僕の話 30

願書を手に入れ、そろそろ中学校にも書類を書いてもらおうと言うことで、僕と洋子は1度も通ったことの無い母校へと足を運んでいた。


「ここが…俺らの母校か…。」

「母校って言っても1度も通ったことは無いけどね。」

事前に連絡をして、いつがいいか問うと、土曜日の午前中ならと言われその時間に門をくぐった。休日なので静かだと思ったら部活動をする生徒でいっぱいで平日の授業中よりも騒がしかった。

野球部のボールを打つ音、テニス部の掛け声、遠くから聴こえる音色は甲子園でよく聴くトランペットの音だ。

この中学のOBだと思われたのか、最初こそ見られたものの、生徒たちは直ぐに自分たちの部活に集中し気にされることは無かった。

少し体が強ばっていたけれど、わりとすんなり校舎に入ることが出来てほっと一息をつく。


「職員室ってどこなんだろ。」

「小学校だと一階にあったから、とりあえず一階を見てみる?」


小学校の時は校長室、職員室、保健室が一並びとなって一階にあったけれど、どうやら中学校は違うみたいだ。

端から端まで見ても職員室のしの字もない。

「無いね…。」

「二階かしら?」

分からないけど虱潰しに見ていくしかない。


二階にあがり、同じように見ていくと職員室があった。

「あった。」

「ここね。入るわよ。」

20年ぶりの職員室。昔は職員室に入るのはノートをまとめて先生に持っていった時やお説教をくらう時で、こんな風に自分から何かをお願いするために訪ねたことは無かったので緊張してしまう。


失礼しますと声をかけドアを開けると1人の女性教師がいた。年齢的には僕らの両親と同じくらいに見える。

「あらあら、もしかして貴方たちが電話をくれた優也君と洋子さん?初めまして、ここの中学校の教頭をやってます安元と言います。」

にこやかに微笑みながら話しかけてくれた先生は教頭先生だった。肩の下辺りに切りそろえられた髪が話す度に揺れている。

「この度はお時間を頂きまして誠にありがとうございます。」

「やだやだ良いのよ!そんな畏まらないで頭を上げて。ずっと貴方たちのことを待ってたのよ。ずっと。」


目を細め、どこか遠くを懐かしむようにして僕らを見る彼女は一体何を思っているんだろう。

「あの…。」

「あぁ!ごめんなさいね!感傷に浸っちゃった。えっと、今日は高校入試に使う願書の記入ですっけ?」

「そうです。これなんですけど…。」

トートバッグから願書を取りだし、差し出す。

「はいはいこれね。ちょっと待っててね。」

2人分の願書を手に取ると、くるりと踵を返して机のところに行き、眼鏡をかけて書類に目を通し始めた。なんとなく手持ち無沙汰になりキョロキョロと辺りを見渡す。

僕の居心地の悪さに気づいたのか、教頭先生が提案をしてくれる。

「出来上がるまでに時間がかかると思うから、良かったら中学校の中を見学していって。部活をやってるとこもあるから気をつけてね。」

「…良いんですか?」

洋子が聞き返す。

「全然構わないわよ〜!休日だから開いてないところもあるけど、教室とかも見てってちょうだい。」


そういうことで、俺と洋子は母校の探検をしに行くこととなった。あのまま職員室に居ても良かったのだが、待たれていると教頭先生が焦るだろうという考えからだった。

「確か、音楽室は昼まで吹奏楽部が使ってて、美術室は美術部、図書室は文芸部が使ってるんだっけ?」

「美術部と文芸部は好きに来て好きに帰るらしいから、開いててもいないときもあるそうよ。最初と最後だけ先生が来て鍵を閉めるみたい。」

「中学校の部活って結構緩いんだな。」

「部によるんじゃない?体育系の部活は大会が近いから昼からも練習するみたいだし。」


ほーんとかふーんとか言いながら階段を上がっていく。教室は当たり前だけどどこも変わらなかったので、1つ2つ見たらもう後は見なかった。1番上の階に着くと、右側から音色が聞こえてきた。吹奏楽部だ。

音楽室から生徒が出てくるのではと思い、直ぐに下に降りようとしたが、洋子はそこから動かなかった。

「洋子、洋子、早く下に降りようぜ。生徒が出てくるかもしれない。」

「今は合奏してるみたいだし大丈夫よ。それにしても、この曲懐かしいわね…昔聞いたことがある気がする。」

大丈夫と言われても信じることが出来ず、半分ほど階段を降りて、そこで曲を改めて聞いてみる。

「なんだっけ、これ…洋画だったよな…。」

「テレビとかですごい流れてたよね。地球を守るために宇宙に向かう人達の話。」

「それそれ!たまに金曜ロードショーとかでやるよね。CM見ると思い出すわ。」

オーケストラではなく少人数の吹奏楽なので、本物の迫力と比べるとやはり些か劣ってはしまうが、限られた部活動の時間の中で精一杯練習をしたのが伝わる演奏だ。彼ら、彼女らの青春が詰まっている。


「良いなぁ。」

「ね。」

「…洋子はさ、もし中学に行ってたら何部に入ろうと思ってた?」

僕らが出会ってから1度もした事の無いたらればの話。こんなことがしたかった、あんなことやりたかった、という話をすると後悔に押しつぶされそうだと思ったし、洋子に聞いて琴線に触れるのも嫌だと考えていた。

でも、ふと気になって聞いてしまった。


「…部活かぁ。行きたかった中学はあの頃には珍しく英語に力入れてたんだよね。だから、合格出来たらESS、英語部に入りたかったんだよね。」

「英語部…そういえばお前英検持ってたもんなぁ。」

「そういう優也君は?何部に入りたかったの?」

「俺?俺は全然考えてなかった。あーでも、今見た感じだとテニス部良いよな。かっこいい。」

もうすぐ、演奏はクライマックスだ。

終わりそうな雰囲気を感じ、俺らは音楽室を離れ別の場所へと足を向けた。


美術室も図書室も中から声が聞こえず、そろりと覗いてみると誰も生徒はいなかった。美術室は入ると独特な匂いが鼻をついた。小学校で使ってた絵の具にはない匂いだ。その匂いがなんだか大人な感じがして、肺いっぱいに吸い込んでみた。

図書室は、本の貸し出しカウンターや長机など、小学校と変わらないものも多かった。本の種類が少し難しそうだなというのが感想だ。

図書室もぐるりと一周見渡してみると、端っこの方に『中学校の歴史』と書かれているコーナーがあった。気になって近づいてみるとこの中学校の創立記念日の様子をまとめた資料や歴史が書いてある冊子が見つかった。


「こんなんも中学には置いてあるんだな。」

「何これ?…中学校の歴史…?へぇすごい、ちゃんとこれまでの変遷とかが書かれてる。」

パソコンで打ったものを印刷し、ホチキスで止めただけの簡単な冊子ではあったが、中学校のことについて詳しく書かれており、制作者の愛を感じる。

「あれ、これもしかして卒業アルバムじゃねぇ?」

中学校の歴史コーナーの隅に置いてある分厚い型紙の冊子。この大きさ、この重厚な感じ…自分の手元にもあるから分かる、これは卒業アルバムだ。


「卒業アルバム?1冊しかないし、それに個人情報とかもあるからそれは無いんじゃない?ほら、どっちかっていうと普通のアルバムみたいよ?」

するりと本棚からアルバムを取りだし、パラパラと中身をめくる。すると、出てきたのは卒業生の写真ではなく、教師の写真だった。


「今までここに着任してくれてた先生の写真を貼ってるみたいね。それぞれの名前のところに何年に来て何年に離任、退任されたのかも書いてある。」

「俺らの先生って、どんな人?年代で分かるんじゃね?」

「中学校からは教科ごとに担当の先生が変わるからハッキリとこの人とは分からないけど、もしかしたらこの人だったかも〜くらいは分かるかもね。」

洋子は薄く笑いながらページをめくる。

なんだよ、お前だって気になるだろ。


「ここかな。」

めくる手を止めると、端っこから先生の顔と名前を見ていく。

「この先生厳ついな。えっと、生活指導の先生?生活指導?」

「校則違反をしてる人を指導する先生ね。」

「えっ、めちゃくちゃ怖いじゃん。この先生に怒られたら俺もう二度と校則破らないと思う。」

「そう思われるためにわざと厳つい先生がなってるのかもね。」


英語の先生、シャツが派手だな。とか理科の先生はみんな白衣着てる。とか良いながら見ていたが、ある1人の教師を見て2人とも固まってしまった。


『安元静香 国語担当 』

写真の中で微笑むその先生は、先程出会った教頭先生だった。

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