ぼくの話⑲
あの日、外に出て思ったことを母さんに聞いてみると、やっぱりぼくが思っていたことは間違いではなかったようだ。
ぼくの同級生はほとんどが大学進学や就職を機に県外や県内でも栄えているところへ行ってしまったらしい。近所に住んでいた人たちは、一家で県外に引っ越した人もいれば、結婚をした息子と同居することにした人、定年を迎えたので元々住んでいたところへ帰った人と様々な理由でこの土地を離れていた。
それでも家が増えているのは、この地域に主要道路が出来たのが大きいのだそうだ。人はいないが土地は有り余っていたこの地域に、市街と市街を結ぶ道路を作ったのである。今までは迂回して通らなければならなかったところを直線で行き来できるようになった。そうなれば後はあっという間だったらしい。道路の近くにコンビニや運送会社の中継所ができ、新しい団地もできた。ここら辺も新しい家ができ、空いた家にも人がどんどんと入るようになった。
かつて、ぼくが過ごしたこの地域は、全くの別のものへと変わっていたのだ。あんなに怯えていたご近所さんたちも、今はもうおらず、僕の知らない誰かになっていた。
20年で様変わりをした故郷に哀愁と知り合いはほとんどいないという嬉しさ、そして、そのことに気づかず20年も無駄にしてしまったという後悔がぐちゃぐちゃになって口の中に広がった。
夜の散歩が日課になりつつあった時に、ご近所さんに会ったことがある。ゴミ出しをしていたその人は初めて見るぼくに驚いた感じはなく、そのまま自分の家に帰ってしまった。
小さい頃に近所の人に出会ったら必ず挨拶をしなさいと教えられてきただけに、何も無いのは無視をされたのだろうかと考えたが、最近の近所付き合いはこんなもんなんだそうだ。どこかの家の知り合いか、何かの配達員だと思うらしい。
それに最近だと知らない人が子供に声をかけると不審者扱いをされるのだという。冗談っぽく母さんが『 遊んでる子を見かけても声をかけちゃダメよ。』なんて言っていたが、そんなことで不審者扱いされるなんて笑えない。
ぼくが20年かけて新しい自分になったのと同じように、この町も新しいものとなったのだ。
夜に散歩ができるようになったこと、実は周りには知り合いはほとんどいなくなっていたことを上田先生に伝えると、今度こそ美容院に行こうと誘ってきた。
無造作に切った髪はお世辞にもきれいとは言いがたく、外に出る時は夜だろうと帽子が手放せない。髪型をスッキリさせたら帽子はいらなくなるだろうな、昼にも外出できたらもっと自分にも自信がつくと思うな、と思い二つ返事でOKを出した。
駐車場に停めてある上田先生の愛車に乗り込み、早速出発をする。
「気分が悪くなったりしたらすぐ教えてね。無理に今日切らなくても良いから。」
「大丈夫、です…。」
「んふふ、そっか。でも、本当に外に出れるようになったんだね。車に乗ってくれてる。」
「ここら辺の人、決まった時間は多いけど、それ以外の時間帯だとあんまり外にいない、から…。」
「まぁ、今夏だしね。わざわざ暑い外に出てこないよね。」
上田先生はぼくと会話しながら器用に車を走らせて行く。一旦会話が途切れたときに外を見てみた。
かつてあった町並みはどこへ行ったのか…ぼくの記憶の中には存在していないオシャレなお店やアパートがちらほらと点在している。小学校からの帰り道、友達と鬼ごっこをしながら通った田んぼのあぜ道は埋め立てられて一軒家となっている。お小遣いを握りしめて一つ一つ丁寧に選んだ駄菓子屋は、横文字が踊る雑貨屋になっていて面影すら残っていない。
ぼんやりと外を眺めていると目的地に到着したようだ。周りに知り合いがいないかを入念に確認し、顔を見られないように俯いて歩いた。
昔ながらの床屋で、お客さんの年齢層も店員さんの年齢層も高めだ。店に入った時、店員さんは声をかけてきたがお客さんは誰もこちらを気にしたような感じはしなかった。そこで漸く顔を少しあげる事ができた。
みんな思い思いに待ち時間を過ごしている。
順番が回ってくるのは早いもので、あっという間に自分の番になった。どんな風に切るのか聞けれたけれど、よく分からなかったのでお任せにした。シャンプーを含めて30分ほどで終わった散髪は、ぼくをさらに新しくした。
短くなった襟足を撫でる。髭を剃り、髪を切ったぼく。これが本来のぼくの姿なのか。
半年前、髭や髪を適当にハサミで切っただけのぼくはもういない。
当たり前だが、髪を切ってもらうとお金がかかる。代金を言われてもお金を持っていないことに気づいた。焦るぼくの横で上田先生がお札を何枚か出して払ってくれた。
「先生、お金…。」
「あぁ、お金?大丈夫だよ。ちゃーんとお母さんから貰ってるから!」
自分が生まれ変わるためのお金は今のところ全て親に出してもらっているという事実に今更ながら気づいた。
早く、自分で稼げるようになりたいと初めて思った。
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