第1話 「おめでた」なんて呼ばないで(by 菜瑠)

菜瑠なる、お雛様見に行かない?」

「どうしたの急に」


 二月末。色々あって引き篭っていた私を無理やり引っ張り出すために、実璃みのりが見つけてきたのが、この展示だった。


 雛人形で有名な埼玉のとある料亭で、歴史ある雛人形の展示が行われていると言う。

 正直、お人形なんて興味もなかったのだけど、実璃が展示の後に料亭の高級ランチを奢ってくれるというから、しぶしぶ出かけることにした。


 行ってみて、驚いた。古いものから新しいものまで、膨大な数の雛人形たち。

 和服姿の女性が一つ一つマニアックな解説までしてくれたものだから、さらに驚いた。


「実璃、このお人形、お腹大きいね」

「あ、ほんとだ」


 そこで私の一番印象に残ったのが、その「再婚雛」だった。

 なんとお内裏様が、女房の女に手をつけて、逃げ出して再婚したところ、なんだそうな。


 係の女性曰く、面白いのが、そのお人形自体が本当に「再婚している」ということなのだそうだ。


 お雛様は男雛と女雛のペアだ。お祝い事に合わせて、二人は一緒のタイミングで作られるけれど、悲しいことに、寿命まで一緒とは限らないのだそうな。


 だから、パートナーに先立たれた雛人形に、新しいパートナーを作ってやることがあるという。それが「再婚雛」なのだそう。


 それを聞いて、なんだかまるで、私たちみたいだな、と思った。

「再婚」ではないけれど、私が実璃の前に付き合っていた人は男性で、本当につい最近、亡くなったばかりだったから。


 正直、この話を聞いた時は、タイミングがタイミングだけに、思わず思いっきり悲しい顔をしてしまって、実璃をずいぶん慌てさせたものだった。昔みたいに過呼吸を起こして倒れたりしていたら、と、今思うと恐ろしい。


 だってその時、もう私のお腹には、新しい命がいたのだから。



 *



 自分がカレンダー女でよかった、と思う。


 メンタルが不安定すぎて、やけ酒でもしようかと思っていたんだけど、ふと違和感を覚えて、私はインターネットで検索をかけまくった。

 『妊娠 初期症状』


 不安になったたくさんの女性たちの先人の知恵、というかなんというか、インターネット上にはたくさんの情報が溢れていて、私は混乱した。


 すぐに検査に行けばいいのに、ビビって行くのを躊躇っていた私を、病院まで引っ張っていたのは、現パートナーで、元親友の、実璃だった。


 結果は、陽性。私は妊娠6週目だった。


 もらったエコー写真には、小さな黒いつぶのようなものがあった。胎嚢、というらしい。

 ついでに心拍も確認できたらしい。


 正直、絶望した。


 自分が母になれるなんて、まったく思えなかった。

 そもそも、父親もいないのに、どうやって育てたらいいんだろう。私は混乱した。

 医者にも、『諦めるなら、早いうちに決断してください』なんて言われる始末。


 この子の父親、純平は、ついこの間、事故で亡くなっていた。

 私はそのとき、泣きながら親友の実璃に縋り、なし崩し的にパートナーになったのだ。


 実璃のことはずっと好きだった。

 好きすぎて、どうしたらいいかわからなくて、付き合おうなんて思ったこともなかった。

 付き合ったらきっと私のことを嫌いになるだろうから、友達としてずっと側にいてくれるほうが、ずっとよかった。


 だけど、私がどんな行動をとっても、人としてどんなにクズでも、呆れながらも、ずっと側にいてくれた実璃。

 正直、今まで付き合ったどんな男よりも愛している。


 私は流されやすい性格だから、優しくされれば簡単に誰のことでも好きになるし、抱かれれば簡単に依存する。だけど飽きるのもすごく早くて、簡単に人を裏切る。


 そんなクズが初めてまともに愛した男が純平で、そのせいなのかなんなのか、純平は神様に連れて行かれてしまった。私のお腹に小さな小さな命だけを残して。


 そんなクズを、それでも見捨てずにいてくれた実璃は、今回なんて言っただろうか。


「大丈夫、私がついてるよ。菜瑠がどういう選択をしても、私はずっと味方だから」

「……ごめんなさい」


 私は泣かずにはいられなかった。

 

 二人で、子供についてたくさんたくさん調べた。何度も何度も話し合った。

 そして私達は、母になることを選んだのだ。


「おめでとうございます」


 同性パートナー登録をしたときと、母子手帳をもらったとき。

 役所で二回、そう言われた。


 確かに、おめでたいことなのかもしれなかった。新しい家族ができるんだから。


 だけど実璃も私も、そのときは苦笑いしかできなかった。


 だって私達の関係は全て、純平の死がなければ成立しないものだったから。

 だから、おめでたいけど、おめでたくないのだ。


 役所や病院で、実璃との関係を訊かれるたびに、ちょっとだけ切なくなった。


 それでも私達は、前を向いて生きていくしかないのだ。

 

 私の今のパートナーは実璃だ。

 彼女のためにも、お腹の子のためにも、ちゃんと生きなきゃ。


 私はこのとき、強く決意した。

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