出会い、ゴミ山から出でて①
天文学的確率の事象は観測されると「運命」に名前を変えるらしい。これは物語の起点となった運命についての物語である。
人が集まれば出会いがある。それは人との出会いだけではない。とりわけ物との出会いというのは人間の方から出向いてやる必要があり、それゆえに偶然性が生み出す運命的な発想が最も尊いものであるとエリは捉えていた。
頭を揺らしながら歩く白衣白髪の少女、エリの身長がいつもより5センチほど高いのは靴の底が辞書ほどの厚さをしていたからだ。
「俺はプロパガンダ……我慢できない……ここを出ていくんだ……」
「PROPAGANDA」と連呼する旧時代のロックを口ずさみ、踏み出した厚い靴底が赤茶けた水を弾くが、足は濡らさない。三日続いた雨が止んで機嫌が良かった。アスファルトに染み込み切れず噴き出した雨水も、人が通れるほどに減っていた。砂利が溜まって比較的水の浅い場所を選んで跳び跳び行く。建ち並ぶフェンスはほどよく錆混じりの風を通す。
頭上にひしめく高速道路の隙間から差し込んだ陽光が照らす、鉄くず、あるいはお宝の山か。フェンス扉よ、開けゴマ。右手に遊ばせる万能工具「万徳くん」がきらめき、粗雑な錠が解体された。
フェンスが囲っていたのは、膨大な土地に集積された不用品の山だった。ここはスタァライト・シティ最下層、旧市街地区の一角にあるゴミ捨て場、あるいはお宝眠る古代遺跡。人呼んで
今日の目的は一応、彼女が面倒を見てもらっている喫茶店・アウリンで開発した新発明の効果を実証するための試験品集めだったが、ここ数回の目的はずっと同じで、しかしいつも何か掘り出し物を見つけてはそれを持ち帰って本来の目的を忘れるという日々が続いていた。
何度目かの今日こそは。既にアウリンで新発明は準備済み、よほどのことが起こらない限り忘れはしないという覚悟の現れ。
こういう日には、よほどのことが起こるものである。
具体的には人が降ってきた。
「どわっ!?」
ドガシャァンと盛大に、宝の山を漁るエリの後方で交通事故めいた衝突の爆音が鳴り、ステンレス鍋が身体の真横を掠めて転がって行った。飛び上がり、振り向く。見ると、鉄山に頭から突き刺さり、人体の下半身が突き出ていた。
それも、しなやかではあるが明らかに人工筋肉が高い密度で編み込まれており、さらに体表に確認できる外骨格は、歪んでいる様子が一切見られない。開脚しているそれはどちらの性の型か分からなかった。
そのあまりにシュールでバイオレンスな光景に唖然とするエリの足元に、こつん、何かが当たる。何か嫌な予感がした。落下点から見るに、ガベッジシュート以外から落ちて来た存在で、こういう場合は大概が厄ネタに違いないのだ。
触らぬ何やらに何かなし。朧気ながら、「よくわからんものには触るな」という大原則は覚えていて、この街の住人なら皆身に染みている。
「こんにちは」
なら、既に触れてしまっていて、事態に巻き込まれている場合はどうすればいいのだろうか。例えば、転がって来た何かが動いているのを肌に感じて、抑揚のない女の声が真下から聞こえた場合なんかは。
「すみません」
答え:意を決して正面からぶつかるしかない。
ギッっと下を睨みつけた。直後、覚悟はしていたがギョっとした。想像していたのは軍用の無機質なつるりとした頭部で、現実には信じられないことに肌も頭髪も有した、しかも、特に他人の興味のないエリであっても「きれいだな」という印象を抱く女性の顔面がそこには転がっていて、頭部が転がっているということが彼女を非人間たらしめていた。
目はくるりと大きく、黒の短髪をした可愛らしさもある造形。しかし肌は擦り切れ、左頬は肌が剥がれて金属部が露出していた。落ちて来たときについた傷だろうか、それにしては多いような気も、少ないような気もし、目の当たりにしたアンドロイドのスペックをエリは測りかねていた。
2,3歩後ずさり、両手を間抜けに構えて冷や汗をだらだらと流すエリに真顔で「お待ちください」と言う姿はとてもシュールで、続く言葉は
「わたしを認識していますか?」
「……おう、なんじゃ、おどれは」
恐る恐る返答した。目の端に、鉄の山に突き立った彼女の身体――状況から察するにそうだと思われる――を映して。彼女の方はいたって真面目に、
「わたしは……わたし、わ、わた……データの破損あり、自己紹介を簡易化。わたしはAIです」
「そんなんありか」
「スペック不足のため、予備の判断プログラム、ダイスロールを使用。アリだと判断。判断の信頼性は無視」
「ムチャクチャじゃ……」
この頃にはエリの方も警戒は解けていた。なんというか――思ったより、ポンコツではないかという疑念がそうさせた。もしもの時には
「お伺いプロセス、省略、要求します。わたしの身体を探してください」
「なんちゅー一方的なヤツ」
「謝罪します。が、要求します」
なかなか図太いAIだなとエリは思った。顔の半分が地面に埋まった泥だらけの美人が言う。エリは落ちている頭を持ち上げてやって――頭部というものの重さを彼女は知らなかったが、これ実物より重いだろという印象を受けた――「あれでええのんか」と、その視界に、ゴミ山に突き立つ身体を捉えさせる。
「ひどく、ひどくシュールですが、あれに違いありません」
「シュールって、分かるんか」
「判定プロセスの閲覧は性能不足のため不能なので、結果だけですが、
「……そか」
情動機関。企業戦争より前時代、第3次AIブーム時に話題になって以来、細々と噂に聞く名称に、エリはAIの頭部に気づかれないように顔をしかめた。気づかれないように――そう、振る舞ってしまう事実が、なんとなく気に入らなくもあった。
言うなればAIに感情を演算させる技術だった。当時、
エリがこの技術を嫌っていたのは、その傲慢さからだった。感情を演算する――考える主体を、苦しみ得る主体を、技術によって人為的に生み出すことが気に入らなかった。それは彼女の技術者としての矜持であり、発明品を生み出す親としてのプライドだ。親ならば、子に不自由を感じさせてはいけない――
「……ていますか、聞こえていますか、聞こえていますか」
「おおう、すまん。ちょっと考え事を」
「失礼と判断しますが、怒りはスペック不足により演算不可能。許します」
「はぁ……」
スペック不足――情動機関の技術的問題はまだ残されているらしい。が、この生首の内面はその受け答えだけでは分からず、滑らかな会話の割に粗だらけで、しかしどこか危うい。もしかして、と思うほどにはクオリティが高いように感じた。是非はともかくエリ自身はハード面を完成させる自信はある――が、そんな思いは払拭する。
技術屋はロマンとプライドの天秤を常に抱え、ロマンに溺れたものがマッドサイエンティストとなる。これが彼女の持論だった。そしてエリのプライドは、今日この日までロマンに敗北したことは一度もない。
さて、どうするか。このAIの中身はともかく、遠く突き立った
「おどれ、頭と身体とで型がちゃうやろ」
「肯定します。世代差は約80年、頭部は次世代性産業用ですが、身体は旧国軍戦闘用義体、終端型です」
「お国崩壊末期か……道理で丈夫なはずじゃ」
ここで豆知識である。スカベンジャーズ・ヘブンで見つかる戦闘用義体の内、そのほとんどが企業共同体発足前、国という共同体が世界を席巻していた時代のものである。理由は単純に、耐久力という面に他ならない。
資本主義の大原則、大量生産・大量消費に基づき様々な集団に兵器を提供する企業は、わざと兵器の耐久力を上げない。それは自社の兵器によって破壊できない兵器にはクレームが入り、消耗してもらわないと儲からないからである。たとえば企業製の一般戦闘義体はハンドメイドの弾丸を防げれば、ちょっとした危険から身を護れればよい。強力な兵器と対峙すればもちろん死ぬが、死ねばクレームは入れられない。
それに比べると、「勝つこと・殲滅すること」を目的に作られた国の兵器は耐久性が段違いであった。ちなみにこれは衣類などもそうであり、国制度の崩壊以前であっても、「最新製品の方が多機能だが壊れやすい」という事例は存在した。
「だいぶ状態もよさげやし、ええモン見つかるかもなァ……」
「推測するに、あなたはわたしの身体を破壊するつもりですね?」
「いかんのけ」
「いけません」
頭部が小刻みに振動する。うっとうしく思い、突けるようであれば会話の穴をついて
どんな反応返ってくるのか。相手を見定めるエリに返ってきたのは予想外の答えだった。
「身体の破壊を命じられたのは、わたしです」
「自己破壊の命令……?」
「はい、私のオーナーから命令され、合計で200㎞の自己破壊の旅を経て、この場所にやってきました。周辺地域で位置エネルギーを最も確保できるのがスタァライト・シティだったので」
「高さ目的にこないな街に来る奴がおるとは。自殺を唆されたAIのぅ……」
エリは訝しむが、AIの方は当然ながら真顔だ。自己破壊の旅。馬鹿真面目に実行してこのようなシュールな事態に陥っているとはいえ、不可解な命令に思えた。
「機械倫理三項は知っとんのけ? 自己防衛の項は」
「最後の命令を受けた時に解除されました」
「そんなんありか。最後の命令っちゅーのは?」
「『壊れるまで、どこか遠くへ』」
正面で抱えた頭が言う。腕の簡易外骨格が呻る。エリのクーロン城の住人としての本能が吠える。経験上、絶対に厄ネタ。訳アリ。何かから逃がされて来た、そんな背景がありありと浮かぶ。
胸に去来するのは――怒りだった。それは、命令者の無責任に対する。どんな事情があったにせよ、このAIオーナーは、自身で破壊するということをせず、運に任せて遠回しな廃棄処分を行ったということだ。
「上等じゃ……」
所有物に責任を持たず、機械を無駄に消耗させ、無意味に傷つかせ、しかも情動機関、もしかすれば苦しみを感じる主体を持っているかもしれない。
エリにとって、それは怒りの数え役満だった。
「いやぁ、わっしが悪かった」
エリが、怒りに満ちた呟きから一転、にこりと笑った。頭部を地面に置いて、エリ自身もしゃがんで目線を合わせる。
「あれはオーナーであるわっしの誤命令や。今取り消すわ」
「不可解です。嘘です。あなたはわたしのオーナーではない。青筋を検知、感情は怒り」
「ええか、おどれの記憶の方が嘘じゃ。そんな自分に腹が立ってな」
「論理的違和感の感知、検証中……」
「今や!」
懐から取り出した万能工具・万徳くんを取り出し、素早く相手の耳に突き立てる。型の目星は大方ついていて、これは耳にジャックイン端子があるタイプだと踏んでいた。万徳くんの機能の一つ、
これがエリの物理的ハッキング術だ。
「オーナー登録。エリ、女性。声紋を登録。『素早い茶色の狐はのろまな犬を飛び越える』!」
「オーナー追加登録完了。あなたもわたしのオーナーです」
「想像以上にザルやな……」
意図的に残された欠陥だろうかと思うほどのセキュリティ。『壊れるまで、どこか遠くへ』。その命令を出した存在の意図が見え透いて気に食わなかったが、自己破壊する機械などというおぞましい存在の方が、エリは許せなかった。
全て機械は、役立つためにあるのだから。
「おどれは――呼びにくいの。名前は」
「サラ――そう、呼称されていました」
「おう、分かった。サラ、ほならとりあえず――」
エリがサラの頭部を抱え、ゴミ山に向く。
コメディめいて突き立つ下半身を思い出した。
「あれ、掘り起こすど」
「了解しました」
これが、エリとサラの最初の出会いだった。
また、こんなとんでもない掘り出し物のため、エリはまた、スカベンジャーズ・ヘブンに訪れた目的を忘れていた。
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