僕の話 34

「今日、お前らがここに来るって聞いて…安元先生に頼んで、体育館に寄ってもらうように…お願いしたんだ。」

「安元先生、知ってたんだな…」

僕らが、こいつらにいじめられていたのを。


「あ、あのな、安元先生は悪くないんだ。俺と会うのだって最後まで反対してたんだ…お前らを追い詰めたくないって。でも、どうしても…どうしても俺が会いたくて無理を言って頼み込んだんだ!だから、安元先生は本当に悪くないんだ!」

不穏な空気を感じ取ったのか、横山が必死に弁明をしてくる。泣いたからか目元は赤くなり、声も鼻声になっている。


よくよく見てみると、そこに居たのはかつて自分をいじめていたいじめっ子ではなく、困った顔をした男教師だった。


「…別に、安元先生が悪いとか、思ってないよ。」

そう言うと目の前の男はあからさまにほっとした表情をした。それがなんだか、面白く感じた。

「確かに、久しぶりにお前に会った時、“ なんで会わせたんだろう”って思った。今さら謝られたって時間が戻るわけじゃないし、やってること昔の担任と同じじゃんって。」

俺が話し始め、内容を聞いていくうち安堵の表情から再び辛気臭い表情に変わっていった。こんなにも分かりやすい人間だっただろうか?


「でもさ、何でだろうな。不思議と怒りは湧いてこないよ。」

「…えっ?」

「あ、いじめを許したわけじゃないからな!」

「それは分かる!いじめは、許されることじゃない…。」

「いじめられてた時は、辛かったし、苦しかったし…通えない時は親とも喧嘩してなんでこんなことにって思った。今でも、あの時通えてたらって考える時もある。」


ひと言ひと言を噛み締めるようにして、音にしていく。いじめた奴らは許さない、許せない。これは紛れもない僕の本心だ。


「だけど俺、今がすごい楽しいんだ。目標に向かって頑張って、みんなから応援されて、出来なかったことが出来るようになって。だから、安元先生のこともお前のことも今なら受け止めれるよ。」

「優也…。」


1度は諦めた、高校進学という夢。その夢に向かって自分が努力を続けられていることは何よりの自信になっていた。不登校になってたって、これだけ頑張れるんだぞと胸を張って言える。

それに、たくさんの人が僕のことを考え、想ってくれていた。両親も上田先生も、そして安元先生も。僕が自分の世界に閉じこもっている間も見放さずに傍にいてくれたんだ。

洋子という仲間だって出来た。似たような境遇で共に高校進学を目指す戦友とも言える。


これだけの幸せが、今の僕にはあると分かったから。

「横山は、俺の事いじめたけど…俺が1番謝って欲しいのはお前じゃなくて橋本だし!」

発端は橋本だ。あいつが来るまでは俺らは上手くやっていた。


「優也…。でも…でも、そんな橋本に便乗してた俺も悪いんだ。同級生に、いや、人に手を出したりするなんて悪いことなのに全然理解してなかった!」

「だー!分かったって!お前はもう謝ってくれたじゃん!もういいよ!」

「俺の気が済まないんだよ!なんかこう…もっとさ!怒ったりとか罵ったりとか!」

「ぎゃーー!お前ドMかよ!罵るってなんだよ!」

「例えばだよ!例えば!」


しんみりとした空気は何処へ、僕も横山も自分の主張を譲らず言い合っていると、いつの間にかかつてのように軽口を叩きあっていた。ぎゃあぎゃあ言う僕らに耐えきれなくなったのか遂に洋子が笑い声を上げ始めた。


「なんだよ洋子。お前からも横山に言ってやれよしつこいって。」

「洋子…洋子もごめんな…。きっと発端は俺らだよな…。」

「あはは!2人とも譲らないんだから!横山君も気にしないでよ。発端はあなたたちかも知れないけど、原因は別だから。」

「でも発端は俺らなら、やっぱり原因は…。」

「あー!もう!埒が明かない!俺らはもう気にしてないんだって!ほら、洋子も帰ろう。」


このまま横山と話していてもぐるぐるとずっと同じ事の繰り返しな気がした僕は、さっさと帰路につくことにした。


「そうね、そろそろおいとましましょ。横山君はまだ仕事もあるだろうしね。」

僕らが体育館へ入ってもう30分は過ぎていた。いくら休日とはいえ、あまり長居するものでもないだろう。


「…お前らのこと、本当に申し訳なく思ってる。」

「だーかーら…!」

「俺からの声援なんて、いらないだろうけど、応援だってしてる。高校受験、頑張れよ。」

「…!」

「これは別に後ろめたさからとか、同情とかそういうのじゃないから。同級生として、だから。」

照れくさそうに視線を逸らすと、もう僕らの方は振り向かずに歩いていく。

いじめっ子との再会なんて、昔の記憶が強くて恐怖の方が勝っていたし、ろくなことがないと思っていたけれど、大人になるにつれていかに自分がやったことが愚かな事だったのか、横山のように気づく人もいるのなら、案外悪いものではないのかもしれない。


小さくなっていく背中に、自然と声が出た。

「横山、仕事頑張れよ!」

そんで、僕らみたいな子供を救ってくれ。


僕のそんな気持ちを知ってか知らずか、横山は片手をあげるだけで返事をした。





「意外だったかも。」

「何が?」

帰っている途中、洋子がそんな事を言い出した。

「横山君とのこと。あんなに普通に話せるなんて思ってなかった。」

「あぁ。」

「私は横山君に直接何かをされたわけじゃないし、杏子が原因だからなんとも思わなかったけど、優也君は直接じゃない。怒るか罵るかどっちかはするかと思った。」

「うーん…俺も最初は横山だってわかった時、めちゃくちゃ家に帰りたかったし、今さらなんだって思ってたんだよね。」

「あら?」

「でもさ、横山の話を聞いていくうちにさ、あいつもちょっとは苦しんだんだって思ったらなんかそんな気持ちどっかいっちゃって。」


突き刺すような寒さの中、マフラーに顔をうずめて話す。言葉を発する度に白くなった息が空に向かう。上をむくと、雲ひとつない晴天だった。


「怒ったり罵っても良いけどさ、それをしても誰もいい気持ちにはならないんだよね。あいつだって傷つくし、俺は嫌なことを思い出すし。」


「それにさ、あの時言った気持ちも嘘じゃないんだよね。今が楽しいっての。だから、いいんだ。」

「そう。」


その言葉を聞いて、洋子はなんだか満足そうに頷いた。

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