ぼくの話⑦
今日は土曜日。
いよいよこの日が来てしまった。2人と話をする、この前とシチュエーションは同じだが、気分は全く違っていた。
手は震えない。体調も悪くない。
起きて1番に開けたカーテンからは朝日が差し込み、眩しいほどの光が僕を包み込んでいる。
僕のこれからの生活もこんな風に光で満ち溢れているんだ、という神のお告げなのかもしれない。別に神を信じているわけではないけれど。
ドアノブに手をかけるとゆっくりと押していく。
戦地に赴く武士の気持ちは、こんなこん時だったのかもしれない。
リビングに行くと先週と同じように2人はいた。僕がいるのを見て、少し驚いたようだけど前回よりかはリアクションが薄かった。
…なんと、切り出そうか。
前回もだが、言いにくいことを話し出す時にはどういう風に話し始めれば良いのかが分からない。自然な話の流れで切り出せれば良いのだが、そんな芸当は生憎持ち合わせていない。
ので、もう単刀直入に言うしかない。
「父さん、母さん、前話した高校のことなんだけど…。」
僕が口を開くと、それまでテレビを観ていた父親は電源を切り、こちらを向いた。母親は下りてきた時から僕の様子を伺うように見ていたのだが、真剣な話だと分かったのか料理の火を止めた。
「高校…。」
呟くように母親が言う。
「あれから考えたけどやっぱり、高校に通いたい、です。我儘だって事は…分かってます…でも、仕事をするにしたって高卒じゃないとあんまり数はないし…。3年間、頑張って通う気もあります…だから…」
僕の視線は2人の顔から段々と下がり、ついには自分のつま先にまで落ちてきてしまった。
想像の中なら、あんなにスラスラと話せたのに。いざ話し始めていくと、部屋を出るまでは沢山あった自信が言葉と共に外に出ていく感じがした。
「だから…高校に、行かせてください。」
二度目のお願い。どこまで響くのか。
言葉を発したのはまたしても母親だった。
「高校に通いたい気持ちがそんなにあるのね…。確かに、仕事を探すにしても中卒よりは高卒の方が有利よね。」
これは…いける、のか?
「そう、そうなんだ!高卒の方が給料も良かったりするし、仕事先も多いから!だから、通いたいんだ!」
もう一押し!とばかりに母親に自分がどれだけ通いたいのかをアピールする。
「そこまで言うなら高校、挑戦しても良いんじゃない?最近は通信制高校なんてのもあるしねぇ。通信制なら家にいても学べるし、自分のペースに合わせることも出来るし頑張ってみたら?」
つうしんせい?
高校に行くことについては許しが出たと思っていいのだろう。でも、思いもよらない言葉も聞こえた気がする。
「…つうしんせい?」
「通信制よ。家で学べるんですって。」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けた気がした。
「僕は!高校に“ 通いたい”って言ったんだ!それじゃ通わないじゃないか!!」
「いきなりどうしたのよ!通信制も年に何回かは高校に行かなきゃならないのよ!全くないってわけじゃないのよ!?」
僕の怒りに触れてか母親の語気も荒くなってきた。
「それじゃ意味ないじゃん!年に何回なんて通ってることにならないよ!!僕は定時制高校に行きたいんだ!」
「定時制でも通信制でも高校は高校でしょ!?急に高校に行きたいって言ったと思ったら、あれはヤダこれはヤダって…いい加減しなさいよ!まだ選り好みしても良いと思ってるの?周りのみんなはもう普通に働いているのよ!」
“ 周りのみんなは普通に働いている”
この一言は深く僕の胸を貫いた。
「母さん。そんなことを言ってはいけない。」
ずっとこの場にいたはずなのに今まで1度も言葉を発さなかった父親が、母親を諌めるように言葉をなげかける。
「優也も。どうしてそこまで高校に通うことに拘るのか、きちんと説明してくれなければ分からない。高卒のためだけなら、定時制じゃなくて通信制でもいい。」
「つうしんせいなんてものがあるなんて、知らなかった。」
「そうだな、お前には携帯もパソコンも持たせてなかったからな…。」
父親は思い出したように言い、そして言った。
「通信制高校は普通の高校や定時制高校と違って家にいて学ぶことが出来るんだ。どうだ?」
「そんなこと急に言われたって…分かんない…。」
「そうか、1回ゆっくり考えてみるといい。ゆっくり考えて、通信制でもいいのか、やっぱり定時制がいいのか決めてみろ。でも、その時にはちゃんと“ 高卒が欲しい”以外の理由を教えてくれ。」
この話は今日はここで終わりだとでも言うように2人に背を向けられてしまった。
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