ぼくの話④

「高校に…通いたい…です。」


言った。言った。ついに言ったぞ。

あんなに躊躇していた言葉も1度口に出してしまえば、なんでもないような事に思えてあそこまで悩んだのが馬鹿みたいに思えた。


そうだ。部屋から出たがらなかった子供が、外に出よう…高校に通おうとしているんだ。両親としては嬉しいに違いない。


「なんで、いきなり高校に通うだなんて…。」

半ば唖然としたような表情で母親が問う。言えたことへの達成感から、気分が高揚している僕の口からは普段の僕では考えられないくらいスラスラと言葉が出てくる。

「いや、この前さ近くの高校で卒業式があったじゃん?その声聞いてるとさ、俺も通いたいな〜って。もちろん、今までずっと部屋にいたんだから難しいことは分かってるよ?でも、やってみたいなって思って…」

そこまで話して、僕と2人の間に漂う空気が微妙なものであることに気づいた。

何か、何か変なことでも言ってしまったのだろうか。可笑しなことを言ってしまったのか。

軽快に回していた口もそれに気づいた途端勢いをなくし、ついには止まってしまった。

「本気か…?」

確かめるように尋ねられる。

「うん…。」


母親が言葉を選ぶようにして話し始める。

「外に…出てくれるのは嬉しいんだけど、今さら高校は難しいんじゃないの…?中学校にだって通ってないんだし…。それに、受かったとしても通えるの?また、嫌になって部屋に閉じこもりがちになるんじゃないの?それなら、外に出たくなってる今のうちに仕事を見つけて働いてみたら?きっと自分でお金を稼いだら楽しくなるわよ。」


これは、反対、されたのか?

一瞬判断に迷った。外に出るのを拒否された訳では無いが、高校に通うことについてはやんわりと反対された気がする。

ダメ、だったのか。


父親は真意を突き止めるようにこちらを見つめてはいるが、何かを発しようとする素振りは見られない。母親の意見に賛成と言うわけか。


「働く、じゃなくて高校じゃ、ダメ、なの?」

一応食い下がってみるが、僕の中で燃え盛っていたやる気は既に鎮火しており、心には諦めの雰囲気が漂っていた。

「ダメ…とは言っていないでしょう?ダメではないけど、これからの事を考えたら働きに出た方が絶対良いと思うのよ。働いたことがないから怖いって言うなら、職業の訓練所に行ってもいいし、職探しだって手伝うから。」

ダメとは言っていないけれど、それは遠回しにダメと言っているのと同じだと思う。


僕はもう何も言わず、踵を返して自分の部屋に戻った。

そんな僕を引き止める声はない。追ってくる足音もない。


部屋に帰ると、一世一代の告白をした疲労感と、説得することが出来なかった敗北感、やっぱり無理だったんだという諦め、そして両親に理解してもらえなかった寂しさが一度に襲ってきた。


目の奥が、痛い。

自分の思いを受け止めて貰えないことがこんなに辛いだなんて。

とめどなく溢れる涙は、頬を濡らし、受け止めようとした掌もすり抜けて絨毯に染み込んでいく。


僕は、声を押し殺したまま悲しみの海に沈んだ。

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