洋子の話②
耳を疑うような話を聞いたのは6年生の6月頃だった。
『 杏子が橋本君と付き合っている。』
嘘だと思った。
だって、杏子はいつも私の話を聞いていて、橋本君たちが私に何をしているのか、私がそれを受けてどんな気持ちでいるのかを知っているはずだ。それなのに?
自分の目で見るまではただの噂だろうと、どうせ橋本君が可愛い杏子に目を付けて無理矢理迫ったに違いないと思っていた。
日直の仕事の教室のごみ捨てを終えた後、窓側の自分の席に荷物を取りに行った。ふと外を見るとなんと杏子と橋本君が2人手を繋いで帰るところが見えた。
杏子の顔は力に怯えるわけでもなく、ただただ幸せそうに笑っていた。
杏子は、脅されたわけではなく、自分の意志で橋本君と付き合っていたのだ。
今まで私の話を親身になって聞いてくれていたのは何だったのだろう、親友だと言ってくれていたあの言葉は嘘だったのだろうか。途端に杏子のことを信じられなくなり、その後塾で顔を合わせても話すことはなくなった。
裏切られたと思い、彼女を避けること数週間…なんと杏子が学校で私に詰め寄ってきたのだ。学校では話さないようにしていたので驚きを隠せなかった。
「なんで…最近無視するの…。」
杏子は既に目に涙を溜めながら言葉を紡いでいく。
学校では私は今ターゲットになっていることをみんな知っている。それなのにそのターゲットにリーダーの恋人が話しかけるだなんて…今後の展開がどんなものになるのかみんな固唾を呑んで見守っている。
4人は丁度お手洗いに行っておりその場にはいなかったが、こんな場面を見られたらそれこそ柴田君との大喧嘩の二の舞いになるに決まっている。帰ってくるまでには話を終わらさなければ…。
「無視、してないよ…。」
「嘘!嘘だよ!最近塾に行っても全然話してくれないし目も合わせないじゃん!そんなの…そんなの無視以外になんだって言うの!?」
遂に杏子の目からは耐えきれなかった涙が零れ始めた。周りの女子たちはとりあえず泣いている杏子を慰めなければと、言葉をかけている。
「洋子ちゃん酷い…。杏子ちゃん泣いちゃったじゃん!」
「そうだよ!無視するとかありえないじゃん!こんなに杏子ちゃん傷ついてるんだよ!」
女子が口々に非難の言葉を投げかける。
酷い?誰が?私が?
あんたたちに囃し立てられて迷惑してるって言ったのに、裏切ってそのリーダーと付き合ってる杏子を無視したから?
傷ついてる?誰が?杏子が?
席替えの時わざと木嶋君と隣同士にされてクスクス陰口叩かれてた私よりも?
「…みんなだって、私の事、無視とかしてたじゃん…。」
酷い!謝って!の大合唱だった彼女たちにそう言うと、その場は水を打ったように静かになった。一度口から出してしまうとあとはもう壊れた蛇口のように溢れるだけだった。
「無視が酷い、謝ってっていうんなら、みんなだって私の事無視したんだから謝ってよ!それに毎回毎回相合傘とか夫婦だとかつまんないのよ!同じネタしかないの?」
睨むように教室を見渡すと罪の意識はあるのか目を合わせようとしない。
「どうせみんな4人のことが怖くて良いか悪いかも考えずにやってるんでしょ!優也君が学校に来れなくなったの、みんなのせいでもあるんだからね!!」
肩で息をしながら、胸の内に溜まっていた鬱憤を全て吐き出した。優也君が学校に来れなくなったのは、みんなのせい、そして、私のせい。
結局、その場はそこでチャイムが鳴り、おしまいとなった。先生はお通夜みたいな教室の雰囲気と泣いている杏子にギョッとしてものの、特に何も言うことなく授業に入った。
何かがあったのなんて、誰だって分かるのに。また、先生に失望した。
4人は授業になっても帰ってこなかった。
6年生になってからは、授業をサボるということを覚えたからだった。
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