僕の話 33
「優也…と、洋子…だよな…。久しぶり…。」
どこかぎこちなく、居心地悪そうに横山が話す。
「俺の事、分かるか…?横山、なんだけど…。」
「…分かるよ。あんまり変わってないね。」
「はは。よく言われるよ…。」
2人が話すのをどこか遠くで聞きながら、僕はこの状況が上手く呑み込めないでいた。
頭の中に蘇るのは、あの日の記憶。橋本達と一緒になりながら、僕をいじめていた横山。僕の、未来を、青春を奪った主犯格の1人。
安元先生が言っていた『無理しないでね。』という言葉は、このことに対してだったのか。
「ここの、先生になってたんだね。」
「あぁ、体育教師になったんだ。」
一言も発せない僕を他所に、2人の会話は続いていく。洋子は、どんな気持ちなんだろう。かつて自分をいじめていた奴が、自分が就きたかった職に就いているなんて。
なんで、なんで安元先生は体育館に行くように言ったのだろうか?横山が僕をいじめていたのを知らなかったのだろうか?それよりもどうする?今更会って何を話すんだ?『久しぶり』?昔のことを無かったことにして横山と話せるのか?嫌、無理だ。無かったことになんてできない。僕にはそんなことできない。帰りたい帰りたい帰りたい。今すぐこの場を逃げ出して帰りたい。
「…。」
「…。」
2人の会話も尽きたのか、沈黙が僕らを包む。このままさようならと帰ってしまおう。震える唇に気付かないふりをして、口を開く。目線は横山の靴に合わせていた。
「じゃあ、」
「なあ。」
『じゃあ、ここで。さようなら。』と言おうとしたのを、横山の言葉が遮った。
顔は上げられないから、どんな表情をして彼が話しているのかは分からない。でも、先程発した言葉の張り詰め具合から、緊張していることが伺える。
緊張は伝染するのだろうか。僕も、その声の硬さから身をこわばらせる。
まだ、何かあるというのだろうか。
「なぁ…。」
思ったことはハッキリと言い、よく女の子を泣かせていた横山からは想像もできないくらい弱々しい声だった。
「どうしたの?」
洋子の問いかけにも応えず、僕らを再び沈黙が襲う。
「…今更、こんなこと言っても、遅いと思うけど…ごめん。」
絞り出すような声で、きっと沈黙に包まれていなかったら聞き逃したであろう言葉。人のいない3人だけの空間だったから、その言葉は、僕らの耳にハッキリと届いた。
「えっ…?」
「本当に…今更なんだって思うかもしれない!でも、本当に済まなかった!」
今度は体育館全体に響くほどの大きな声で横山は言った。言うと言うよりも最早叫ぶに近いかもしれない。
「ずっと、ずっと謝らないとと思ってたんだ!でも…でも…!」
段々と横山の声が震えていくのが分かり、意を決して顔を上げてみた。そこには、片手で顔を覆い、大粒の涙を零す横山の姿があった。
泣いている姿を見たのは、初めてだった。
当時は、いじめられて泣かされた時、やり返して泣かせてギャフンと言わせたい欲があった。でも今、横山が泣いているのを見てどうだろう?心の中にはスッキリとした清涼感も無ければ優越感も無い。かといって、申し訳なさや心配する気持ちがあるのかと聞かれればそれも無いのだが…。
僕の中にあるのは、『今更謝られたってなぁ。』という気持ちだけである。
今更、謝られたって失った時間が戻るわけじゃない。
今更、謝られたって横山への友愛の感情が湧いてくるわけじゃない。
今更、謝られたってもう何も変わるわけじゃない。
少し、冷めた気持ちでそんな事を思ってしまった。
洋子は、どうなんだろう?
そう思ってチラリと横にいる洋子を見ると、泣いている横山を悲痛な面持ちで眺めていた。同情をしているのか、それとも僕と同じように今更と思っているのか、真意は分からない。
「高校を卒業して…大学生になって教育実習に行った時、お前らのことを思い出したんだ。そういえば、小学校くらいから来なくなったよなって…。」
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