ぼくの話⑱

早速、ぼくは外に出る練習をした。

昼間に外に出るのはハードルが高いならば、夜中に出てみるのはどうかと提案された。

確かに夜中ならば外に出ている人はいないだろうし、こんな田舎だ。街灯も少なくて誰が歩いているのかなんて遠くからでは分かりっこない。


ということで、夜も更けた午後11時2回目の外出チャレンジだ。

自分で適当に切った髪の毛を隠すために帽子を被り、マスクをして玄関のドアに手をかける。伸ばす手が小刻みに震え始める。呼吸も浅く速くなってきた。耳元ではご近所さんの話し声と笑い声が聞こえてくるような気がした。大丈夫大丈夫、だいじょうぶ…。


呪文のように励ましの言葉を繰り返し、深呼吸をする。ふと、以前にもこんなことをやった気がするのを思い出した。

あぁ、そうだ。自分の部屋から出る時にも同じことをした。


高校に通うことを決心し両親に話をする際、自分の部屋のドアを開けるのを酷く躊躇った。2人からどんな反応が返ってくるのかが怖くて、もしかしたらまた叱られるんじゃないかと怯えて、自分の狭い世界から飛び出すのに時間がかかった。

それが今ではどうだろう。自分の部屋の中だけだった世界が家の中にまで広がり、新たな人と出会い、そして夢に向かって勉強をしている。ただぼんやりとすることもなくテレビを見続けていた自分が、今では外に出るのに挑戦するまでになったのだ。


人間とは、現金なものなのかもしれない。目に見えて成長するのが分かると途端に勇気が、自信が湧いてくるものなのだ。


部屋から出れた自分なら、外にも出れる。


唇をかみ締めて、耳元の話し声は聞こえない振りをして、息を止めてドアをゆっくりと開く…。


そこに広がるのは真っ暗な闇。近くの家に置いてあるフットライトには明かりに群がる虫がいるが、誰もいないので気にするわけもない。耳元の話し声も、今はもう聞こえない。

誰もいない。何もいない。ここには自分一人だけしかいないような錯覚に陥る。安心感を覚え、ついでに玄関先まで歩いてみる。

砂利を踏む感触に懐かしさを覚えながら、あまり大きな音を立てないようにゆっくりと1歩1歩踏み出していく。空を見上げれば半分になった月が輝いている。その近くに輝く星は、理科で習った夏の大三角だろうか。デネブ、ベガ、アルタイル…オリオン座が確か近くにあったはずだ。

夏の夜はこんなに暑かっただろうか。近頃は異常気象だなんだと言われている。今日も熱帯夜になると言っていた。まとわりつく湿気と自分を包み込む暑さに、立っているだけで汗が吹き出てくる。

外、外、外、これが夏、夏の夜。季節は毎年巡ってくるけれど、いつも部屋の中にいてエアコンをつけていたから今の夏がこんなに暑いだなんて思わなかった。込み上げてくる熱い何かを抑えながら、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。


周りの家を見渡してみると、あることに気づいた。ぼくの記憶にある家よりもオシャレなものが増えた気がする。数も、少しだけ増えたような…。20年も経てば記憶も怪しくなってくるし、思い違いかもしれない。


踵を返し、またゆっくりと歩いて玄関まで帰った。

今度は震えない手でしっかりとドアノブを握り玄関を開けた。

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