第4話 俺は穏やかな学園生活がしたかった

 凛が俺の家に居候を始めてからこれで三日目……いやあの時の夜もカウントすれば四日目か。


 居候と言うと、本来は他者の家に住まう人のことを指すが、無能な厄介者という意訳もあるそうだ。もっとも俺は、凛を後者のようには思っていない。

 彼女は率先して母さんの家事を手伝ってくれてるし、同じ(?)年頃の女の子として、那菜の遊び相手もしてくれてるって言うもんだから、もはや家族同然の存在となっている。

 さっきクエスチョンマークをつけた訳だが、九尾って言うと妖怪なわけだ。そういう場合俺の勝手なこじつけになるが、彼女の見た目は高校生か大学生くらいだとしても、年齢がそれ相応とは限らない。

 まぁこの先彼女に年齢を聞くつもりは無い。みだりに男性が女性に年齢を聞くのは、マナーがないという世間一般論がある故だ。


 ちなみにあれ以降、出雲様は姿を見せていない。色々文句を言いたいところだが、あの方も忙しいのだと凛は言う。次に会えるのはいつになるやら。あまりの適当ぶりに、できることならとこぞの軍人のように殴って修正してやりたいがな。



 七時にセットした目覚ましのアラームで目を覚まして起き上がると、学園のクリーム色のブレザーに袖を通す。休日の二日間だけでも色々あったが、早くも平日。学生や社会人にとっては一番嫌な日であろう月曜日だ。

 さっきも言ったように、今俺の家には九尾の女の子が居候しているが、俺の学園生活には何ら影響はないだろう。

 学園では俺が望む平穏な日々を送れる。彼女が学園にまで現れることはないだろう。そう油断していたのがまた災難の始まりとなることを、この時の俺はまだ想像さえしなかった。



 光ヶ峰学園。俺が今通っている高校の名だ。俺は入学したその瞬間から、心に決めていたことがあった。

 彼女が出来て今後の人生ウハウハな勝ち組コースだなんて高望みはしないから、穏やかで普通な学園生活が送りたい。それに尽きる。

 俺は自分から目立つようなことをしたり、誰かから注目されたりするようなことは好きではない。目立たず静かに。それでいてなお適度に話のできる友人がいる。世の中バランスが大事だと思うんだ。


 自分の教室である一年A組に入り、自分の座席にリュックを下ろす。入学してはや一週間。周りを見てみれば、既にクラス内ではいくつかのグループが形成されている。


 何かスポーツの話題で盛り上がる体育会系男子。恐らくは土曜の夜にやっていたサッカー中継のことだろう。対して流行りのスマホゲーの話をするオタク系男子。

 女子に視点を変えてみれば、早速放課後のプランを立てているのが居れば、昨日のドラマの感想で華を咲かせるものたちがいる。実に様々だ。

 一方で、一人で過ごす者も少なくはない。例えば、向こうの最前列の座席に座っている黒髪ロングの女子、黒羽京子くろばねきょうこなんかがそうだろう。


 誰かと話すことはほとんどなく、休み時間なんかはあぁして本を読んで過ごしている。思えば彼女の声を聞いたのって、最初の自己紹介の時ぐらいなのではないか。

 まぁそれはさておき。俺もこうして友人とだべりつつ、予鈴が鳴るまでの時間を過ごそうか。立ち上がって、向こうの窓際の方にいる男子二人組の方に近づいていった。


「よっす」

「おぉ祐真おはよう! 金曜に貸したあれどうだった?! 凄かったろう!」


 俺から見て右に立っている青髪のメガネが、奥村拓弥おくむらたくや。無類のアニメ好きで、最近のトレンドは日常コメディーだそうだ。


「あ。あぁー悪ぃ。実はまだ最終巻だけ見てないんだ。返すの明日でも構わねぇか?」

「おういいぜ。最終二話の作画なんか特に気合入ってるからな? やべーくらい動いてるからな!」

「そうか。楽しみにしとくわ」


 見れなかったとは言うが、実際は凛の騒動やらでそれどころではなかったのが現実。あのあと日曜の昼間に消化したけど、中身が頭に入ってこなかった。

 今のところは大きな騒ぎもないので、まぁいいだろう。気を取り直し、今度は右の方を向く。


「てかどうした虎太郎。月曜だからってすげえやつれた顔してないか?」


 そして拓弥の他に、もう一人の友人。黒髪天パが吉島虎太郎よしじまこたろう。こちらは自他ともに認めるゲーマーで、得意分野は音ゲー。自分の席に突っ伏したまま溜息をついていた。


「リセマラが終わらねぇんだ。新限定のアフロディーテが全然出ないんだよ……」

「って言うことでな。なんで出ないんだと朝からこれよ」

「あー。性能いいしお前の好きな絵師と声優だからって、わざわざデータ消してまで張り切ってたっけ。でももうすぐコラボやるんだっけ。あれを狙っても……」

「両方が欲しいんだよ! 石なんてすぐ溜まるし、それに今限定逃したら次来るの一ヶ月後だぞ! それまで待っていられる俺じゃあねぇんだ!」

「わかったわかった。顔ちけぇから離れてくれ」


 こうして俺ら三人がつるむようになったのはさっきのソシャゲーとアニメだ。俺と虎太郎は拓弥ほどのもんではないが、好きなジャンルが噛み合い、あっという間に意気投合というわけだ。

 俺もまたこうしてクラス内の友人と共通の趣味で盛り上がる。こんな感じで大きかれ小さかれ。友人関係が成立しているわけだ。

 一人で過ごすものとはまた別に。いい意味での変わり者もいる。



「おはよぉー!」


 A組の教室内に、爽やかな挨拶が響き渡る。それを聞けば、クラスのほとんどはたちまちその声のする方を見ていた。

 彼女の名は橋本桐華はしもときりか。コミュ力高いこのクラスの学級委員長。陽気で明るい立ち振る舞い。誰とでも分け隔てなく接してくれる優しさ。自己紹介の時から、既にクラス内での注目の的である。


「いいよなぁー。俺、橋本みたいな子、彼女に欲しいわ」


 虎太郎の一言で、話題はゲームから橋本に変わる。それだけ彼女は注目されている存在だ。


「お前なんかじゃ釣り合わねぇって。それに俺らなんかと、趣味が合うとは思えねぇんだよな……」

「いやわかんねぇだろ! 最近は隠れオタクなんてジャンルもあるみたいだしさ! もしかしたらってのもあるだろ!」

「はぁ……」

「架谷! お前はどう思うよ?」


 溜息ついた拓弥に少々呆れたのか、今度は俺に聞いてきた。


「俺に振るか?! てか気になるなら聞けばいいだろ。変な聞き方さえしなければある程度答えてはくれるんじゃないのか?」

「そんな勇気があれば苦労しねぇよ」

「さっき彼女が欲しいって言ったやつのセリフとは思えねぇんだが」


 言動を行動に移すのは難しいとは言いますけどね……。


「いいんだよ。彼女欲しいってのが本心だからそういうお前だってそうだろ。青い春と書いて青春! 満喫するからには、彼女欲しいと思うだろ!」

「……俺はそんな高望みはしねぇよ。ただ穏やかに過ごせればと思っているよ」

「はぁーなんだよ夢がねぇなー」

「なくて結構だ。それが俺の願望だからな」


 彼女が欲しくないとまでは言わない。ただ俺は静かに過ごしていたいのだ。

 そうこう話をしているうちに予鈴が鳴り、慌てて自分の席に戻った。着席したところで教室に先生が入ってくる。


「おはよぉー! 今日も一日元気かー!」


 一年A組担任の松山先生。ひと目でわかる熱血教師で、もちろん担当科目は体育。あまりに熱血すぎるもんだから、この人が海外行ったら日本の気温が下がるんじゃねぇかなんて、クラスの中では言われている。


「入学してからもう一週間経った訳だが、この光ヶ峰学園にもそろそろ慣れてきただろうかぁー」


 月曜の朝から気合い入りまくりの先生に対して、生徒の方はあまりそうでも無い様子。さっきのワイワイ騒ぎはなんだったのかと思うレベルだ。

 まぁ無理もない。これから授業が始まるとなれば、体育でもない限り嬉しく思う奴はいないだろう。


「月曜だからってやる気のない君達に、今日は朗報がある。こんな中途半端なタイミングではあるが、このクラスに新しい仲間が加わることになった」


 このクラスに転校生が来る。それを聞いて、


「マジでマジで?!」

「やばいやばい!!」

「どんな子? イケメン? 美男子?!」

「いや美少女だろ!」


 クラス内からは歓声が上がる。さっきまでの空気は何処へやらと。コロコロ雰囲気変わるあたりが高校生らしいのかと。


「礼儀正しい、可愛い女の子だ。きっと皆とも上手くやって行けるだろう」


 今度は男子の歓声が強くなる。


「よっしゃー!!」

「俺その子と仲良くなりてぇー!」


 期待値高すぎませんかあんたら。頬杖付きながらそう思うが、期待してしまうのは俺も同じだ。あの先生がそこまで言うんだから、少なかれ期待はしてしまう。


「まぁこれ以上話をしていてもあれだ。早速ご対面といこうじゃないか。おーい! 入ってきてくれー!」

「は、はいー」


 先生の野太い声に対して、廊下の方からは柔らかい声が帰ってきたわけなんだが……どうしたことか。何故だか聞き覚えのある声であった。

 そして入ってきた金髪少女を見て俺は確信した。俺の学園生活は、普通じゃ無くなるんだろうなと。

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