第6話 言い難いわだかまり

 一年に可愛らしい転校生が来た。その話題は一日で全校生徒の知るところとなった。そしてもうひとつ、要らぬ話題も広めてくれることとなった。その転校生はクラスメイトの男子と同じ屋根の下で生活を送っているらしいと。

 転校生の話題はともかく、同居してるなんて発覚したのは昼休みが過ぎてからだと言うのに、ココの生徒は大阪のオカンかよとでも言いたいくらいの噂の広まり様だ。転校生である凛と並んで、俺までもが注目の的となるのであった。

 拓弥と虎太郎の二人については友人絡みのことで何とか言いくるめられたものの、クラスメイト全員ともなれば、それはまだまだ先のこととなりそうなのだ。



 その日の全ての授業が終わり、放課後になった。

 友人同士で集まって部活動の体験入部に行く生徒もいるし、自習なんかをして学園内で過ごす者もいる。教室を足早に出ていく生徒を見れば、街の方に遊びに行こうと盛り上がる生徒もいれば、何を構うことなく一直線に帰宅ムードになっている生徒もいる。

 俺は今のところ、特に部活をしようとは考えていないので帰宅一択だ。途中まではあの二人も含めて四人で帰っていたわけだが、生徒の視線が俺と凛に集まってくる。こうも落ち着かないことが今までの間、果たしてあったのか。いやないだろう。


「あのーすみません。ご迷惑……でしたよね」


 バス停で拓弥と虎太郎と別れてからは、二人で並んで歩いていた。他所から見れば恋人同士とかにも見えるんだろうが、そんなことは決してない。なんにしても出会ってからまだ四日だ。


「気にしなくてもいいよ。どのみちそうだってことは、いつかはバレるんだから。わかってはいたことだし、凛は何も悪いことはしてないから」

「はうぅ~……」


 凛は悪くないと言い聞かせようにも、事の発端がそう言ってしまったからだと自覚してしまっていると、言いくるめるのも大変だ。それだけ責任感ある子なんだろうけど、ありすぎるのもかえって困りものだ。


 さてどうしようか。まともに女子と会話なんざしたことないので、問答に困る。


「ちょっと話題を変えてもいいか。歩きながら聞きたいことがある」

「は、ひゃい?! なんでしょうか?」

「ビックリしすぎだって。説教するわけじゃないから落ち着いてくれ」


 ひとまず気持ちを落ち着かせようと、話題の転換を持ちかけてみたが、驚かせてしまった。まだまだ配慮が足りないのだろうか。


「えっと……こっちに来た理由とかについては昨日一昨日で聞かせてもらったけど、なんで学園に通おうなんて思ったんだ? 何も聞いてなかったから驚いたよ」

「やっぱり……いきなりのことで驚かせてしまいましたね」


 凛がこちらに来た理由。それについてを語る前に、整理しておかねばならないことがある。


 分かってはいるが凛の正体は九尾。ざっくりと言ってしまえば妖怪なわけだ。この世界、俺たちの生きている世界にもそれは存在していると凛は言っていた。現に日本ではそれらの存在について、古くから様々に言われてきている。


 疫病をもたらす祟り、あるいは呪い。古典やその土地に残されている伝承。現代で言うなら心霊現象の類い。形は様々であれ、存在については古くから色々と言われてきた。

 しかし全てが真実なのかといえば、そうと断言できないのが今の人類の化学の限界なのだろうか。


 ちなみに彼女曰く。直接会ったことは無いそうだが妖怪の類に限らず、俺たちの認識で言う吸血鬼や妖精といった種族も、凛のいた世界には存在しているのだと言う。

 前置きはこのくらいにして、ようやく本題に入れる。凛がこの世界に来た理由はこの世界での調査、及び監視が主な目的なのだと言う。


 凛達がいた世界と、今俺たちが生きている世界。二つの世界のバランスを保つにあたって、守らねばならないことがあると言う。それは他種族に対して互いが尊重し、いかなることがあってもその尊厳を侵してはならないというもの。

 簡単に言えば、他種族同士が侵略や略奪などを目的として争うことは、あってはならないという暗黙の了解だ。


 それは人間に対しても同じことが言えると言う。特に俺たちの生きているこの世界、元々は人間の世界であって、凛達は別の世界から移入してきたことになる。その世界を己が勝手に支配するようなことは許されることではないのだ。

 それがないように互いに監視し合う。凛達で言う巫女や陰陽師と言う専門の役職はなく、自分たちでそれを行っているのだと言う。


「こちらに来た理由については以前にお話しした通りです。それともうひとつありまして、出雲様よりこの世界について学んできなさいと言われましたので。それで祐真さんたちの通う学校というものを知りたいと思いました」

「あーはいはい、出雲様がね」

「どうかしましたか祐真さん?」


 凛はきょとーんとした顔で俺のことを見ていた。素っ気なく返事した俺のことを、不思議に思ったのだろう。


「いや……当人からちゃんとした説明もろくに受けないまま預かることになったからな。今度会った時にはその辺一から十までしっかりと本人の口から聞きたいと思ってな」

「すみません。勝手を強いてしまって」

「まぁいいよ」


 今は居ないもののことを、気にしても仕方がない。いつ会えるかもわからないが、いつかは会うことになるのだから。


「それよか学園はどうだ?」

「ふぇ?」


 雰囲気がそれだったから、こんなこと聞かれるとは思っていなかったんだろう。驚いていた。


「言葉通りだ。学園には慣れそうか?」

「は、はい! 色んなの人が居て、お友達も沢山できて、これから楽しい生活が送れそうです」

「なら良かった。アイツらとも仲良くしてやってくれ。悪いヤツじゃないからさ」

「はい。お二人共面白い方達でした」

「でもわかってるとは思うけど、正体バレるようなことはしないでくれよ?」

「わかってますよ。この状態なら問題なしですから!」


 学園の制服を来た姿で来るーんとその場で回ってみせる。バレリーナのような美しさであった。今の姿も、一番最初に出会った時の人間体。耳や尻尾は消えている。


「よく似合ってる。問題ないかもな」

「そうですよね!」


 自信満々なドヤ顔をしている凛は、とても可愛らしかった。普段からおどおどせずにこんな感じなら、俺も色々困ることもないんだけどな。

 学園で注目されてしまったのは俺としては耐え難いことかもしれん。しかしこうして楽しい時間を過ごせるなら、お釣りが過剰に返ってくるくらいに割に合うと思う。


「ただいまー」


 かれこれ話しているうちに、あっという間に家に到着した。楽しいことのすぎる時間は早いと言うが、まさに言葉通りであった。話題の内容はいつもとは違えど、男友達と話すのとは違う楽しさがあった。

 ひとまず夕飯での時間は、自分の部屋で過ごすことに。



「おや。ようやく戻ってきたのか」


 ひとまずリュックを床におろして、ベットに倒れ込んだ。


「お疲れかのう? 良かったら肩でも揉んでやろうか」

「まぁ確かに色々と疲れてますけど……」


 ん? 待てよ。自然な流れで会話してるけど、誰と話をしているんだ俺は。それにこの声と独特な話し方は――――――


 ガバッと勢いよく起き上がって。声のした方向を総当りで探してみる。そんでもって、勉強机の椅子にそれは居た。


「ようやく会えましたよ」

「そうかそうか。会いとうて仕方なかったか」

「そういうことではなくて……」


 一呼吸おいてから、優々と気品高く座っている出雲様に向かって言ってやった。


「あなたには聞きたいこと、山ほどあるんですよ!!!!」


 そう。どういうわけか出雲様が俺の部屋にいた。

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