじゃなくなる。今回はクラスメイトではあるからそこまでは言わないが、そういうことだろ?」
「言われてみると……」
「だがなんとも……」
自分なりの意見を二人に言ってみる。自分でも何を言っているという感じなんだが、こいつらの場合これでもなんとか押し通せるのだ。
「要は行動しだいってことだろ。近くにいるだけで友達になれるなら、誰だって苦労はしない。お前らにだってチャンスがあるってことだよ」
「そ、そうか! そうだよな!」
やれやれ。ようやく落ち着いたか。そう思ったんだけど――――
「おい架谷! どういうことだよ?!」
「羨ましいってレベルじゃないんだよ!!」
ワラワラと俺の方に集まってくるクラスメイト一部。その端っこの方でオロオロしている凛の姿が。
「えーっと……なんの用で?」
「なんだじゃないよ! どういうこった?!」
「俺は認めない! 認めたくなーい!」
色々混じっていて聞き取りづらいが、最後の息のあった一言だけは、確かに聞き取れた。
「「「狐村さんと同棲してるって!!!!」」」
「……」
返し文句に困る。無視を決めるわけにを行かない。でも説明したらこいつらは納得してくれるのか? てか同棲だと凜と二人暮らしってことになるぞ。そうじゃあなくて、事情あって住み込んでいるだけだからな。
まぁまずは……本人に聞くとしよう。丁度近づいてきた凛に聞いてみると、さっきのやり取りから始まったと言う。
遡ること二分前。
俺らのいた拓弥の座席回り。その丁度対角で、凛達を囲って昼食を食べている女子のグループ計八人。橋本桐華の他、彼女の友人らを含めたグループとなっている。
「引っ越して来たって言うけど何処から?もしかして東京とか大阪?」
「いえ。そんな都会ではなくて、もっと山奥の田舎の方からです。近くにこうした学校がないぶん、田舎から出なければならなかったので」
「そっかー田舎暮らしかー」
「でもブームあったって言うよねー。自給自足の生活ってやつ? 私ちょっと憧れちゃうなー」
「桐華には無理だと思うなー。三日坊主どころかとんぼ返りしそうだし」
「あー言えてるー」
「なにをー?! 私だってやる時はやる女だからなー!」
凛への質問を中心に話題が次々と変わっていく。凛も楽しそうに受け答えしているようであった。
「田舎暮らしってどうなの? 楽しい?」
「楽しいかと言うよりは……のどかで静かなので、私としては落ち着くって感じですね」
「ほーほー」
「じゃーさー、今はどこ住んでるの? この辺で一人暮らし? それとも駅の方?」
一人の女子が、凛の家の場所についてを聞く。それに対して凛は、にこやかに答える。
「今は……ちょっとした縁があって、祐真さんの所にお世話になっています」
以上。
その一言が誘導爆弾となり、俺のところで着弾した。被害は甚大である。
休み時間のあいだずっと囲まれてて、まともに話ができなかったが、こうなるのならある程度打ち合わせくらいはしておけばと後悔している。
「いや、その……凛は俺の遠い親戚で、今回はそういう間柄だから向こうから頼ってきただけであって……決して変なこととかはないからな!?」
当たり前だが、凛と出会った経緯なんぞ話せるわけがない。当然守秘義務であるし、こんなことを信じてもらえるわけもないであろう。
なので俺以外。皆にとっての狐村凛とは、田舎の方に住んでいる俺の遠い親戚で、進学のためにはるばる街まで出てきて俺の家で世話になっている。ということにしてもらいたい。
結局凛に関する事情を説明することだけで、この日の昼休みの時間は流れていくのであった。
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