第63話 ネネ
――2時間後。
資料のある建物に移動した俺は大量の書物を漁り、目を通したつもりだが、「死のオーラ」についてのそれらしい文献は全く見つからなかった。
やはり族長のノノが知らないとなれば、ここでどれだけ時間を費やしても必要な情報は得られないんじゃないのか……?
「はぁー流石に読む量が多すぎて疲れるわ……。アルスは見つかった?」
腕を腰に当てながら俺の元へ進捗を尋ねるメイ。
「いや、それが全く……。メイとネネは?」
俺は後ろにいるネネにも状況を聞いてみる。
「それっぽいのは見つからないわね……」
「まだ、見つかっておらんの」
現在俺達は建物二階で資料を探し、里の長老には一階での調査をお願いしている。
しかし、この様子だと長老の成果も期待できないかもしれないな……。
そもそも俺達はこの部屋で文献を数時間にも渡ってくまなく読んだが、全てを探すのはどう考えても無理だ。
ふと、何気なく俺は時間を確認する。
ここでかなり時間を使っている上に、俺達はレオンの「転移」スキルを使わずにここに来ている。
王都でレオン達と別れてから随分時間が経過しているのだ。
「ねぇ、ネネ。アリシア達ってこの里に来ていないのかな?」
「あやつらが来ておれば、ノノがここに来るじゃろう」
宮殿でノノと別れて以降、彼女は一度もここに様子を見に来ていない。
レオンは恐らくこの里に入らないと思うが、どうやらアリシアもまだここに到着していないということだ。
不安を察したのか、メイも俺と同じ疑問を口に出す。
「もしかして、アイツ……今頃殺られてたりしないわよね?」
レオンに限ってそれは無いと思うが……。
実は俺は王都でレオンと別れる際、彼に遠距離でも連絡を取れるアイテムを共有している。
しかし、レオンは必要最低限のコミュニケーションしか取りたくないのか、合流する際と緊急事態以外は使わないようにしようという話になっているのだ。
レオンから連絡がこない上に、俺達は「転移」スキルを誰も覚えていないので、アルス村に向かい、助けることはできない状況。
結果、俺達は彼らの安否を信じて待つことしかできない。
「メイよ。あやつが心配か?」
俺とメイに背を向けながら、そう問い詰めるネネ。
しかし、彼女の声にはどこか今までとは違う感情が混じっているように感じた。
「あの勇者のことはこれっぽっちも興味ないし、心配もしてないわ。ただ、アレね。アイツが死んじゃうと魔王を倒す手段が無くなっちゃうことが困るのよ」
「なんじゃ、それを聞いて安心したわい!」
「?」
「?」
ネネの返答に首を傾げる俺とメイ。
何に安心したのか理解できなかったからだ。
そしてそれは俺だけでなくメイもだった。
俺はネネがどんな表情でその言葉を発したのか知りたかったが、依然として背中を向けているので彼女の顔は見えない。
一瞬。
ここにきて俺はある疑念が脳裏をかすめたが、ネネに限ってそれはないだろうとすぐさま否定する。
「まあ、こっちからは何も出来ないわけだし。レオン達を信じてゆっくり待とうよ」
俺は自分に言い聞かせるつもりで、彼女らに説明する。
しかし……。
これが失敗だった。
「我が主よっ! あ奴の名前は出さないでもらえるかのっ!」
「あ、ああ……。ごめん……」
決定的だ。
レオンの名前を出したことで、突如怒りを露にし、取り乱すネネ。
俺達以外誰もいないこの部屋で、ただ彼女の悲痛な叫びだけが響いた。
正直考えたくは無い。
が、ネネはアリシア以上にレオンのことを……。
どこかギクシャクした嫌な空気が漂う中、俺達は無言でただ資料を探すことしかできなかった。
☆
しばらく作業を続けていると、不意に階段を上ってくる足音が聞こえてくる。
「何だ。ここにいたのか」
資料室に顔を出した族長のノノ。
「ノノさん! もしかしてアリシアたちがこの里に来たんですかっ!?」
「いや……。すまないが特に私から報告するようなことはないよ。何か参考になりそうな情報が得られたか確認しに来ただけだ」
「そうでしたか……」
まだ、レオンたちはアルス村で「聖剣アロンダイト」を手に入れる目途がついていないのか……。
「まっ、そんなことよりさー。わたしたち三人で資料を絞っても、ここの情報が多すぎて見つかんないのよねー」
愚痴を漏らすメイだが、何故か納得したようにノノは頷く。
「やはり、難しそうだな……。となると……やはり……」
「? どうしたんですか? ノノさん?」
俺は一人呟く彼女が気になったのだ。
「いや、まぁ、これは余談だから聞き流してもらってもいいが、『死のオーラ』関連で個人的に一つ気になっている場所があるんだ」
「そんな場所があるんですか!?」
「ああ……。実はこの里の宮殿に誰も行ったことのない地下の部屋があるんだ」
さっき彼女に謁見したあの宮殿に地下が……?
だけど、どうしてそれを今になって俺達に教えてきたんだ?
しかし、俺の疑問を遮るように、ネネは声を上げる。
「なんじゃノノよ! あったのなら早く言わぬか!」
一気に上機嫌になるネネ。
確かにここで本を探しても手がかりは何も無かったのだ。
今の状況だと、地下に必要な何かがあるとしか思えない。
「いや、まあネネ。喜んでいるところ悪いが、見つけた資料によると、その部屋に入るには『神獣石』ともう一つ鍵が必要なんだ」
「鍵……ですか?」
「ああ、そうだ。今までその部屋に入れなかったのは『神獣石』の入手がつい最近だったからだ。まぁ、もう一つの鍵もそこに挑めない理由だったが……」
どこか、含みを持たせた言い方をするノノ。
理由は分からないが、この件に関して、彼女からは言いたくない雰囲気を出しているように感じられる。
しかし、ネネは依然として喜んでいる態度を変えない。
「とにかくこれで安心じゃ! 良かった! 良かった! 手がかりが見つかったぞ! それで、その部屋に入るには『神獣石』と何が必要なのじゃ?」
地下の部屋に入るにあたって必要な鍵を問い詰めるネネ。
俺も、メイも足りていないものが気になったので、必然的に全員がノノに注目する。
そして……。
ノノはとうとう意を決したように口を開ける。
「地下に入るために必要なのは『神獣石』と『勇者』だ」
「………………」
時間が完全に止まったような感覚になった。
誰一人としてこの場から言葉を発さなくなったからだ。
しかし、俺の後ろでスタスタと歩を進める彼女の存在があった。
「ちょっとネネっ! どこに行くの!?」
「ネネちゃんっ!?」
やはり俺達に背を向けて表情を隠す彼女。
「なーに、少し外の空気を吸うだけじゃ。直ぐに戻ってくる」
恐ろしいくらいに落ち着きを払ったネネ。
そう言って、彼女は俺達の元から姿を消す。
しかし……彼女が資料室へ帰ってくることはなかった。
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