ぼくの話 21

「洋子、ちゃん…?」

母さんもぼくの隣に座る彼女に気が付いたようだ。

ぼくも母さんも驚きを隠せない。だって、今ぼくたちが来ているのは定時制のオープンスクールなのだ。彼女は教員を示す名札を付けていない。

ということは彼女も定時制のオープンスクールに来た、つまり、彼女も高校に行っていないということなのだ。


「なん…で…。」

驚きすぎたぼくはこの言葉を言うだけで精一杯だった。


なんで、ぼくに気づいたの?

なんで、ここにいるの?


なんで、高校に通わなかったの?


色んななんでが頭の中で渦巻いたけど、彼女は冷静に『 オープンスクール、始まるよ。』とだけ言って前を向いてしまった。

高校の先生から何か説明があったけど、よく覚えていない。隣でシャーペンを走らせる音がする度に彼女の方が気になって仕方なかった。

校舎を見学している時も質問会に参加している時も上の空で、気づいたらオープンスクールは終わっていた。

よし、今だ!聞こう!と意気込んで周りを見ても彼女はいなかった。

帰ったのだろうか?


もう少し探してみたかったが、母さんが『 上田先生を待たせちゃ悪いから帰るわよ。』と言ったので駐車場へと足を進める。

すると、なんと彼女は上田先生の隣に立っているではないか!しかも上田先生と談笑をしている。

ますます訳が分からなくなり頭にハテナを浮かべながら近づいていくと、2人ともぼくらに気づいたようで車に乗り込んだ。えっ、洋子も乗るの?

母さんもよく分かっていないようだったが、とりあえず乗ろうということで後ろに乗り込んだ。

道中、もしかして何か言われるのかとビクビクしていたぼくだったが、予想に反して世間話をしてぼくの家に辿り着いた。えっ、てか洋子途中で降りるわけじゃないの?


「優也君のお母さん、ちょっと優也君と話しても良いですか?」

家に着いて、彼女は突然そう切り出した。

「優也と?それは別に構わないわよ?応接間が空いてるから入って話したら良いわよ。」

母さんは二つ返事でOKし、ぼくと洋子と上田先生で応接間に向かった。ぼくと向かい合う形で2人が座ると、母さんが丁度お茶を持ってきた。

「ごめんね、こんなものしかないけどゆっくりしていってね。」

「そんな…こちらこそいきなりお邪魔して申し訳ありません。出来るだけ手短に済ませますね。」

「まぁまぁご丁寧に…。良いのよ。どうせこの後優也に予定はないんだから1時間でも2時間でも話していってね。」


予定がない暇人扱いされたことに少しムッとするが、その通りなので言い返すこともできない。

それよりも、問題は洋子だ。一体ぼくに何の用だというのだろうか。

母さんが戸を閉めて部屋を離れたのが分かると、徐に彼女は話し出した。


「優也君、ビックリしてたね。」

「まぁ、そりゃするだろ…だって、定時制のオープンスクールにお前が…洋子がいるなんて、思わないだろ…。」

「なんで?」

「だって…そりゃ、洋子、頭良かったし…それに…。」

「……。」


普通、みんな高校行ってると思うだろ。なんて、高校に行っていないぼくが言えることではない。学年で1、2を争う秀才だった洋子だ、学力が足りなくて高校に行けなかったなんてことは無いだろう。家計が苦しいという話も聞いたことがない。

考えられる最後の選択肢は…


「学校、行かなかったの。私も。」

自分の前に置かれた氷の入った麦茶を眺めながら洋子はハッキリとそう言った。

思っていても口に出せなかった選択肢を彼女は自ら明かしてくれた。


「優也君は、知らないよね…ううん、知れなかったよね、あれからどうなったのか…。」

彼女が指す“ あれ”とはもしかしなくても、ぼくがいじめ事件のあとに不登校になったことだろう。


知らない。だって誰も教えてくれる人なんていなかったから。

分からない。だってぼくは何も知ろうとしなかったから。

あの、いじめ事件の後から、ぼくが不登校になった後からみんなはどうなったのだろうか…?

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