第19話 Z

日が傾いた頃、すべての公式を作り終え、俺は晴れ晴れとした気分でオブザーバーたちの前に立っていた。

「救世主様、今日はどうもありがとうございました」

オブザーバーに深々と頭を下げられ俺はひらひらと手を振る。

「別にいいって。とにかく、これでもうあいつらに馬鹿にされずにすむな?」

その言葉にドップラー効果三人組が頷く。

「はい。……音様は太陽光に弱いのと、夜に開催されるオンラインライブに備えるため一足先にお帰りになってしまったので私から代わりにお礼を述べさせてもらいます。……本当にありがとうございました」

そう言ってまた深く頭を下げる。

「おう、元気でな。それにしても、この国にもオンラインライブなんてあるんだな」

そう言うとソースが頷いた。

「そうなんだよ〜。英語の国出身の男性グループ、『sunshine』。それが今音様がハマってるアイドルグループなんだよ〜」

ソースの言葉に俺は(英語の国もあるのか)と心の中で呟く。この調子だと全ての教科の国があるのかもしれない。

「ふうん、そうか。まあ、ライブ楽しんでこいよと音に伝えておいてくれ。あ、あと少しは日光浴びろってのも伝えてくれ」

「はい。分かりました」

俺の言葉にオブザーバーが頷いた。

三人に見送られながら俺は波動区を後にした。


朝ジュールと共に来た道をゆっくりと戻る。

確かに力学区よりは失くなった公式は少なかったが、なんだかんだあって公式を取り戻すのに時間がかかってしまったものだ。

(まあでも、なんとか全部取り戻せて良かったな)

手元にある公式の紙を見ながら俺は満足げな顔をした。

(力学、波動学ときて……次はなんだ?熱力学か?)

そう考えながら歩みを進めていると、ふと目の端で何かが動いたのが見えた。

(ん?)

不思議に思いそちらを振り向けば、スイッチが使役している電子が草かげに隠れるように走っていくのが見えた。

(なんで電子がこんなところに?)

そう不思議に思いつつ、そいつの後をつけることにした。忍者のように早歩きでかつ音を立てずに後をついていく。しかしその途中、道端に立っていた二つ結びの女に呼び止められた。

「あ、あの……すみません」

そう恐る恐る俺に声をかける。

「あ?」

追いかけているのを邪魔されて思わず不機嫌な声を出すと彼女がびくりとした。

「急いでいるところすみません。あなた、団長……じゃなかった、ジュールさんをご存知ないですか?」

女の言葉に俺は首をかしげる。

「ジュール?ジュールって、あいつか?この国の王子のジュールのことか?」

そう言うと彼女がぱっと顔を明るくし、

「そ、そうです!そのジュールさんです!」と言った。

「ジュールだったらお城にいると思うぜ。俺もちょうど城に戻るところだし、あんたも一緒に行くか?」

「いいんですか?ありがとうございます!」

俺の言葉に彼女が顔をほころばせたとき、

「ミウラ、なんの用だ」と後ろから声がした。ミウラと呼ばれたその女が俺の肩越しに背後を覗き込み、嬉しそうな顔をする。

「あ!団長さん!」

俺の後ろからゆっくりと歩いて来るジュールに声をかける。

「なんだお前、いたのか」

「まあな。……」

そう言ってからちらりとミウラの方を見る。ミウラはなにか言いたげな、しかし俺のことをちらちら見て言うのを渋っているようだった。

「席を外したほうがいいか?」

そうニヤニヤして言うとジュールが顔をしかめた。

「言っておくが、こいつとはお前が思っているような関係じゃないぞ」

ジュールの言葉にミウラがきょとんとする。そんなミウラを横目に再びジュールが口を開いた。

「あんたは先に帰っていてくれ。俺はミウラと話してから帰る」

「ああ、分かったよ」

俺が頷き回れ右をしようとした時に「ちょっと待て」とジュールに引き止められた。

「お前が集めた公式の紙は俺が持っていく。武器を持っている俺のほうが、もし襲われたとしても太刀打ちできる」

彼の言葉に確かにと俺は頷いた。そして公式の紙をジュールに手渡すと電磁気学区の方に向かって歩き出した。


公式の紙は手元にないが、一応報告のために俺はアンペアのもとへ向かうことにした。

(昨日よりはまた少し元気になるといいけどな)

そう思いながら階段を上り、廊下を歩いていくと、アンペアの部屋の扉の前に黒い塊があるのが見えた。

(なんだ?あれ?)

不思議に思ってゆっくり近づくと、それがしゃがみこんだトランジスタだということが分かった。

「トランジスタ?どうしてこんなところにいるんだ?」

そう尋ねると彼女が顔を上げた。俺を見上げたその瞳に涙が溜まっていて思わずぎょっとする。

「お、おい。泣いてるのか?」

慌てたようにそう尋ねる。まさかと思うが、アンペアに何かあったのだろうか。

そう思って動揺しているとトランジスタが両手で目を擦った。

「エミッタが、どこかにいっちゃったの」

「は?」

思わず素っ頓狂な声を出す。それからエミッタというのがトランジスタの持っていた赤い服を着た人形だったのを思い出した。確かに今彼女の足元に散らばっている人形は二つしかなかった。

「あ、ああ、あれか。どこかにいったって、失くしたのか?」

そう尋ねるとトランジスタがこくりと頷いた。その間にもまだ彼女は泣いていた。

「どうしよう、エミッタ……」

「トランジスタ!」

泣き崩れるトランジスタをどうしようかと考えていると、後ろから焦ったような声がした。

振り返るとダイオードが立っていた。昨日まではクールな顔をしていた彼が、今は目を見開き息を弾ませていた。

「どうしたんだ!?トランジスタ!」

こちらに走り寄ってくると、顔を覆って泣く彼女に寄り添う。

「エミッタっていう人形をどこかで失くしたらしい」

そう言うとダイオードが顔をしかめた。

「そうでしたか……」

ダイオードが少し考えたあと顔を上げ、俺のことを見た。

「トランジスタにとってあの人形たちは心の拠り所なんです。だから、一つでも失くすとこのように精神が不安定になってしまうんです」

「なるほどな」と俺は相づちを打つ。

「すみません、救世主様。僕がトランジスタを励ましている間に、エミッタを探してきてくれませんか」

ダイオードの言葉に俺は頷いた。

「おう、いいぜ。……とはいえども、一体どこを探せばいいんだ?」

そう尋ねるとダイオードが再び口を開いた。

「食堂や中庭辺りを探してみてくれませんか」

「分かった。少し待ってろ」

そう二人に声をかけると俺は食堂に向かって歩きだした。

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