母の話③
いつものように週に2回の家庭教師を息子が受けている時、玄関から悲鳴に近い叫び声が聞こえてきて!慌ててリビングから飛び出していきました。
そこで目にしたのは玄関に佇む上田先生とうずくまる息子の姿でした。
もしや、上田先生が息子になにかしたのでは?と嫌な想像が頭を過りました。
上田先生はあの人が突然連れてきた家庭教師の先生で、私もよく分かっていません。今まで息子と上手くコミュニケーションを取っていたので大丈夫だと思っていたのですが、それは間違いだったのでしょうか…?
状況が飲み込めずしどろもどろとしていると、上田先生が優しく声をかけて応接間へと入っていきました。心配になり私も入っていこうとすると先生に手で制されました。
あの人は上田先生に任せておけば大丈夫だからと信頼を寄せているようですが、先程の光景を見た後では安心をすることはできません。
廊下で息を潜めて会話を聞いていると、感情が昂っているからかいつもより大きな声が聞こえてきました。
そこで聞いた内容は、私の想像の遥か上を行きました。
みんなから無視をされていたこと。
いつも物を隠されていたこと。
学校で暴力を受けていたこと。
いじめは、終わっていたと思いました。
橋本涼君のところはなかったけれど、他の3人の家からは親御さんが来てきちんと謝ってくれましたし、金輪際このような事が無いようにキツく叱っておく、とも言われました。
親御さんがそこまで言うなら…と納得し、和解しました。その後は、優也自身も何も言わないので子どもによくあるからかいの延長だったのだと思っていました。
だから、もう少しで冬休み、というところで優也が学校を休み続け、遂には通わなくなった時には原因が分からず困惑をしました。
あの時も、いじめは続いていたのです。
それまで、開いていたドアが完全に閉められるようになった理由も思春期だからではなく、きちんとあったのです。
あの時も、優也は苦しんでいたのです。
子どもが悩み、苦しんでいたことに気づくことが出来ないなんて…私は、本当に親としてダメだったのです。
優也が苦しみを告白する度に、私の目からもとめどなく涙が溢れ、2人に盗み聞きしているのをバレないように声を抑えるので必死でした。
高校に通いたい理由もちゃんと持っていたのです。優也の将来を思って就職への道を紹介しましたが、本人だってちゃんと考えていたのです。
こんなところでも息子の成長を感じ、嬉しくなると同時に、今まで理解を示してあげれなかった罪悪感が胸の中で大きくなりました。…こうなったら、息子のやりたいことを精一杯応援する他ありません。
定時制に行く理由も私は納得のいくものでした。あの人だって、これを知ったらもう反対はしないでしょう。
私も小さな決意をし、そっとその場を離れます。話の続きは気になりません。だって、あとはもうあの子をどんなことがあっても支えるしかないのです。
その為にはまず、話を聞いていたことがバレないように知らないフリをしなければなりません。泣いたことに気づかれないよう、私はまな板の上で玉ねぎを切りました。
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