僕の話37

「筆箱は持った?面接ノートは持った?」

「昨日の夜からカバンに入れたって。」

「カイロはいる?貼るのと持つのがあるわよ?」

「そんなに今日は寒くないから大丈夫だよ。」

「あっ、受験票!受験票は?もう1回確認した方が良いんじゃないの?」

「だーかーら!受験票もファイルに入れてカバンに入れたって!!」


今日は遂に入学試験本番となっていた。

人生で初めての受験ということで昨日から柄にもなく緊張をしていたのだが、母親の方が緊張しているのを見て、僕は逆に冷静になっていた。

「お守りも付けた?」

「うん。ほら。」

昨日両親から貰った合格祈願の青いお守りは筆箱のチャック部分に付け、休憩時間にいつでも見られるようにしておいた。

受験中はシャーペンと消しゴム以外は廊下に置いておくということで本当はポケットにでも入れておこうかと思ったのだが、今日履いていくズボンには後ろにしかポケットが無いため、お尻で踏み潰すことになり縁起が悪いので筆箱にしたのだ。

「…きっと、神様も見守ってくださるわ。」

「うん…。」

信じたことも無い神様であるが、今日は頼ることにする。なんて都合の良い奴だと呆れているかもしれない。


「それにしてもお父さん、起きたのになかなかリビングに来ないわね。」

「そうだね。」

朝ごはんに用意された味噌汁を飲みながら返事をする。

いつもならもう席に座ってご飯を食べ終わっていてもおかしくない。しかし、今日は起きて挨拶をした後、洗面台に向かってから帰ってきていないのだ。


「何かあったのかしら?」

「そんなことある?大丈夫だよ。すぐに来るって。」

「んもう!もし洗面所で倒れてたりしたらどうするのよ!」

「いやいや、挨拶した時普通だったじゃん。」

やいやい言っていると、父親が何か箱を手にして戻ってきた。


「ほら、大丈夫じゃん。」

「お父さん遅かったわね。なぁにその箱?」

不思議に思う僕らを他所に、徐に箱を開けて僕に渡してきた。

「…時計だ。」

「ん?」

「教室では時計が見えないようになっていて、時計が必要なんだろう?持っていきなさい。」

「あり、がと…。」

父親がリビングに来るのが遅くなったのはこれを探していたからか。

重厚なデザインの時計は手のひらに乗せるとズッシリと重みを感じる。これから高校生になる者が持つには少し大人なデザインの時計のように感じるが、もしかしたら自分の年相応の持ち物なのかもしれない。

「…頑張れよ。」

「…!うん!」

多くは語らぬ父らしく、短い激励の言葉。

しかし、僕には何よりも力強く、頼もしい言葉に思える。

「泣いても笑っても今日が本番よ!当たって砕けて来なさい!」

「砕けるのは…ちょっと…。でも、全力を出してくるよ。」

受験をすると決めた日から、目に見えて笑顔が多くなった母。今までどんなに心配をかけてきたのだろうかと考えると申し訳ない気持ちと後悔の念が心の中に広がる。反省をしたからといって過ぎ去った日々が戻るわけでは無いので、これからはこれまでの分を含めて感謝の気持ちを表していこうと思う。


「!!あらあらもうこんな時間!待ち合わせに遅れちゃうわ!早くご飯食べて歯も磨かないと!」

「大丈夫だよ。待ち合わせまであと30分はあるし、待ち合わせ場所も家から歩いて10分の所だよ?」

「5分前には着いとかないとダメじゃない!それにもしも何かあってからじゃ遅いんだから!ほらほら!早すぎるくらいが丁度良いのよ!」

「えぇー…。」

心配性の母の言葉に急かされて、残っていた朝ごはんをかき込むようにして口の中に入れる。

父は座ってゆっくりと新聞を読み始めた。


「お父さんも早く食べちゃって。味噌汁が冷めちゃうから。」

その言葉を聞いて、父はゆっくりと母の方を見て一言。


「昨日のカツが胃の中に残ってるんだ。」

眉間に皺を寄せたまま少し寂しそうにお腹を撫でてポツリと呟いた。

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