ぼくの話⑳
高校に通うことを決めてから、上田先生と出会ってからぼくはどんどん新しい僕になっていった。
勉強をして、イメチェンをして、外にも出られるようになって…。20年ずっと自分の部屋に引きこもっていたのが嘘みたいだ。
外は、楽しい。忘れていたそんな感情を取り戻してきていた。
日課が夜の散歩から昼の散歩になったぼくは、外に出ることにもあまり抵抗が無くなり、オープンスクールに行く気にもなっていた。
「先生、俺オープンスクール行きます。」
「おっ、行くんだね!申し込みの仕方教えとこうか。」
最初にこの紙を見た時には、こんな風になれるとはこれっぽっちも思っていなかった。人生は何が起こるか分からないものだ。
先生から、申し込みの仕方を教えてもらい、早速申し込んだ。
あとは、当日までに必要なものを揃えなければ…スリッパに申し込みの紙…あと資料を貰った時のためにカバンと筆記用具…。
母さんにオープンスクールに行くことを伝えると自分も行くと言って聞かなかった。なんでも息子がどんな学校に通うのか見ておきたいのだそうだ。
30にもなって親同伴で学校に行くなんて…と気恥しさもあったが、正直高校の先生に何か説明されても全てを理解できる気はしないのでここはついてきてもらおうと思う。
初めての、高校。初めてのオープンスクール。
どんな人達がいるのだろうか。
時は流れてオープンスクールの日になった。洗面所の鏡の前で髭を剃り、寝癖がないかをチェックすると母さんとともに上田先生の車へと向かう。
ここから高校まで車で45分かかるそうだ。父親は仕事なので、どうやって行こうか悩んでいたところ上田先生が車を出すことを提案してくれた。
流石に家庭教師の先生にそこまでやってもらうのは…と母さんは遠慮をしたけれど、『 僕がやりたいだけですから。』と上田先生が言ってくれて乗っていくことになった。
近くに電車は通っていないので、2人でこの真夏の炎天下の中汗だくで歩いていかなければならなかったことを考えると、ありがたい限りだ。オープンスクール中は近くのお店をぐるぐるしているから存分に楽しんできてね!と言ってもらえた。
高校について受付を済ますと空いているパイプ椅子に腰を下ろした。久しぶりの大人数に手のひらに嫌な汗をかくのを感じたが、ぼくはもう知っている。みんながみんなぼくのことを見ている訳では無いと。
久しぶりに外に出る時、ぼくは近所の人はみんなぼくを見て悪口を言うに違いないと思っていた…床屋でも入った途端に笑われたり嫌な顔をされたりするものだと思っていた。
でも実際は違った。ぼくを見ても悪口は言われなかったし、笑われたりもしなかった。いじめられた事で心が敏感になっていたのかもしれない。
それとなく周りを見回してみると、やっぱりぼくのことを見ている人なんていなかった。同じように親と来ている人もいたし、1人で携帯をいじっている人もいた。テレビで観たような定年間近の年齢の人はいなかったが、誰もがぼくに近い年齢に見えた。
…ゆっくりと見回していると、1人の女性と目が合った。ギクリとして目を一瞬逸らしたが、まだ向こうはこちらを見ている気配がする。誰も、こちらを見ることなんて、ぼくを見ることなんてないと思っていたから…。
なぜ彼女がぼくの方を見ているのか理解ができず、視線を戻すことができない。まさか、変なところでもあったのだろうか?出発前に鏡を見た時には寝癖もなかったしおかしな所はなかったはずだ。
なら、何故?もしかしてダサいとか?
でも見ているのは彼女だけだ。他の人はぼくのことなんかこれっぽっちも気にしていない。ダサかったらもっと他の人にも何か言われてるのでは?
訳が分からず、ずっと視線を下に向けていると、横に誰かが座る音がした。オープンスクールのために置かれたパイプ椅子は50脚ほどはあったはずで、まだまだ座る場所はあるのになんでわざわざぼくの隣に?
「久しぶりだね、優也君。」
その落ち着いた声には聞き覚えがあった。
なんで、どうして、様々な疑問が頭の中を駆け巡る中、ぼくは隣に座った彼女を見た。
20年経った今も強い意志の宿る瞳はそのままで、肩に揃えて切られた黒髪も紺色の細いフレームの眼鏡も当時の面影を残したままだ。
「洋…子…?」
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