僕の話 29

あの後、洋子は部屋から出て高校受験を辞めることを辞めると言った。

なんで部屋に閉じこもっていたのかは言わないつもりだそうだ。今までなんでも話してきた両親に初めての隠し事だ、なんて笑っていたけどそれで良いと思う。


2週間に1回の僕のお宅訪問も再開され、僕の母親は久しぶりに洋子の顔を見た時、何も言わなかったがホッとした表情を見せたのが分かった。

それに、授業終わりに持ってくる茶菓子だって洋子の好きな物ばかりで、彼女が帰ってくるのを心待ちにしてたのがバレバレだった。


「この1年ももう終わりだね〜。」

ふと上田先生がそんな事を言い出した。

確かに、今は師走、世間はクリスマスが過ぎ、あともう少しで大晦日となるためお祭りムードが漂っている。

夕飯時のテレビでも流れるのは2時間、3時間の特番ばかりで、おかげで今はどの番組を観ようか迷うことばかりだ。


「もう1年が終わるのか〜…。」

「あっという間ね。」

高校に通うと決意して10ヶ月が経つ。

その間、色々なことがあった。母や父の思いを知ったり、上田先生に会って学ぶはずだった勉強内容を学習したり、洋子に再会して僕の知らなかったその後のことを聞いたり。

あのまま閉じこもっていたら分からなかったことをたくさん知れた。


「…部屋の中にいる時には、1年がすごく長く感じて、大晦日が来ると“ やっと1年終わるのか”って思ってたけど、今年は本当にすぐって感じ。」

「確かに。」

「色々やることがあったからね。年明けからも忙しいよ〜。願書書いたり、中学校に書類書いて貰いに行ったり。」

「えっ、中学校に行かなきゃいけないんですか!?」

「高校受験のための願書には、卒業した中学校に書いてもらう欄があるからね。それがないと定時制は受けれないんだよ。」

「1回も通ってなくて、高校受験のための書類を書いてもらいに行くのが最初で最後になるなんて不思議な話ね。」

「まぁ、別に無理に行かなくても郵送するって手もあるから。」

「でも、折角なら一度行ってみない?」

「うーん…まぁ、それでも良いかなぁ…。」


受験って準備することが結構あるんだなぁ。

洋子に聞いた英検とかは、書店とかで申込用紙と費用を払ってはい受検って感じらしいけど、やっぱり学校とかになると違うんだと感じる。

「とりあえずは願書を貰ってからかな。願書も取り寄せないとね〜。」

受験生らしからぬのほほんとした空気に包まれながら今年最後の家庭教師が終わった。



年が明けて最初の授業の時には、3人で近くの神社にお参りに行った。初詣なんてそれこそ昔の知り合いに会うんじゃないかとビクビクしていたが、三賀日が過ぎた頃だったので人はまばらで心配するほどではなかった。

小学生ぶりにおみくじを引くと中吉とこれまたなんとも言えない結果だった。

「絵馬書こう絵馬!」

「絵馬…?」

「これ。これに願いを書いて奉納するのよ。」


今年の干支が書かれた絵馬に願い事を書き奉納する。


どうか、みんなの願いが叶いますように。



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