ぼくの話⑮
応接間に戻った上田先生と向かい合って話すぼくは、堪えきれなかった涙を拭うこともせずただただ言葉を繋いでいった。
「そこからは…ずっと…ゔっ…学校に行けなかった。最初は、休むことでまた何か…ひっ、言われるんじゃないか…とか、ごほっ…先生に、怒られるんじゃないか、とか思っだ…」
罪の意識があった休みも冬休みを挟んで、1週間もすれば消えてしまった。学校に行かない罪悪感よりももういじめられない安心感の方がずっとずっと大きかったからだ。
「…先生は、初めは、怒らなかったけど…ゔっ、段々…怒るようになった…」
いじめられていたことを知っていた先生は、最初は『 無理しないでね。』とか『 保健室からでもどう?』とか優しく聞いてくれた。でも、長く休むようになってその態度も変わり、『 話し合いで済んだことをいつまで引きずってるの。』『 もういじめられてるわけじゃないんでしょ。』『 みんなもずる休みなんじゃないかって思ってるよ。』と責めるようになってきた。
話し合いがあった後日、ぼくがどんな目に遭っていたのか知らない先生からしたら終わったことでいつまでも悩むような弱虫に映っていたに違いない。
そこから先生のことはあまり信用出来なくなっていた。
「中学校の、先生からも…『 学校においでよ。』、って言われたけど、今さら…ひっ、どんな顔して、行けばいいのか…わがんなかった…。」
それに、中学校の先生が渡してきたクラスのみんなからの、色紙。
まだ顔を見たことのない同級生やかつてぼくをいじめてた3人が『 学校は楽しいよ。』『 一緒に勉強できるのが待ち遠しいな!』なんて書いてある、色紙。
嘘ばっかり、とは思ったけれど口には出さなかった。
…中学校の先生は、とても満足そうな顔をしていた。
ぼくをいじめてたくせに、会ったこともないくせに色紙に嘘っぱちを書く同級生も、ぼくの気持ちも考えず自己満足を押し付けてくる先生も、気持ち悪かった。
だから、先生が帰った後に少しだけ吐いた。
「それから、ドアに貼り紙、して、誰も部屋に…ごほっ…入れないように、して…ずっと…うぅ…20年…ずっと…うぅぅ…」
辛かった。
自分の思いを吐き出せないことも、苦しみを分かってもらえないことも、言ってしまえば誰かを傷つけてしまうことも。
「そんなに、辛いことがあったのに、外に出そうして…ごめんね。」
上田先生が謝ることなんて何も無いのに。
「でも、外に出るのがトラウマになるくらい怖いなら、定時制は勧められないよ。」
「知って、ます。でも、でも、どうしても、お、俺は…定時制が、良いんです。」
「そこまで…」
「見たん、です。テレビで…。あいつが…りょ、涼が、映っているのを…」
何気なく見ていた番組だった。卒業式シーズンが近いからどこも卒業を特集で組んでいて、そこでは還暦になって高校を卒業した女性のドキュメントをしていた。
『 “ ていじせい”にはこんな年の人も通うんだなぁ…。』とぼんやりと思った。
スタジオの人たちも涙を流して感想を言い合った後、次に流れたのは『 僕たち、私たちはこんなことを“ 卒業”しました!』という街角アンケートだった。
街中で老若男女様々な人が卒業したことを話す中で、涼が、いたのだ。
まさかと思いつつも名前が橋本涼であること、あの時の面影が残る顔を見て本人だと確信した。涼が卒業したものは『 やんちゃ』だった。
やんちゃで両親に沢山迷惑をかけたけど、自分も家庭を持ったからしっかりしないといけないと思って、卒業しました。
愕然とした。幼き日に受けたあの苦しい日々は、彼にとってはただのやんちゃだったのだ。
苦しめられたぼくは、学校にも満足に通えず、人との交流も無くなり両親を困らせて近所の人にも笑われているのに、苦しめた張本人は、それなりに学校に通って、友人ができ、お嫁さんを貰い子供を授かっている。
ぼくは全部出来なかったこと。ぼくから奪ったくせに。なんでお前は、してるんだ。
心の奥底に渦巻くどす黒い感情が溢れて止まらなかった。
悔しさと悲しさに埋め尽くされたぼくが考えついたのは、自分が失ったものを少しでも取り戻すために高校に通うことだった。
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