出会い、ゴミ山から出でて②
そこからがかなりしんどかった。そして、運命的な偶然はまだ続く。
ゴミ山に突き立ったサラの上半身は想像以上に深い所までしっかりと刺さっており、軍用義体の装甲の重量からして200㎏近くあったので、万徳くんの機能の一つ、アークカッターを使い鉄くずから掘り出すことになった。
エリ白衣の内側には彼女の超収納術によってゴーグルやミニマムボンベなどが格納されている。ボンベと汎用電源を万徳くんに接続すれば先端の高電圧電極からプラズマ化した気体が対象部に吹き付けられ、一瞬で金属を溶断することができる。
掘り出された義体の方は想像以上に無傷で、その堅牢さに底知れない恐ろしさを感じつつ、義体にサラの頭部を接続する。一人で身体を運搬するのはかなりしんどいので、自分で動いてもらおうというわけだ。接続用のケーブルは切れていたが、その場にあるものでなんとかできるエリだった。しばらくの沈黙の後、サラはゆっくりと立ち上がる。
半身を掘り起こすことでその義体が女型であったことは判った。身長は160センチほどであったが、マッシブなデザインからもう一回り大きく見えた。可愛らしい顔であることもあり、それはなんともアンバランスな立ち姿に感じたが、エリは密かにこれはこれでいいなと思う。製作者とは趣味が合いそうだとも思い、しかしサラをこんな状況にした相手だと思いとどまった。
まじまじと見ていると、女型に調整され機能美に則って編み込まれた人工筋肉と骨格は官能的で、エリはそそくさとその辺の断熱シートを羽織らせるなどした。
とにかくサラは起動し、これであとは帰って義体をバラすだけだと思ったが矢先、「あ」という言葉を背中越しにエリは聞いた。こういう時の嫌な予感というのは必ず当たるもので、振り向くとサラが立っていた。いや、立っているのは当然なのだが、時間が止まっているかのように、動作の途中で完全に静止していた。サラの頭部だけが緩やかにうごいて、
「バッテリー切れですぅ……」
切れたらさっさと入れ替えろ――言いたかったが、そうはできないのを一番理解しているのがエリだ。旧国軍兵器のバッテリー規格は、鹵獲を防止するため専用の給電機が無ければバッテリー交換もできないことに思い当たった。
マヌケェ……!
こういうことも想定しておくべきだろう。自分のアホさに嫌気がさした。時間経過で空気中の大気をわずかに電気に変えられる機能はあるものの、効率は非常に悪く、1時間につき1分という「最非常用動力」として指定されたものだった。効率が悪すぎて、国軍のもの以外で実装されているのは見たことがない。
やるしかない。どんなに反省しようと200㎏の義体を運ぶことに変わりはない。腹を決めた。全身の簡易外骨格の出力を最大にしながら、そこらへんでみつけた車両用バッテリーを腰の左右につけ、直列に繋いだ。
多少の無茶には耐えられるよう設計する。それがエリの開発における信条である。限界ギリギリまで電圧を上げ、サラを背負った。ずしり、久々にしっかりと自身の筋肉を使った感覚。鍛えるための装置を開発しようとエリは誓った。
一歩、また一歩と踏み出して、街を昇る。クーロン城のいたるところに昇降機はあるが、荷重制限を考えれば階段を使うしかないことには道すがら気づいた。ここまで来たらヤケだ。簡易外骨格を軋ませ、住人からの奇異な目――これは慣れっこだが――を浴び、「手伝いましょうか、姉御!」というエリの舎弟的妹分3人組の申し出はエリが必死だったため聞き逃し、「さすが、孤高の天才だぜ」と妹分どもは勝手に納得して去った。
そして1時間ほどかけて、ようやくエリのガレージ、通称『喫茶アウリン』についた。店長は買い出しに行っているらしく表が閉まっていたので、万徳くんでピッキングをしつつ、とりあえずカウンター席にサラを腰かけさせる。
エリはサラを整備するための機材を取りに自宅へいったん帰った。これが運命的というか致命的な事件の発端となる。
・・・
その日、ジョセフ・フルムーンは上機嫌だった。彼はクーロン城最上部、スタァライトS.A.に面した店舗『喫茶アウリン』の店長。階層商店街でのタイムセールでは企業戦争時代に活躍した判断力と瞬発力で並み居るサイボーグ主夫を掻い潜り、生身の身体にも関わらず上々の戦果を挙げていた。
なにより養殖肉のサラミが特価でブロックごと手に入ったのは大きく、帰り道ではどんなメニューを考案するかということしか頭になかった。50を手前にして料理の才能を開花させた彼は浮足立っており、そのせいだろうか、店に訪れていた客の違和感に気づくこともなく、判断力も若干低下していたという。
両手が荷物でいっぱいだったので、扉は脚で開いた。正確には、鍵を取り出すためにいったん荷物を地面に置こうとしたら開いていることに気づいたのだった。鍵は閉めたはずだが――思うも、エリが勝手に侵入していることは珍しくなく、特に気にすることもなかった。
しかし、カウンター席にうつ伏せになって座っているのは、明らかにエリではなく。見たことのないタイプのサイボーグボディだと、それが店長の、サラに対するファーストインプレッションだった。断熱シートの間から覗く腕と、企業戦争時代の経験から判断したのだが、実は間違いである。国軍時代の義体を改造してAIを接続しているだけだからそう見えただけだ。
しかし店長は機械に疎かった。不運その1。
「……もしもし、お客さん?」
「……はい?」
サラが頭を上げる。店長はそこで相手が若い女性であると気づき、質問を変える。
「エリくんの、お知り合い?」
「……はい」
その答えに満足して、店長はそそくさと「今準備するから、ちょっと待ってね」と荷物を置き、カウンターの内側へ急ぐ。この応答の雑さはサラが低燃費自動充電によって緊急省エネモードに陥っていたためであり、思考ルーチンのほとんどがさび付いていたためである。また、機械頭部の造形技術は義体化産業の発展に伴い「不気味の谷」を既に過去のものにしていた。
これにより、店長の勘違いは修正されることなく会話が進む。不運その2。
「おっ」
カウンターの内側に向かう途中、店長の目に留まったのは、エリがいつも発明に使用している席に置いてあった、銀色の袋だった。手にとって、独り言。
「新しい豆、用意してくれてたんだ」
断熱性、気密性共に高い袋だった。バリスタくんシリーズ用に調整された豆はいつもこの型の袋に入れていたのだが、別にコーヒー豆専用というわけではなく、エリが粒子状の発明品を保管するために使用しているだけだ。だからこれは、新しい豆ではない。
もともとエリがスカベンジャーズ・ヘブンに向かうきっかけとなった新発明が、その袋には詰まっていた。不運その3。
「コーヒーでも飲みなよ。サービスするからさ」
「……はい」
上機嫌な店長が訊く。「飲みなよ」という半命令系の言葉が悪かった。省エネモードのサラの思考ルーチンでは、命令系を全て受け入れ実行する仕様になっていたからだ。
無口な子なのかな。店長はそう思うだけだった。不運その4。
たまたま豆も切れていたので、店長はさきほど手にとった銀色の袋をセットした。不運その5。
そしてバリスタ君2号は機械に疎い店長の為に、袋をセットしてボタンを押せば自動でコーヒーを淹れるようになっていたので、袋の内部を確認できなかった。不運その6。
また、いつもコーヒー豆として使用しているものは顆粒タイプであり、ただの栄養基礎であるから、コーヒー的エッセンス、フレーバー部分は別の場所から投入されていた。つまりバリスタくんとは正確にはコーヒーの飲料プリンタであった。そのため、今回の新発明である顆粒型に固められたナノマシン群は何の誤作動も招かずにコーヒー然としたコーヒーとして完成した。不運その7。
「どうぞ」
「……はい」
様々な不運が重なり、エリの新発明のナノマシンが抽出され、もっとも接種しやすい形でサラの口へと運ばれた。この時のサラには落下による蓄積ダメージによって体内にも大量の傷があり、口腔から全身へ、毛細管現象もかくやというスピードでナノマシンがいきわたる。不運その8。
そして不運その9は、今回エリが開発したナノマシンが、回路を解析、内部プログラムを判断し自己増殖の後最適化する、機械のスペックを上げるナノマシンだったことだ。
「ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ」
「わわわっ!? ごめんっ!?」
サラの手からコーヒーカップが取り落とされ、派手な音を立てて割れた。奇声、というより、異音を吐き出しながら、サラが煙を上げ始める。店長は自分が何をしたかイマイチ理解はしてないが、自分の出したコーヒーに問題があったことは明白だったのでまず謝罪した。が、当然サラには届かない。
サラが勢いよく立ち上がり、天を仰ぐようにしてガクガクと震えだす。本当にごめん! 店長は恐怖で震える。
サラの内部ではコーヒー用の液体を触媒に全身の回路にナノマシンが憑りついていた。回路10㎠あたり1gの計算で設計されたにも関わらず、超過量でサラを解析する。思考ルーチン、体制御プログラム――そして、情動機関の圧倒的スペック不足を探知したナノマシン群は、大半がその補完を始めた。
その数およそ、5000億。スペースを考慮しつつ、頭部に構築できる最大効率で回路は再設計され、作り直される。メインプログラムの根幹となっている情動機関を実現しろ――この際、体制御の処理系は後回しだ――そんな設計思想がサラの頭の中で作られ、マシン同士が物理的多重状態ニューラル・ネットワークを形成、疑似シナプスが発火し、もともと実現されるはずだった人格を再現していく。
それと同時に、身体の方でもナノマシンは増殖し、中でも圧倒的低効率で実装されていた非常電源が造り替えられていった。
「もっと勝手に……気の向くまま……今だけのために生きれば……たまらないぜ!」
このタイミングで「GOOD SAVAGE」と連呼する旧いロックを歌いながらノリノリで入店したのはエリだった。整備用の物品も用意したし、旧時代の技術を好き放題いじれる、そんなハイテンションも一気に覚める光景が店内には広がっていた。
「どないなっとんじゃ、これは……」
「あああ、エリくん、いいところに! コーヒーアレルギーだったのかな、とにかくメディックを呼んでくるから、友達を寝かせて、声をかけ続けて……」
「ともっ、て、マスター、こいつにコーヒー飲ませよったんか!?」
「そうなんだよ……! エリくんが置いてくれてた新しい豆でね、ひさびさに友達連れてきてくれたみたいだから嬉しくなって、僕が浅はかだった! ……あと、店長って呼んでね――」
「ちょい待て、わっしは新しい豆なぞ……」
エリは天才だった。ことの顛末を全て理解し、ノータイムで「経口摂取であれば頭部を中心にナノマシンが広がっている」と判断、急ぎ思考を巡らせるが――
「最悪じゃ……」
巡る思考より早く、サラが動いている。焦点の合わない目のまま頭がふっと下がり、倒れるほどの前傾姿勢で椅子を握り、カウンター席に叩きつける。ドガシャア、とかベキョッ、ガヂィ、とか樹脂と金属と合成繊維質と、いろいろな素材が変形し、破壊される音が響き渡る。
「ごめん!? 怒らせたなら謝るから、お店壊さないで!」
「人が良すぎじゃ、ありゃあキレるサイボーグとはワケが違うど……!」
懇願する店長にエリが言う。
「ありゃ、暴走兵器の
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