第11話 da

「それにしても、まさかこの国にも学校があるとはな」

校舎を見ながら呟くように言った俺の言葉に力積が頷く。

「ええ。生徒だけでなく教師もいるのですよ」

彼の言葉に「へえ」と驚いたように相づちを打つ。ぜひこの国の同業者に会ってみたいものだ。

そう言うと「公式を作り終えたらぜひ紹介させてください」と力積が笑った。

「そういや、さっきの紹介のとき力積は遠心力と万有引力のことは先輩と呼んでいたな」

俺の言葉に遠心力が頷く。

「そりゃそうさ。力積は二年生で、俺の後輩なんだからな」

そう言って遠心力が力積と肩を組む。体の大きな遠心力にのしかかられて、力積が少しふらついた。

「ふうん、お前のほうが学年が上なのか」

「ええ。ちなみに、摩擦は俺の一つ下の一年になります」

力積の言葉に相づちを打つ。概念たちがどういう基準でどの学年に配属されるのかはいまいち分からないが、理科の国の学校も学年制らしい。

学校について話しているうちに投てき場についた。

(かなり本格的だな)

地面に書かれた投てき場特有のラインを見ながらそう思う。

「よし、救世主さんよお。さっさと俺に関する公式作ろうぜ?」

そう言って遠心力が重そうなハンマーを片手でくるくると回す。

「そうだな」

俺は頷くと万有引力からもらった紙を取り出した。そして遠心力を見る。

「よし、じゃあそこで回転してみてくれ。ハンマー投げをするときみたいにな。ああ、でもハンマーは投げなくていいぞ」

俺の言葉に「任せとけ」と遠心力がにっと笑う。そして円の真ん中に立つと、腕まくりをした。その後、ハンマーを両手で持ち、ぐるぐるとその場で回りだした。

それを見ながら俺はさらさらと遠心力の公式を書いていく。すべてを書き終えると先程の力積のときのように書いた式が光を放ち、空へと浮かび上がった。そして遠心力が持っているハンマーと共に光を何度か発した後、紙に戻った。紙に書かれた公式の見た目が変わったのを確認すると、遠心力に声をかける。

「よし、もういいぞ」

その言葉に遠心力が動きを止めた。あんなにも大きい角速度で回転していたのにも関わらず少しもふらふらしていないのはさすがとも言えるかもしれない。

「おう、公式が戻ったか。良かった良かった」

公式が書かれた紙を見て遠心力が豪快に笑う。それと共に力積の背中をばんばんと叩いた。「先輩、痛いです」と力積が少し顔をしかめる。

「おう、悪い悪い」

そう言ってまた遠心力が笑い、手を止めた。見た感じ、彼は少し強引なところはあるが、決して悪いやつではなさそうだ。

ふと、後ろから拍手が聞こえてきた。振り返れば、サッカーのユニフォームを着た男とバスケットボールを抱えた女がグリーンネットの向こう側に立ってこちらを見ていた。

「すげー!ああやって公式って出来るんだ!」

グリーンネットに張り付くように顔を近づけている男のほうが目を輝かせる。「すごいわね!」と女の方も嬉しそうな顔をして頷いていた。

「エネルギー、反発。どこに行ってたんだ?探したぞ」

力積が遠心力にたたかれた背中を擦りながら声をかける。すると反発と呼ばれた女のほうが恥ずかしそうに頭を掻いた。

「ごめんごめん、先生に呼び出しくらっててさー。エネルギーくんも同じ理由」

そう言ってちらりとエネルギーの方を見る。

「いやー、すいません、先輩!遅くなりました!」

そう言って力積と反発の視線を受けたエネルギーが照れくさそうに笑った。

自分も高校時代サッカー部に所属していたため、サッカー部員を見るとなんだか懐かしい気持ちになる。ふと彼の左足を見れば、足首に巻かれたレッグバンドにばねが取り付けられ、その先にサッカーボールがついていた。

(まるで位置エネルギーと運動エネルギーと弾性エネルギーの三つを組み合わせたようなやつだな)

そう思いながらぼんやりとエネルギーを見る。その視線を受けて彼が俺を見た。

「おお!この人が噂の救世主ですか!?」

エネルギーの言葉に「へー、あなたが?すごい!」と反発も俺に食いつく。

「ああ。俺も力積もこの人に公式を取り戻してもらったんだよ」

遠心力がそう言って笑う。

「じゃあ今度は、私に関する公式を戻してもらおうかな。私、反発っていうの。よろしく!」

そう言って人懐っこい笑みを見せる。なるほど、彼女の手元にあるバスケットボールは反発係数の公式を作るには持ってこいだ。

「あ、俺も俺も!俺、エネルギーって言います。ども!」

そう言い、エネルギーがにっと笑う。

「ああ、よろしくな。じゃあ、順番に……」

俺が言い終えるよりも先に「ちょっと待った!」と可愛らしい声が聞こえてきた。

驚いて振り返れば三人の少女がこちらを向いて立っていた。一番前にいる髪の一部を右で結んだ少女が気の強そうな顔で仁王立ちをし、俺のことを見つめている。その後ろに控えるように長い髪の二人が立っていた。

「あー、えっと……。あんたらは?」

突然現れた三人組に面食らってそう尋ねる。一番前にいた、身長は小さいが一番態度の大きい彼女がふんと鼻を鳴らした。

「あたしの名前は加速度!この学校の生徒会長をしているの。それで、私の右にいるのが変位で副会長、左にいるのが速度で書記をしているのよ」

「生徒会長?」と俺は聞き返す。少女たちの代わりに力積が頷いた。

「はい。彼女たちは三つ子でして、その中でも一番末っ子の加速度が生徒会長をしているのです。彼女たちは皆一年生ですが、この学校を取り仕切っているのです」

力積の言葉になるほどと俺は頷く。

三人がじろじろと俺のことを眺めた。

「あんたは物理教師で、この地方を救いに来た救世主ってことらしいが……。普通は、あたいたちに関する公式から取り戻すんじゃないのかい?」

速度がそう片目を閉じたまま言う。

「そうですよ。私たち三つ子は高校物理の始まり……そう思いません?」

変位が上品な口調で尋ねる。そう言われてなるほどなと俺は頷いた。

確かに彼女たちの言うとおり、高校物理は変位や速度、加速度の概念から始まる。これらなくしてその後の概念や公式は語れないかもしれない。

「確かにそうだな。よし、じゃあお前らに関係する公式から作ってやるよ」

そう言うとエネルギーがつまらなさそうに唇を尖らせた。

「ちえっ。まあ、生徒会が相手じゃ仕方ないか」

エネルギーの言葉に遠心力が苦笑し、力積がため息をついた。

「じゃああんたら、公式が取り戻す手伝いをしてくれよ。そうだな……」

そう言って俺は視線を巡らせる。朝礼台の前に百メートル走用のレーンが用意してあるのが見えた。それを見てから三つ子の方に振り返る。

「あそこを銘々に走ってくれないか?どんなふうでも構わない、一定の速度で走ってもいいし、だんだん加速してもいい」

そう言うと三人がそれぞれ「分かったわ」と頷いた。

「よし、じゃあそこのレーンに並んでくれよ」

加速度たちがそちらに移動するのを横目に俺は紙をめくり、新しい紙を取り出した。そして式を書く準備をする。

(速度の式と、加速度の式を書かないとな……)

ちらりと三つ子の方を見れば、もう準備が出来たようで指示を待つようにこちらを見ている。

「よし、じゃあいいぞ」

そう言って手元の紙に目を落とす俺に加速度が不満そうな顔をした。

「ちょっと、『よーいどん』でも言ってちょうだいよ。走りにくいじゃない」

そう文句を言われて俺は頰を掻く。

(確かにそのとおりだな)

「悪い、悪い。じゃあ、位置について」

そう言えばそれぞれがクラウチングスタートの姿勢をとった。三人ともそれなりに格好が様になっている。おそらく彼女たちは陸上の選手なのだろう。

「よーい、どん」の声とともに三人が走り出す。俺は同時に紙にシャープペンシルを走らせた。

走り書きで書いた二つの式が例のごとく青白く光る。その後無事に公式として認められたようで、俺の書いた式は今までと同じように紙に焼き付いたような見た目になっていた。

(よし、これでいいな)

満足したように頷きながら顔を上げればもう既にゴールした三人がその場で集まって何かを話していた。

「やっぱり加速度はすごいわね。流石は私の自慢の妹よ」

そう言って変位が加速度の頭を撫でる。それを受けて加速度が嬉しそうに顔を赤らめ、自慢げな顔をする。

「まあね!私は短距離は強いから!長距離は変位と速度のほうが強いけど」

「いや、あたいは中距離しか無理だよ。長距離は変位の得意分野さ」

そう速度に言われ変位が恥ずかしそうに顔を赤らめた。

それからも和気あいあいとした会話が続いている。どうやら他の生徒に対する態度はあまりよくないが、三つ子同士では仲がいいらしい。

なにはともあれ公式は取り戻せたので一安心だ。そう思い自分の背後を振り返ると先程より野次馬の数が増えていた。力積か誰かが俺の話をしたようで、色んなスポーツのユニフォームを着たやつらが俺のことを期待するような目で見つめている。

「よし、じゃあ生徒会に関する公式も作り終わったことだし、今度は俺だな!」

そう言ってエネルギーが自分の足に結び付けられたサッカーボールを蹴る。そして上手にリフティングし始めた。

「じゃあ、その次は私ね!」と反発が言う。それに引き続いて他の生徒たちも私が僕がと声を上げ始めた。

「こら、皆、落ち着け」と力積がなだめようとする。俺はやる気十分な彼らを見て頭を掻いた。

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