洋子の話⑤
「なんだか…久しぶり、だね。でも見てすぐ洋子ちゃんだって分かったよ!だって、全然変わってなかったから…。」
土地の開発とともに出来た格安ファミリーレストランに向かい合って座る彼女は、気まずそうにそう言った。
買い物途中に声をかけられ、懐かしい声に振り返ってみるとそこに居たのは杏子だった。
髪を明るい茶色に染め、流行りのワンピースに身を包んだ彼女は、とても綺麗だった。
対する私は、小学生の時と変わらず肩までの長さの黒髪ボブに眼鏡、流行りなんて感じない半袖シャツにジーパン姿だった。
同級生でも無ければ絶対に会話することなんて有り得ないだろう外見の組み合わせに、少しだけ恥ずかしくなった。
「元気…だった…?」
「まぁ…普通。」
2人とも目を合わすことはなく、私は手元のカップをじっと見つめていた。
「…帰ってきてたんだね…。」
母親や父親から、同級生の話はちらほら聞いていた。最初は私が聞きたくないだろうと思って、その話題は避けていたらしいが、私が彼らは今どうしているのかを質問したのをきっかけに話してくれるようになった。
新しい団地が出来、外からの人が増えたと言ってももともといた人たちの情報網が途切れる訳では無い。やれあの子はどこの大学に行ったとか、やれあの子はできちゃった婚をしただとか様々な話を聞いた。
橋本君は中学受験をして第3志望に受かり、通っていたが成績は下の方で思春期も相まって荒れに荒れた。その結果、退学寸前とまでなり、退学は体裁が悪いので転校をし、結局私が通う予定だった中学に来た。そこで、また小学校のように自分中心の学校生活をしようとしたらしいが、私立中での悪評もあり孤立していった。
小学生の時には橋本君に加担していた3人は、中学生になって改心していた…なんてこともなく、最初は相変わらず悪さをしていたが、先生からキツく叱られたり、親からも相当突き放されたり、終いには同級生たちに腫れ物のように扱われた。もともと、根は優しく真面目な田舎の少年達だったため、自分たちの行いが認められるものでは無いことに気づき始め大人しくなっていたようだ。橋本君が自分たちの通う学校に転校してきた時は、驚いたようだけど、もう誘いに乗ることは無かった。
杏子は中学生になっても橋本君と付き合っていたらしいが、1年の一学期に遠距離で自然消滅をし、二学期には学年のリーダー格の男子と付き合ったそうだ。
そんな杏子は、高校卒業と同時に都会へ就職したと聞いていた。なぜ、今ここに?
「あー…うん。実はね、関東の方で就職してたんだけど、仕事上手くいかなくて…。」
どんな職種に就いていたのかは聞いたことはないが、お世辞にも要領がいいとは言えない彼女のことだ、何か仕出かしてしまったのだろう。
「こっちに帰ってきたってことは、再就職は地元にしたの?」
「あっ、いや、そういう訳じゃなくてね…。居るんだ…子供。」
その言葉に弾かれたように顔を上げると、彼女は手のひらを大事そうにお腹に当てていた。仕事が上手くいかなくて帰ってきたことと子供が結びつかない。
「…あはっ。嘘なんてつけないから、言うんだけど…結婚、するんだ。」
「結…婚…。」
「うん。実は、高校卒業した後アパレルで働いてたんだけど、売上も伸びないし人間関係でも揉めちゃって…1年も経たずに辞めちゃった。でも、こっちには帰ってきたくなかったし新しい仕事探さなきゃって思って探してたんだけど、大した資格も持ってなかったから見つからなくて…。」
「……。」
「貯金もないし、本当にどうしようって時にさ、健…覚えてる?健君、田中健君。」
「そりゃあね…。」
だって、橋本君と一緒にいじめの中心にいた子だもん、忘れるわけが無い。
「健と偶然会ってさ、懐かしいねってなってご飯一緒に食べたりして…。段々会ううちにさ、親身になって話聞いてくれるし私の事本気で心配してくれるし…好きに、なっちゃってさ。」
溶けたような顔で思い出を話す彼女を見ていると、胸の奥底から黒い塊がせり上がってくる感じがした。
「健も好きって言ってくれ…で、今お腹の中には健との子供がいるの。初産で、2人だと身の回りの事が大変だろうからって親に帰ってこいって言われてさ。出産のために帰省中ってわけ!」
言い終わってスッキリしたのかニコニコと笑顔を向けてくる。
「洋子ちゃん見つけた時にはビックリしちゃった。まだここに居るんだ〜って!洋子ちゃん賢かったから、別のところでバリバリ働いてると思ったし。」
その言葉に微かに眉間に皺が寄る。表情の変化には、気づいていないようだ。
「洋子ちゃんもこんな町から出てみたら良いよ!楽しいもの沢山あるし、運命の人とだって出会えるよ!」
「出れなくしたのは、誰なのよ。」
我慢ならずに言ってしまった。
「えっ。」
「こんな町から、出れなくしたのは誰なのよ…!」
「もしかして…洋子ちゃん、まだあの時のこと引きずってるの…?」
瞬間、私の中で何かが弾けた。
「引きずってるの?だって…?あんた自分が何したか分かってないの?」
冷静に、冷静に…。自分にそう言い聞かせて、静かに言葉を発する。
「そりゃ、悪いことしたとは思ってるよ…でも、あの時は私だって橋本君が好きでたまらなかったし、健だってあの時は悪かったって思ってるよ!」
「思ってるだけじゃダメなのよ。思ってたって1度だって謝りに来たことはないじゃない。」
「洋子ちゃんは、私になんて会いたくないだろうなって思って…それに、謝られたって迷惑だと思って…」
「ならなんで今日は声をかけたのよ。迷惑だって思われてると考えたんなら、今日だって声をかけなければ良かったじゃない。」
「…洋子ちゃん、おかしいよ。久しぶりにあった友達に声掛けちゃいけないなんて、おかしいよ。…洋子ちゃんは、もっと心が広いと思ってた。なんか、変わったね。」
変えたのは、あんただよ!と叫んでやりたかったけれど、周囲の目もあるため、ぐっと堪えた。
「あなたは変わらないね。いつもいつでも自分が悲劇のヒロインになったみたいに相手のことを考えずに発言するの。何が田中君との運命よ。それがきっと横山君や高橋君だったとしても同じこと言ってたんでしょ?」
杏子は怯んだような顔をしたが、負けじと言い返してきた。
「でも、私が会ったのは田中君だったから、きっと運命だったんだよ。洋子ちゃんのお母さんとお父さんは可哀想だね。娘はずっと家にいて結婚もしなければ孫の顔も見せない。何も出来ないじゃない。」
“ 何も出来ない”
誰に言われなくたって、そんなこと、自分が一番分かってる。
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