ぼくの話⑭


朝早くに起きて、ご飯を食べて、髭を剃って。みんなにとっては当たり前であろうことを30になってやっと身に付けたぼく。

勉強のペースも1日各教科3ページを守って進めることが出来ている。以前では考えられなかった自分の姿に成長を覚えるとともに自分もやれば出来るのだという自信が湧いてきた。


母親と父親とも少しだけ会話をすることが増えてきた。


そんな日常を過ごして春が過ぎ、夏が近づいてきたある日の事だった。


「よし。中1の内容もほとんど終わったね。」

「やっとかー…。意外と長かった。」


上田先生ともある程度打ち解けて普通に話せるまでになった。


「中1から英語も入ってきたからね〜。頑張った頑張った!」

アハハと豪快に笑いながら先生は鞄の中から1枚の紙を取り出した。


「何これ…」

「オープンスクールのお知らせ。」


その紙には『 周藤高校定時制オープンスクールのお知らせ』の文字が踊っていた。


「オープンスクール?」

「そ、オープンスクール。受験生やその保護者を対象に高校を開放して、その学校の雰囲気とか特色とかを知ってもらう行事なんだ。最近だと模擬授業とか受けれるところもあるよ。」

「へぇ…。」


紙を手に取って目を通すと、本当に自分は高校を受けるんだという高揚感が出てきた。


「ここからだとこの周藤高校が1番近いかな、と思って印刷してきたんだ。」

「ありがとう、ございます。」

「申し込みが必要なものとかもあるから、期限に気をつけてね。あと…」


不意に言葉を止めた先生を不思議に思い、紙から目をあげると真剣な顔をした先生と目があった。


「通信制にするのか、定時制にするのか、もう1回親御さんと話そう。」


『 なぜ、定時制が良いのか自分たちにも納得できるように説明して欲しい。』そう父親に言われたのは3ヶ月ほど前のことだった。

そうだった。ぼくはまだ完全に両親を説得できたわけではなかったのだ。

今の今まで忘れていて納得させるほどの理由なんて考えていない。


「ねぇ、優也君。良ければ僕になんで高校にいきなり通うことにしたのか教えてくれないか?」


ぼくを見据えたまま上田先生が諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

ぼくが、高校に通いたくなった理由-…。


「……。」

言葉を上手く紡げずに黙ったままでいると上田先生がこんな提案をしてきた。


「話したくない…かな?ごめんね、嫌なこと聞いちゃったね…。お詫びにドライブでもどう?」


ドライブ?


「長いこと外に出てないんじゃない?久しぶりに出てみるのはどう?」

腰を上げてぼくを外へ誘う。


「外…。」

「うん。行ってみよ!」


外に近づくにつれて段々と胸の当たりが苦しくなってくる。


笑い声が聞こえる。

『 優也君、最近学校に通ってないんですって。』

『 あら、どうして?今まで普通に通ってたのに。』

『 それが、学校で嫌なことがあったからですって。』

『 それだけ?男の子なのにそれだけで通わなくなっちゃったの?』

『 そうみたいよ。情けないわね。』


ご近所さんがぼくのことをそう噂している気がする。こんな小さな田舎だ。ぼくがずっと学校に通っていないことも知っているだろう。


「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!出ない!!出たくない!!」


叫びに近い声を出し、玄関でうずくまる。

ぼくの声に驚いて母親もリビングから飛び出してきた。


「優也君…?」


あぁ、きっと先生もぼくのことを叱るんだ。他の人のせいにするんじゃないって、しっかりしろって。


「優也君、大丈夫だよ。ここには君の味方しかいない。」

上田先生の手がぼくの背中をさする。立たせて応接間に戻った。


「外が、嫌いだったんだね。」


先生のその言葉を聞いて、限界に達していたぼくはぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。

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