あやし あやかし
スズヤ ケイ
一 旧家の離れ
変わった話や不思議な話、か。
うーん、そうだな。
確かにうちは旧家だけど、古いだけが取り柄だからね。有名な武将だとか偉人だとかは関わってないよ。特に面白くはないと思うけど。
土地にはつつけば色んな曰くがあったりするみたいだけど、本家の人らはあまり詳しく教えてくれないし。
まあ、自分で見聞きした範囲の事なら話せるよ。
断っておくけど、特に落ちはないからね。
それでよければ聞かせてあげようか。
本家は昔話に出て来るような、庄屋さんみたいな茅葺き屋根で、年季の入ったお屋敷なんだけどさ。それとは別に離れがあるんだ。
見た目はこじんまりとした物置みたいな外観なんだけど、その割には妙に綺麗でね。
母屋と同じくらい古いはずなのに、いつ行っても新築みたいな木の香りがするんだ。
もちろん建て替えなんかしてないよ。
空襲なんて来ないくらいの田舎だし、震災の被害もなかったからね。
確かに、よく考えたら少し不思議かな。
私は分家だけど近所だから、工事なんかすればすぐに分かるはずなんだけどね。
子供の頃はそれが当たり前だと思ってて、気にもした事がなかったな。
それで中には、これもいつも真新しい畳の匂いがする二十畳間があって、真ん中にどんと昔の武者鎧が置いてある。
初めて見た時はびっくりしたよ。
大河ドラマとかで見た事あるかな? 戦場の本陣で腰かけた武将の姿。
あれとそっくりそのままの姿勢で、鎧が座ってるんだ。
お侍がいる、なんて泣き出した子もいたっけ。
クワガタみたいな角がついた立派な兜に面頬、所々に金があしらわれた豪華な鎧。袖から籠手、脛当てから下履きまできっちり揃ってる。
おまけに腰には刀まで引っ提げてるんだ。
どれもこれもぴっかぴかでね。新品なんじゃないかと思う程さ。
私はそっち方面は詳しくはないけど、かなりの値打ちものなんじゃないかな。
もちろん中身は空っぽなんだけどね。隙間から覗いても、台座や芯棒みたいなものは見当たらない。
あれはどうやって固定してるんだろうな。本家の人に聞いても、そこは教えてくれないんだ。
絶対に触るなとも言われてたし、深く突っ込んじゃいけない部分なんだろう。
子供心にそう思ってそのままだよ。
それ以外は別にどうってことはない、ただの和室さ。
よく言う、入った瞬間に寒気がどうのこうのなんてない。
鎧にさえ触らなければ、出入りは自由だったし。
従兄弟達が集まった時には、隅っこの方で集まって遊んでいたものさ。
それで罰が当たったり、なんてこともない。
まあ、あれだけ立派なものが置いてあるのに、鍵の一つも付いていないのは不用心だとは思うけど。泥棒が入ったことは一度も無いみたいだよ。
うん。
これだけ。ほらね。
特に見どころはないだろう?
ああ、でも待てよ。
今、従兄弟で集まった時の事を話して思い出したけど、一度だけ不思議な事があったっけ。
その日は同い年の子と相撲で勝負をしていたんだ。
これがなかなかに白熱してね。一進一退の長丁場だった。
でもそのうち均衡が崩れてね。私が押し負けてしまったんだ。
突き飛ばされて後ろに倒れていったんだけど、勢いがありすぎて、鎧がある場所に頭から突っ込んでしまったらしい。
らしい、というのも、私はその時目をつぶってしまっていたからね。他の子達が見たままを後で聞かされたんだよ。
皆が言うにはね、突っ込んだ私が鎧にぶつかる、と思ったら急にすとんと畳に落ちたんだそうだ。
当の私には痛かったとか衝撃があったとかの記憶がなくてね。気付いたら畳の上に座っていた。
あれだけは未だに謎だね。
でも不思議と怖いとは思わなかったから、その後も離れを遊び場にしていたよ。
何ていうのかな。あの部屋にいると、とても落ち着くんだ。
もしかしたら、今でもご先祖様があそこにはいて、私達を見守ってくれているのかも知れないね。
こんな風に言うと笑われるかな。
さて、こんなところでいいかい?
うん。
当時は何とも思わなくても、今にすればおや、と感じる事はあるようだね。
まるで、アルバムに覚えのないしおりが挟まっていたかのようだ。
他に何か思い出したら、機会があれば聞かせてあげよう。
それじゃ、またね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます