僕の話 32
書類をファイルに入れ、しっかりと鞄の中にしまいこむ。
「安元先生、本日はありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
「良いのよお礼なんて。しなきゃいけない仕事も残ってたから、どっちみち今日は学校に来なきゃ行けなかったしね。」
僕が思っているより学校の先生は忙しいらしい。休日である土曜日にも出勤をしなきゃならないなんて。
「…2人は今日はお迎え?時間はある?」
「?今日は歩きできました。時間も大丈夫です。」
どうしたのだろう?もしかしてまだ何か必要なものがあったのだろうか?
「もし、もし良ければ体育館の傍を通ってみて。本当に、良かったらなんだけど…。」
先程までの安元先生とは打って変わって表情に陰りが見える。体育館に何かあるのだろうか?
「でも、2人が無理だと思ったら帰ってもらってもいいから、無理はしないでね。」
「?わかりました。傍を通ってみます。」
洋子もうまく理解ができないようで、不思議な顔をしている。
「じゃあ、失礼します。」
「失礼します。」
2人で頭を下げて職員室を出る。
ドアから出る時に一瞬見た安元先生の顔は僕らを心配するような不安気な顔をしていた。
「先生、最後どうしたんだろうね。」
「な。体育館になんかあるんだろうけど、それにしてもなんか変だったよな。」
階段を降りながら2人で話す。体育館は確か左の方だったはずだ。
昼をすぎたからか、来た時にはあんなに騒がしかった生徒たちの声が今ではぱったりと止んでいる。グラウンドに生徒はおらず、自転車置き場に向かう子がちらほらいるだけだ。
体育館も同様で、中から生徒の声は聞こえない。先生が体育館の戸締りをしているのだろう、窓を閉める音と体育館シューズが床と擦れる音だけが響いている。
「もしかして、生徒がいなくなったから体育館の見学もしたらどう?ってことだったのかな?」
「体育館の?それであんなに無理しないでねとか言うかしら。」
「まぁ、良いじゃん。どうせなら体育館も見ていこうよ。小学校とあんまり変わらないかな?」
「違うのは広さくらいなんじゃない?でも、先生がいるみたいだから挨拶もしとかないとまずいんじゃない?」
ウキウキとしながら体育館に足を踏み入れる。床はワックスが塗られているからか光を反射してピカピカと光っている。上の窓から差し込んでくる光の筋が舞い上がる埃さえも輝かしている。
久しぶりの体育館に懐かしさを感じながら見ていると、用具入れに入っていた先生が出てくる。挨拶をしなければ。
出てきた先生の顔を見て、僕は息が止まりそうになった。洋子も目を見開いて呆然としている。
僕ら2人の間では数秒時が止まったように感じた。
向こうはこちらに気づいたようで、微かに動きを止めたが再びゆっくりと歩き始めた。
呼吸が乱れる。胸が締め付けられるようだ。うまく息が吸えない。なんで、どうして、ここに?手が震える、足も震える。逃げ出したい。今すぐここから走って逃げて布団を頭から被って閉じこもりたい。
そんな僕の様子に気づいたのか、先生はそこで足をピタリと止め、それ以上近づいては来なかった。ただ少し似ているだけの人かと思ったが、その反応を見て本人だと確信した。20年も経っているので同級生の顔なんて見ても分からないと思っていたが、それは大きな間違いだったようだ。少年から青年への成長した今も当時の面影が残っている。
「もしかして、横山…君…?」
そう尋ねる洋子の声は震えていた。
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